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砕球!! 改稿6回目  作者: 河越横町
24/49

やややややめやがれ、このにゃろう!


 インタビュー終了後。夕刻。


 剛羽は寮の自室に戻っていた。


 鬱屈とした気持ちを晴らすために外の風でも浴びようと窓際に近付いたところで、寮の裏手にある垂直に切り立った崖のところに、侍恩の姿を捉えた。

 制服ではなくTシャツ・短パンというラフな格好だ。


(あいつ、あんなところでなにしてんだ……?)


 一歩踏み間違えば転落していきそうなポジション。


「…………」


 隣には、綺麗に脱ぎ揃えられた靴。


「……おい」


 丸まった小さな背中は、眼鏡の少年の心情を的確に表しているようで――


「おいおい!?」


(まさか、あいつッ!?)


 二階の窓から勢いよく飛び出した剛羽は個心技を使って加速し、侍恩のもとに急行する。


「達花、待て! それは合理的じゃない!」


 そして、振り向いた侍恩の動きを減速させ、身投げを阻止した……つもりだったのだが、


「――なるほど、僕がここからダイブすると思ったのか……この、馬鹿者がぁ!!」


「……マジですまん。悪気はなかったんだ」


 青筋を立てて怒る侍恩に、剛羽は落ち着けとジェスチャーしながら後ずさる。


 争奪戦のときとは真逆の構図だ。

 

 眼鏡の少年は「別に謝らなくていい」と言ってぺたんと腰を下ろし、膝を抱える。

 

 口では強がっていたが、やはりどこか元気がない。


 その姿が小学生の頃の――闘王学園に砕球留学する前の自分と重なった。


 まだ小学校低学年だった頃の光景が脳裡を過る。


 父親が有名だったために、砕球を始めた頃は散々な目に遭わされた。


 しかし、そんなときでも、自分の隣には優那がいてくれて……。


「なんか……いいな」


 剛羽は侍恩の隣に腰を下ろし、夕陽に染まった町々を見下ろす。

 

 それから少しの間を置いて、剛羽が沈黙を破った。


「さっき、試合のログ観たよ」


「……すまない。ウェインを倒せなくて」


「責任があるとしたら、指示した俺の方だ。てか、ウェインを鵣憧に獲らせたのはおっ、てなった。あのアイデアもらうわ」


「あ、ありがとう」


 怒られると思っていたが褒められた。


 侍恩は恥ずかしさを誤魔化すため、顔を少し膝に埋める。


 そんな侍恩が可愛らしくて、剛羽はくすっと小さく笑った。


「試合と言えば……」


 不意にジト目になった侍恩が、剛羽を軽く睨む。


「貴様、エイツヴォルフ殿を抑えると言っていたが、抑えるとはああいう意味――」


「ではないからな。事故だからな」


「ほぉ? まあいい、そういうことにしておいてやろうではないか」


 たっぷり懐疑的な視線で射殺してから、侍恩は面白がるように鼻を鳴らして笑った。


 遊ばれた剛羽は「このやろ」と肩をぶつける。


 自分に当たりがきつかった侍恩とも、争奪戦を通して距離が近付いたような気がした。


 そしてそれは侍恩も同じだ。


 試合を経て、眼鏡の少年もまた剛羽に少し心を開いていた。


「僕も点を獲りたかった……結局僕は分かりやすい活躍はしていない」


「何点取ったかだけが指標じゃないだろ。記録に残らないファインプレーだってある」


 と、フォローしてみたが、侍恩は納得していないのか俯いたままだ。


「僕は耀様の力になりたいのだ…………もう時間がないのだ」


 侍恩は抱えた膝に顔を埋める。


「貴様が来るまで、僕は耀様のコーチだった。でも、この一週間で耀様は一気に成長なされた。もう僕とはレベルの違う選手だ。このままでは僕は足でまといになる。それは絶対に嫌だ……これでも僕は耀様の師匠だからな」


「だったら、練習するしかないだろ」


「でも僕には才能が――」


「そんな単純な話じゃない。そういうのは見付けるもんだ」


 剛羽は力強く続ける。


「それに結局努力に勝るものなんてないと思うぞ。天才とか言われてた俺が言うんだから間違いない」


「それは……蓮はすごい個心技を持ってるからじゃないか。…………僕には何もない」


 侍恩は口を噤んでしまう。が、言いたいことは察することができた。

 

 剛羽は短く溜息を付いて立ち上がる。


 その手には小さな石ころが握られていた。


「蓮……?」


 そして首を傾げている侍恩から距離を取り、近くを飛んでいた小鳥をきっと睨み、


「な、なにを……?」


 助走を取ったかと思うと、手にした石ころを小鳥に向かってぶん投げた……!?


「な、何をしているんだ、蓮ぉおおおおお!?」


 全力投球された石ころは一寸の狂いもなく小鳥の胸元に吸い込まれていき、しかし直撃する直前で急停止。


 再び動き出した石ころは、小鳥が通り過ぎた虚空へと消える。


「まし、ろ……?」


「この能力が発現したとき、最初は全然上手く使えなかったんだ。《速度合成》は空間認識能力ってやつが重要だからな。こうやって動く的に石ころ投げたり……は、流石にやめさせられたけど、フライ捕る練習したり、フリースローやったり、まあいろいろ試してみたな……二年くらい」


「蓮が二年も!?」


 剛羽は首の後ろに手を当てて、侍恩から目を逸らした。


「……この話、ダサいからしたくなかったんだよ」


 まあとにかく、と剛羽は話を戻す。


「お前には《速度合成》はないけど、俺にはない武器を持ってるだろ?」


「蓮にはない武器……?」


 首を傾げる侍恩に、剛羽のこめかみがぴくぴくと動く。


 マジでキレる五秒前だ。


「ちっ……確かに達花には才能ないな」


「この流れでそれを言うのか!? 努力に勝るもの云々とは……」


「そうだ、努力は大事だ。でも、頑張ってなにを伸ばすか、そのためにはどういう練習をするのか……それが分かってないんじゃ合理的じゃない。その点、達花は自分の武器に全っ然気付かない無能だな」


「無、能……じゃあ、僕はどうすればいい?」


「そんなの自分で考えろ」


「マッシぃ~」


「お前プライドとかないのかよ!? てか、その呼び方やめろ! ……ったく」


 情けない声を上げる侍恩に、剛羽は呆れながら続ける。


「てかさ、真面目な話、俺にはお前が《最弱》とか呼ばれてる理由が分からない。いいもんたくさん持ってるのにさ」


「いいもん? 僕に?」


 侍恩は本当にびっくりしたような表情を見せた。


 ボコボコにしたくなったが、剛羽は嫉妬の炎を何とか鎮火させる。


「争奪戦のときリデルの爆撃に、真っ先に気付いたろ」


「何だ、そのことか……」


 侍恩は自嘲気味に笑った。


「あれは当てられやすいだけだ。僕の《心力》は人並み以下だからな。強い《心力》に敏感なんだよ」


「はぁ、お前ってやつは……」


 剛羽は心底呆れたような表情を浮かべた。


「感知しやいって、それだけで武器なんだぞ?」


「……要はビビりなだけではないか」


「ビビりでなにが悪い。その考え、損してるぞ」


 立ち上がった剛羽は、首を傾げたままの侍恩に言葉を重ねて送る。


「さっき努力に勝るものはないって言ったけど、努力と並ぶものがもう一つあったわ」


 ――ドゴッ、ドゴッ、ドゴッ。


「……才能か?」


「そう、俺ならできるって信じる才能」


「ッ……!?」


「達花、自分のこと、もっとよく観てみろよ。お前はお前が思ってる以上にいい選手だぞ……って――」


 ドゴッ、ドゴッ、ドゴッ。


「――うるせえ!」


 剛羽は寮を挟んで反対側から騒がしく響く、重量感のある衝撃音に堪らず声を荒げる。


 侍恩との青春めいた雰囲気が台無しだ。


 どうやら、寮の隣の空き地で、誰かが何かをぶん投げて、ぶつかって、吹っ飛ばされているようだが……考えるまでもなく答えは明らかだ。


 そんなことをするのは、あの少女しかいない。


「達花、出番だ。主の蛮行を止めるのは執事の仕事だろ?」


「もうやっている。もう何度も声を掛けた。しかし……応えてくれないのだ」


「マジか……」


「マジだ…………嫌われたのかな」


「なに可愛い声出してんだ。キモいぞ」


「なっ!? ……き、キモいか」


「いや、だって男なのに……ん?」


 とそこで、剛羽は不意にある変化に気付く。


 それは侍恩の身体。


 より正確には、その中でも胸のあたり。


 執事服を着ているときは気付かなかったが……。


「達花、ちょっといい?」


「え? ッ、ちょっと!? ぁんぅ……!?」


 剛羽はその両手を侍恩の左右の胸に押し当て……ぽよんという確かな弾力を感じ取った。


 ……これは。


 合理的に考えて、もう一度触る必要がある。


 気のせいじゃないことを確かめるために。


「や、やめ……んぅう……ッ!?」


 まるで女の子のように艶めかしく喘いでいた侍恩ははっと我に返り、剛羽を突き飛ばす。


「やややややめろこの変態め! 少し心を開いた途端にこれか! これだから男という生き物は! やはり耀様に近付けさせてはいけなかった! 僕の判断は正しかった!」


「……あのさ、達花って」


 顔を真っ赤にして捲し立てていた侍恩は、何かに気付いたような顔をする剛羽を見て、急に血の気が引いたように顔を真っ青にし、ゆるゆると首を横に振る。


「ち、違う……。違うぞ……。僕は……」


「いや、でも……達花」


 剛羽は侍恩の両肩を掴む。


「きゃっ、やめて――ッ、ではない! やややややめやがれ、このにゃろう!」


 思わず出てしまった女の子みたいな口調を改めた侍恩は、いつもより男らしく振舞おうとするが噛んでしまった。


「「…………」」


 長い沈黙。

 

 剛羽は真剣な表情で、侍恩は顔を真っ赤にして目をうるうるさせながら見詰め合う。

 

 そして沈黙を断とうと口を開いた剛羽は、一層緊張した侍恩に――


「お前、鳩胸だったんだな……しかも、ブラジャーまで着けて」


「違……うんぅ?」


 首を傾ける侍恩を余所に、剛羽は先程の感触を確かめるように手を開閉させる。


「まあ、太ってるならともかく細身なのにあると嫌だよな……なんか分かるよ、たいへんだな」


 分かるな! と、侍恩は心の中で叫ぶ。


「まあ、ブラのことは周りには言わない方がいいぞ」


 言うか! と、侍恩は心の中で泣く。


「安心してくれ、言いふらしたりしないから。それに男なのに胸あるー、とかそんな小学生みたいなこと言わないからさ」


「あ、ああ、気遣ってくれてありがとう…………一体なんだ、この胸に突き刺さるような気持ちは……これは、もしかして…………憎しみ?」


「ん? なんか、他にも悩みあるのか? それなら俺に相談――」


「い、いや、他に悩みはないから大丈夫だ、問題ない。それより耀様のことだ」


「あ、鳩胸触ってたら忘れてたわ」


「貴様ぁ! その話は忘れろ! パイタッチの意趣返しのつもりか!?」


「その話はやめろ!」


 胸の話で互いの胸を抉り合っていた二人は、ようやく耀のことを思い出す。


「神動が達花のこと無視するなんて珍しいな。何かあったのか?」


「やれやれ、これだから男は……」


「お前も男だろ」


「お、おう、そうだぜな。僕も男だぜな」


「無理すんな」「ッ!?」


 何故かドキッとした表情を見せる侍恩に、剛羽は首を傾げる。


 侍恩はごほんとわざとらしく咳払いしてから、耀がいる寮の反対側に目をやる。


 その横顔からは先程まで剛羽とふざけていたときの雰囲気がすっかり無くなっていた。


「耀様はエイツヴォルフ殿との戦いに拘っていただろう? しかし、今日の争奪戦でも、勝利を手にすることは叶わなかった……」


「……なるほど、そういうことか」


 剛羽は一つ神妙に頷き、侍恩の視線を追うように寮の反対側に目をやる。


「なあ、達花。耀の執事のお前には悪いんだけどさ、耀のこと俺に任せてくれないか?」


「…………」


 侍恩はじっと剛羽を見る。


 今までならすかさず「不許可だ! 僕がそんなこと認めるわけないだろう!」と言っていたが、侍恩は剛羽に、その表情にいつもとは違う何かを感じ取っていた。


 だから、


「任せた」


「……悪いな」


 そう言い残して、剛羽は少女の元へ向かって走り出した。


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