記者会見
多分作者が一番イライラしてます苦笑
九十九学園砕球棟内にある作戦室にて。
室内の一番前の長テーブルの真ん中に座った剛羽は、駆け付けた大勢の大人たちから視線を浴びせられ、思わず目を細めたくなるような強烈な光と連続する眩いフラッシュに晒されていた。
さながら学校の教室で登壇に立つ教師の気分……というのは、剛羽に言わせればポジティブ過ぎるか。
「――それでは質疑応答を始めたいと思います。質問のある方は挙手をお願い致します」
剛羽と大人たちのテーブルの間に立つ、風紀科の主席――高等部二年の屋島補斑が音頭を取る。
こうして蓮ジュニアの試合後インタビューが始まった。
「日刊砕球出版の清原です。今日の試合ですが……正直言ってがっかりしました。たった一点差の辛勝。しかも、内容も良くなかったですね。蓮ジュニアくんは今日の結果、どう思います? まさか、いい試合だったなんて思ってないですよね?」
「チーム戦の難しさを改めて感じました。急造のチームだったので連携面は勿論ですが、選手間での声掛けも足りなかったなと思います。個人戦はしていましたが、これだけ長い時間多人数を相手にするのは久しぶりだったので、後半体力的にしんどかったです」
「はあ……全部言い訳にしか聞こえないんですが? 蓮ジュニアくんがきちんとしていれば、どれも防げたことですよ?」
「……そう、ですね。次の試合は――」
「次の試合って……自分勝手だなぁ」
「え……」
「君のチームにはチーム内での昇格がかかっていた選手もいたんですよ? 奥突くんと膜突くんでしたっけ? 蓮ジュニアくんの準備不足で彼らが昇格できなかったら、どう責任を取るつもりなんですか?」
「えっと……」
「もしかしたら、奥突くんたち、今日の試合が原因で砕球を辞めてしまうかもしれませんね」
「…………」
「蓮蒼羽の息子さんだからって、ちやほやされると思ったんですか? もっとチームメイトには気を使わないとダメですよ?」
「……はい」
「それでは次の方、どうぞ」
インタビューはまだ始まったばかりだ。
剛羽に次々と質問が浴びせられる。
「そもそもフィールド選択が間違っていたんじゃないですか?」
「エイツヴォルフ選手のおっぱいについてですが――」
「乱戦になる前に、リデル・ラッシュフォード選手を抑えに行かなかったのは大失策ですよね? なんで放置したんですか?」
「相手チームの研究を怠るから、こんなことになるんですよ、蓮ジュニアくん?」
「質問は挙手をしてから、指名された順にお願いします」
「エイツヴォルフ選手のおっぱいを揉んだときの率直な感想を――」
「球操手の子が暴走してたけど、なんで止めなかったの? 蓮ジュニアくんは守手でしょ。ちゃんと指示しないと」
「はいはいは~い! エイツヴォルフ選手のカップは――」
「下品な質問はしないでください」
「蓮ジュニアくん。中盤の乱戦が終わった後、ウェイン選手に達花選手を当てましたよね? ……君もひっどいことするな~。もしかして、達花選手を晒しものにしたかったの?」
「勃ってまし――」
「奥突選手が落ちて竜胆選手はピンチでしたよ? 竜胆選手が最後踏ん張り切れずに落とされてたら、今日の試合の勝ちはなくなってましたよね?」
「弾力と乳り――」
「もしかして自分がたくさん点取れたからって満足してます? 甘いね。そんな選手に未来はないよ」
すっと寄ってきた屋島に「お身体、大丈夫ですか? 休憩を挟みましょう」と耳元で囁かれた剛羽は、大丈夫ですと答え、しかしぐったりした様子で口を開く。
「結果、チームは勝てました――」
が、またも言葉の暴力に晒される。
「何だその言い方は!」
(……が、って続けるつもりだったんだよ、クソ野郎!)
相手の早とちりに流石にキレる剛羽。
声に出さなかったのは賢明だった。
「勝てばいいとでも思ってるのか!」
「おっぱいは――」
「蓮ジュニアくん、チームメイトへのリスペクトが足りないんじゃないのかな?」
「おっぱい――」
「蓮ジュニアくんのために一生懸命働いてるお母さんが今の発言を聞いたら、さぞ悲しむだろうね」
「おっぱ――」
「別に苛めてるつもりはないよ? 私たちはねえ、ただ蓮ジュニアくんに期待してるだけなんだよ?」
(……どいつも、こいつも言いたい放題ぬかしやがって)
(てか、俺の名前はジュニアじゃねえんだよ!)
口を湿らせるふりをして持ったペットボトルが、メキメキと音を立てて手の形に凹み始める。
「おや? おやおや?」
「蓮ジュニアくん、モノに当たるのは――」
と、目敏い記者たちが挙手も無しに再び批判を始めようとしたところで、記者席の最前列に座っていた六、七十歳くらいの男性がゆっくりとしかしぴしっと肘まで伸ばし、質問の許可を求めて挙手をする。
その礼儀正しい所作は、司会を務める屋島の目にすぐに留まった。
「他の方、お静かにしてください。質問が、し・つ・も・んが始まります」
「すまないねえ。話の途中だったのに」
「いえ、お気遣いなく、原さん。先程までのは質問ではなかったので」
鳥打ち帽子を取って頭を下げる老人に、屋島はその無愛想な顔に微笑を浮かべ、ゆっくりと首を横に振る。
原と呼ばれた老人は、焦燥した剛羽ににこりと好々爺然とした表情で柔らかく笑いかけた。
剛羽も疲れ切った顔で、しかし嬉しそうに笑みを浮かべる。
「BBマガジンの原辰龍です。今日は高校に進学してから初めての集団戦だったね。チームは所属がバラバラの選手で構成されていたから準備が難しかったと思うけど、試合前、チームメイトの子たちとはどんな話をしたの?」
「そうですね……」
原のゆっくりとした口調に、剛羽も間をつくって、落ち着いて答える。
「今日初めて顔を合わせる選手もいたので、まずは下らない世間話から始めました」
「試合前に緊張感が足りないんじゃ――」
「今日の朝ごはん何食べた、とか?」
「はい。あと好きなスポーツとか」
「因みに、蓮くんの好きなスポーツは? 砕球以外で」
「砕球以外のスポーツなんてもう廃れたんだぞ。これだから年寄り――」
「野球、サッカー、バスケ、テニス……今挙げたやつ以外のスポーツも好きですけど、一番好きなのは野球ですかね、やっぱり」
「そうですか……実は私、昔は野球小僧でして。機会があったら、今度キャッチボールでもしませんか、取材も兼ねて」
「はい、喜んで……!! しゅ、取材はお手柔らかに」
と、最後は和やかな雰囲気で、インタビューが締めくくられそうになったが、
「反省の弁がまだ聞けてないんだけど」
「お父さんのように日本の砕球界を引っ張っていく自覚が足りないんじゃないのかな?」
「おっ――」「弱いチームに入れば、自分を強く見せられるとでも思ったの?」
「闘王学園を退学させられたことについて一言」「ええい、おっぱ――」
「普通に考えて――」
と、またも記者陣の勢いがぶり返そうとしたところで。
剛羽の左隣に座っていたツインドリルヘアーの少年が、その立派なドリルを気だるげに弄りながら、独り言でも呟くように口を挟む。
「――ごちゃごちゃうるせえんだよ。いい加減にしろ。いつまで質問してんだ」
「つ、九十九くん、その言い方は我々に失礼――」
「お前ら三流記者に礼義を払う価値はない」
「さ、三流記者だと!?」
「訂正したまえ!」
「その発言が三流なんだよ、お前らほんとに試合観てたのか?」
「ふ……きちんと観ていたとも。君こそ、我々の質問を『本当に』聞いていたのかい?」
「お前が言ってんのは、あの評論家気取りの、それこそ『目も当てられない』酷い試合評のことか?」
「九十九くん、それじゃ評論家の方に失礼ですよ」
「へえ……屋島、そういうキャラだったのか?」
援護するような発言をした屋島に、九十九は笑みを浮かべる。
この展開に、ぼろクソにされた記者たちは勿論だが、剛羽も目を点にしていた。
学内序列一位の九十九と同序列三位の屋島の援護射撃に正直スカッとした。
「ほら、帰れよ。で、二度と俺様の学園に来るな。三流が」
「……案外、後輩思いなんですね」
「ちげえよ」
記者たちに目を向けたままふふっと微笑する屋島に、九十九はドリルを弄りながら素っ気なく答える。
まあ、なにはともあれ。
こうして、いつも通りの蓮ジュニアのインタビューは、今度こそ幕を下ろすのであった。