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砕球!! 改稿6回目  作者: 河越横町
22/49

揉みしだき獲れ!


 侍恩が戦死する少し前。


『き、来たぁ! おし来たぁ! 遂に蓮ジュニアとエイツヴォルフ選手の2世対決が実現! 10年前の世界大会決勝戦の再現だ!』


(球狙ったのは正解だな)


 自軍の球を回収した剛羽は、刹那の中でそう考える。


 こちらの《身体同調》した上での加速攻撃、奇襲に対して、アリスはきちんと膜楯していた。


 恐るべき出力速度だ。

 

 仮にアリスを狙っても落とせなかっただろう。

 

 小刀を圧し折られた耀との決闘の反省を活かすことができた。

 

 しかし、喜んでばかりはいられない。


 なぜなら、相手は――


(学年序列1位、学内序列2位、アリスティナ=エイツヴォルフ)


(……こっからか)




(速いデスわね……普通のより)


 剛羽が拠点に到着していたことは知らされていたが、それでも先に耀を落とせると思っていた。


 結果、剛羽に奇襲されるような形になり、球を割られてしまった。


 しかし、もうミスはしない。


(でも、見えていれば、球も守れマスわ)


《心力》を使えないと思っていた耀には隙を突かれたが、この少年に対しては油断する理由は1つもない。


【スコアはどうなってマスの?】


【私たちが7点、神動5点、鵣憧5点です。鵣憧さんはもう2、3点取れそうです】


 抑え込んでいた猫夢理が終了間際で躍動し始めた。


 このままでは逆転される可能性がある。


 逃げ切るには、


(もっと点が必要デスわね)


 剛羽か、剛羽の持つ球を壊さなければ。


 この対決がこの試合のターニングポイントだ。




 対峙した2人は会話もなしに戦闘を開始した。

 

 アリスが槍を発射するよりも速く、加速した剛羽が懐に飛び込む。

 

 が、こうなることはアリスも予測済み。


 鋭く突き出された小刀を、間一髪のところで円盾で弾く。

 

 そう、弾いた。

 

 対《心力》最強の個心技《絶破》を発動しなかった。

 

 否、できなかったのだ。

 

 剛羽の速攻に、アリスは個心技を発動する余裕がない。


 物体を錬成し、それから《絶破》を付与する――この工程を完遂する前に、小刀が撃ち込まれてくるのだ。


『蓮ジュニア、初撃からガンガン押し込む! 押している!』


『振り回されてるな、エイツヴォルフ』


【こうくん、達花くんが猫夢理ちゃんに……】


【そうですか……今どこが勝ってます?】


(鵣憧んとこにもかわされたか……?)


【アリスちゃんと猫夢理ちゃんのチームが1位だよ。こうくんたちに2点差付けてる】

 

 ……このままでは負ける。

 

 また1つ試合を落とす。


【で、でもこうくん、あんまり無理しないでね? 怪我しないことが1番なんだから】


【はい】


(……勝つ)


 味方のスタンドプレーがあった。

 言った通りに動いてくれなかった。

 

 ……そんな言い訳は通用しない。


 周りはそんな事情は知らない。


(……優那先輩、すいません)


 剛羽はその目に剣呑な火を灯す。


(俺にとっては勝つことが一番なんです)


 そのために努力するのは当然のことで、誰も評価してくれない。


 勝利という結果だけが蓮ジュニアを肯定してくれる。


 あーだこーだと批判するやつらを黙らせることができる。


 だから、勝つ。

 

 戦わないという選択肢はない。

 

 仮に砕球をやめたとしたら、周囲は大騒ぎするだろう。

 それでもいつかは周囲の雑音は消える。


 しかし、自分の中で逃げたという気持ちは決して消えない。


 自分はそういう人間だと理解している。


 だから、戦う。


 そして、勝つ。


(……勝つ。勝つ、勝つ、勝つ、勝つ勝つ勝つ勝つ勝つ勝つ!)


「う……らぁあああああ!!」


 剛羽は鬼の形相でアリスに斬りかかっていく。


 個心技乱発による《心力》切れを考慮しない、全力、全開攻撃だ。


 アリスの間合いで、アリスのペースでやらせてはいけない。

 

 距離を置いて戦えば、無数の槍を際限なく撃ち込まれて勝負にならない。

 

 故に、勝機があるのは至近距離での短期決戦。

 

 剛羽は片手だけ小刀から銃に持ち替え、四方八方から繰り出す連続斬撃の間に、地面を蹴って方向転換するときに銃弾を放つ。

 

 それを高速移動しながら、アリスを囲むようにしながらするとどうなるか。


 白銃弾は多方向からの時間差攻撃ディレイドアッタクとなって、アリスに襲い掛かる。

 

 銃弾の速度は、復体同調した剛羽の加速と同等のものだ。

 

 剛羽だけでなく、銃弾にも注意を割かなければならなくなったアリスの対応が遅れる。

 

 その隙を見逃さず、剛羽はアリスの腰に張り付くように滞空していた犬球を斬り砕いた。


 ――チーム神動、2得点(内訳:敵球1個破壊=2点×1)合計7点


『蓮ジュニアぁあああああ! この大事な場面で2得点! これで3チームが合計点で並んだぁ!』


(あと1個……!!)

 

 あと1個、アリスの操作する球を壊せば、チームエイツヴォルフを得点数に関わらず敗退に追い込める。

 

 アリスを倒せなくてもチーム神動の合計点は9点になる。

 

 球を全て破壊されたチームの選手は全員場外に転送されるため、猫夢理が取れる点は剛羽のいる拠点までの距離を考えると、勇美から取れる1点だけが現実的だ。

 

 仮に勇美が落とされても、チーム鵣憧は8点止まり。

 

 アリスの球さえ壊せば、チーム神動の、剛羽の勝ちは揺るぎないものとなる。




 しかし、アリスとて黙っていない。


 初見こそあまりの速度と物量に対応が遅れたが、彼女の《心力》出力速度は超プロ級だ。


(射撃してくると分かればそれも踏まえて対応するだけデスわ!)


 普通より速い加速も、一撃必殺の減速も、多方向も、時間差も。


 その全てを金色の《心力》で迎撃するのみ。


 アリスは剛羽の減速紋章を警戒してか、常に足を動かし、王の間を動き回る。


 小刀と円盾が、銃弾と円盾がぶつかり合う度に、白い粒子と金色の粒子が弾け、大広間の中で2色の光が目まぐるしく明滅を繰り返す。


 攻める側と守る側こそはっきりしているが、2世同士の戦いは息も付かせぬ大激戦だ。


『エイツヴォルフ選手、反撃できなーい! このままでは……』


『まあ、普通は負ける。けど、エイツヴォルフの《心力》の量は桁違いだからな。凌いでれば、先にガス欠を起こすのは蓮の方だ。それに……』


 と、解説の九十九が一旦言葉を区切ったところで、アリスの反撃のときが来た。


 剛羽の撃ち込みに対し、アリスは初めて円盾ではなく膜楯で受けようとしてみせる。


 剛羽が刹那の中で怪訝な顔をした瞬間。


 砕け散り地面に散布していた盾の破片が突然動き出し、剛羽に前方左右の三方向から襲い掛かる。


『それにエイツヴォルフには球操手の素質がある。手札の多さとアクションを起こす速さはエイツヴォルフに分があるぞ』


 球操手の才覚をもつアリスだからこそできる不意打ち。

 

 そのせこい攻撃に気品など欠片も感じられないが、王女が求めているのは剛羽と同じく勝つことだ。


(防御しても無駄デスのよ!!)


 撃ち出された金色の破片には《絶破》が付与されている。

 

 剛羽の速度に慣れてきたところで。


 ほんの少しの余裕が生まれたところで、既に出来上がっている盾の破片に個心技をかけたのだ。


 防御に徹しつつ動き回り、破片が多く散らばっているポイントまで移動していたのだ。


 剛羽には減速紋章を警戒しているようにしか見えなかっただろう。


 この反撃は細部まで計算された不意打ちだ。


(さあ、どうしマスの!!)




(ここに誘導されてたのか……!!)


 一方剛羽は、有利な状況から一転して命運を分ける判断に迫られていた。


 回避することは難しくない。が、回避する場合はアリスから離れてしまう。


 ここで一旦距離を置いたら最後、無尽蔵に発射される槍の餌食となるだろう。


 被弾覚悟で飛び込むか、回避を優先するか。


 剛羽は後者を選んだ。

 

 小刀でアリスを押し込み、その反動を利用して反転しながら後退。


 破片をやり過ごし、アリスから全速力で遠ざかっていく。

 

 まず目の前の危機を脱し、一度仕切り直す。観客たちも、アリスもそう思った。


 しかし。


『そうきたか』


 剛羽は回避こうしゃを選んだが、それは決して距離を置くためではない。


 勝負を決める一撃を撃ち込むために、全力で遠ざかっていたのだ。


 解説の九十九が呟いた直後、アリスの景色が一変する。


 遠ざかっていく剛羽の背中を見ていたはずなのに、気付けば剛羽がこちらに猛然と迫ってきている。


「ッ、テレポート!?」


 それは耀が退場する直前に仕掛け直した転移点。


 戦死する直前に手榴弾で派手に爆発を起こし、爆炎の中で設置していたのである。


「そうだ、お前を飛ばすための、なッ!」


 小刀で押し込まれた際に転移点を踏まされていたのかと、アリスは唇を噛む。


(誘導されてるなんて気付かなかった……でも、お前も気付かなかったろ?)


 そして、トップスピードに乗った剛羽の突き出した小刀が、チームエイツヴォルフの最後の球に――届かない……!?


 次の瞬間、剛羽とアリスが絡み合う……!?


 原因は、飛ばされたアリスの足元に偶然転がっていた円盾の破片。


 狙いを付ける暇もなく、適当に操作したそれは、小刀を撥ね上げ、直前で刺突の軌道をずらしたのだ。


 ずざーっと、倒れ込みながら床石を滑る2人。


 アリスの意表を突く策は失敗に終わった。


 くそっと剛羽は内心悔しがるが、そこで異変に気付く。


(……両手が柔らか、いッ!?)


 否、柔らかいのは両手で触ってるものだ。


『ぱ、パイタッチ……』


 実況少女がぽつりと呟く。


「……ん、……ぁん」


 アリスの鼻にかかった甘い声で、剛羽が状況を理解する。

 

 鷲掴みにしていた。


 小刀を放り出し、目に麗しいその右と左の膨らみをむぎゅぅとしていた。

 

 ビデオ判定などするまでもなく、アウトなプレーだ。


「あ」


 あじゃねえよ。


『ぱ、パイタッチです! これは大スクープだ! お茶の間を凍らせる砕球ならではの事故がここで発生! はい、おっぱいタッチです! 蓮ジュニア、エイツヴォルフ選手の胸を揉みしだきやがったぁ!』


 パイタッチ。特に男性選手が女性選手の胸を触ってしまったことを意味する語句。


 男女混合の競技であるため、避けられないハプニングではあるが、思春期の男子がやっちまったら最後、しばらくそのネタで弄られまくる通過儀礼。


 ご多分にもれず、剛羽も経験がある。


 無論、加害者側だ。


『これ、今日のトップ記事だな』


『……切り替えが大事』


 解説席の男性陣から憐みの視線を、観客席のアリスファンからは射殺すような視線を注がれていた剛羽はゆっくりと立ち上がり、「ふぅ」と息を吐く。


 マウントポジションからの攻撃は反則であるため、一旦離れる。


 そして、


「ごめん」

 

 一言で流した。切り替えが大事だ。


『それではせっかくなので、ウルトラスローモーションで振り返りましょう! ……ふっはぁ、ぷるんぷるんだぜ! 堪んないね! いい仕事だぞ、カメラマン!』


『……ん、エイツヴォルフ?』


 とそこで、解説席から眺めていた九十九が王女の異変に気付く。


 そう、意表を突いた策はある意味成功していた。


「ぅにゃあ~」


 つい先程まで剛羽に覆い被さられていたアリスは、すっかり目を回していたのだ。


 そんな彼女の頭上に現れた10という数字が、カウントダウンを始める。

 

 10秒ルール。倒れた選手はその間に立ち上がり、戦う姿勢を見せなければならない。


 もし、立ち上がることができなかった場合、その選手は退場。この状況の場合は剛羽の得点となる。そして、胸を揉みしだかれた王女が立ち上がることは2度となかった。

 

 ――チーム神動、1得点(内訳:敵選手1人撃破=1点×1)。合計8点


『エイツヴォルフ選手、脱落!? 決まり手はパイタッチなのか!? 感じちゃったのか!? あの一瞬の交わりの間になにをしたんだ、蓮ジュニア!? そしてここで試合終了ぉ!』


 観客たちの一部は大興奮しながら、一部は戸惑いながらも拍手喝采を送る。


『チーム神動、蓮ジュニアのパイタッチで勝利を揉みしだき獲りましたぁ!』


 争奪戦はこうして幕を下ろした。


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