得点、得点、得点!
時間は少し遡り、剛羽がフィールド中央から発射された後。
【奥突、勇美、南に向かってくれ。鵣憧を抑えるんだ】
【なッ!?】【ですぜ!?】
【お2人とも落ち着いてください。剛羽先輩、抑えるというのはチームエイツヴォルフの3人と協力して、ということ――】
【ああ、そうだ】
【最後まで言わせ――】
【でも、エイツヴォルフんとこの3人は戦死寸前だ。最悪、獲られる前に獲っていい】
【了――】
【了解ですぜ】
と、剛羽の指示を受けた奥突と勇美が、フィールド南部に向かう。
そんな中、フィールド中央に居残った侍恩は、驚愕に目を見開いていた。
【ま、蓮……】
【なんだ?】
【どうして僕を1人にしたんだ? 相手はあのウェイン・ラッシュフォードだぞ……!? 僕は全国最下位の《最弱》で、ウェインは学年3位で……】
侍恩は俯き、ぎゅっと拳を握りしめた。
自分で言ってて悲しくなる。
【達花、お前言ってたろ? この争奪戦でチームをアピールするんだって】
【それは……】
【だったら、凹んでる暇なんてないはずだ。それに、ウェインを抑えられるのは、お前にしかできないことなんだぞ】
嘘だ。
僕にやる気をなくされちゃ困るから励ましているんだと、侍恩は首を振る。
【自信持てよ。さっき、ウェインを止めただろ。あいつが俺を追い掛けられないのはお前のおかげなんだ】
【あれは不意打ちだったではないか。僕には……《最弱》には――】
【過去の戦績だけで決まるなら、試合やる意味ないだろ】
【ッ……!!】
【達花】
そこで一旦間が置かれ、剛羽の激しい息遣いのみが流れてくる。
球操手である耀のピンチ。
よほど急いでいるのだろう。
【勝つにはたくさん点を取んなきゃならない】
【……何が言いたいのだ?】
【まあ、聞けって……俺はエイツヴォルフを抑える。でも、それだけじゃ多分負ける】
【だから何が言いたいと――】
【俺の得点だけじゃ勝てない。絶対にだ】
【……ッ!?】
ここでようやく、剛羽の言いたいことを察する。
いや……。
でも……。
まさか……。
【だから】
声だけでも伝わってくる。闘王学園から来た少年の気持ちが。
次の言葉を待たずとも、全身が総毛立つ。
捨て駒にされたのだと思っていた。
しかし、違う。
『要らない駒なんてないんだよ』
この少年は――
【達花、お前はウェインを獲れ!】
《最弱》の自分を、一戦力として見てくれているのだ!
信じられないくらい……嬉しい。
その反面、荷が勝ち過ぎている。
それでも、応えたいと思った。
何とかしたいと……思った!
【応!】
侍恩は力強く言い放ち、手負いの標的に斬り掛かった。
そのまま激しく刃を交わし合う。
紫爪と白刀が連続して閃き、紫と白の残線を引き、削れ落ちた二色の粒子が一帯を眩く彩る。
(ッ……片足を刺されても、これだけ動けるのか!?)
それでも、簡単にあきらめるわけにはいかない。
気持ち一つでどうにかなるとは思わないが、《最弱》の自分がやる気までなくしてしまったら、ただでさえ周りより数段劣る実力の半分も発揮できない。
相手は負傷している。
普段のキレと比べれば全然だ。
と、自らを奮い立たせ、侍恩は果敢に斬撃を放つ。
剛羽から渡された小刀のおかげで、五分五分の戦いに持ち込めている。
勝機は十分にある……そう確信したところで。
ビキッと耳障りな音が響き。
柄を握る手が痺れ。
「……なッ!?」
ボキンと、小刀の刃が、侍恩の唯一の武器が真ん中から圧し折れた……!?
剛羽とアリスの対決が始まり、球場が盛り上がっていた頃。
猫夢理とチームエイツヴォルフの3選手が激しい近接戦を繰り広げる中。
敢えて猫夢理の視界に入るように位置取る奥突は、自分の前で槍を構える少女に軽い調子で話し掛ける。
「ねえ、竜胆ちゃん」
「奥突先輩、試合中の私語は厳禁です。その油断はやがて自らの足元を――」
「試合に関係あることですぜ」
【どうぞ】
【やっぱり《最弱》にウェインを任せるのは悪手ですぜ。わっちらで先にウェインを落としに行った方が良かったんじゃないですぜ?】
【私はそうは思いません】
【ですぜ?】
【3人がかりでもウェイン先輩を速攻で落とすのは難しいと思います。もたもたしていたら、鵣憧先輩に3点取られてしまいますよ】
【流石中等部主席。よく考えてるですぜ】
【いえいえ、まだまだ未熟者です】
謙遜しながらもえっへんと誇らしげに胸を張る勇美は、眼前の戦闘に注意を向ける。
そこでは赤色の煌めきが発される度に、チームエイツヴォルフの女子選手3人が削られていた。
鵣憧猫夢理。九十九学園砕球序列学年2位、校内5位。
その実力は伊達じゃない。
高い敏捷性で有利を取り、瞬発力に秀でた赤型で押していく。
シンプルな戦闘スタイルだが、それを支える速さ・それを維持するスタミナ・《心力》の練度はどれを取っても県トップクラスだ。
が、そんな猫夢理が止めを刺そうと踏み込もうものなら、獲物に跳び付く獣のように、奥突が猫夢理の腰に下げられた球袋に斬り掛かる。
この牽制が戦況を停滞させていた。
「ですぜ!」「ちっ」
【奥突先輩、突っ込み過ぎです。厳しく寄せるのは結構ですが、あくまで牽制するのが目的であって――】
【点を取れるチャンスがあるなら積極的にいくべきですぜ】
【それが原因で作戦が失敗してしまったら、元も子も――】
【そこは、わっちの得点に対する嗅覚を信用して欲しいですぜ】
【……分かりました。鵣憧先輩に射程はありませんが、一瞬で距離を詰めるスピードがあります。離れているときでも油断しないでくださいね。それから――】
【リデルちゃんが残り1分切ったところで復帰するから、爆撃には注意しようね!】
【私に最後まで言わせて――】
【了解ですぜ】
【くぅ~……】
と、確認し合ったところで、戦況が動く。
【今や!】
突如、猫夢理たちの戦場に、無人のバイクが突っ込んできた……!?
それは笑銃が錬成し、猫夢理の球を届けた、殻楯に覆われるバイク。
猫夢理に球を届けた後は目的もなくふらふらと走っていたため、他チームから無視されていたが、
【……ほんと、人形系は便利ね】
無人のバイクはまるで意思があるかのようにアリスのチームメイトたちの方に――ではなく、猫夢理目掛けて突進し、ぶった斬られて爆発した。
緑色の爆風が上がる。
スピードのある猫夢理を勇美たちが見失う。
間もなく、中から飛び出してきた猫夢理が、近くにいたチームエイツヴォルフの選手1人に斬り掛かった。
狙われた女子選手は、咄嗟に極楯――被弾箇所を精密に予測し、圧縮した《心力》で防御すること――で防御しようとする。が、焦って防御範囲の狭い極楯を出すタイミングが速過ぎた。
相手がどこを守ろうとしているか分かれば、他の箇所を攻撃するまでのこと。
相手のミスを逃さなかった猫夢理が、女子選手と交差する瞬間に、極楯――胸部をかわすように華麗に一閃。
女子選手の首元を抉った指先からは、刃全体が唸りながら震動する赤色のブレードが伸び出していた。
――チーム鵣憧、1得点(内訳:敵選手1人撃破=1点×1)合計2点
遂に均衡が崩れた。
1人落とした猫夢理は、間髪入れずにチームエイツヴォルフの残り2選手に斬り込む。
猫夢理の動き出しの速さと仲間が落ちた動揺で、アリスのチームメイト2人は完全に対応が遅れる。
【奥――】
と、勇美が言い終えるよりも早く、奥突が猫夢理の背後を突いた。
中等部主席の勇美に「速い!」と言わしめるほど素早い飛び出しだ。
奥突の判断力の速さの裏にあるのは、得点への渇望。
学年序列6位の笑銃を撃破できたが1軍に昇格するにはまだまだアピールが足りないと、奥突は考える。
もっと結果を出さなければ。
そのためには得点が必要だ。
リデルのマークを放棄して乱戦に参加したのも、場が乱れれば自分にも得点のチャンスがあると――上手く行けば序列上位の笑銃を倒してアピールできると――踏んでいたからだ。
自分の力を発揮できる自信があったからだ。
(得点、得点、得点! 1点でも多く!)
点は取らなかったが、ぱっと見では分からないが、目立ってはいなかったが、いいプレーをしていた……そんな称賛は要らない。
点を取って、取って、取りまくって、誰が見ても明らかなくらい活躍して、必ず昇格を勝ち取るのだ。
いつまでも2軍で燻ぶってなどいられない。
普段はチーム九十九でチームメイトのアリスやウェイン、リデルたち同期は、自分の何歩も先を行っているのだから。
この争奪戦で名を上げ、必ず追い付いて見せる……その向上心が、今回は焦りとなり、失態という形で表出した。
猫夢理の腰にぶら下がる球袋に刺突剣を突き出し――ジュウっと、突き出した右腕が赤い刃に切断された……!?
「欲を出し過ぎたわね、奥突」
「ですぜ!?」
反転した猫夢理に腕を焼き斬られた奥突は、驚愕に目を見開く。
裏を取る動きに、反応された。
転身系の選手には相性が悪いが、それを考慮してもここまで素早く反撃されたということは……もう明確だ。
読まれていた。
踏み込まされていた。
この争奪戦で名を上げ、必ず追い付いて見せる……その向上心が、今回は焦りとなり、失態という形で表出した。
「遅過ぎ!」「ぎゃ」
猫夢理は一瞬で奥突とアリスのチームメイト2人を斬り落とし、
――チーム鵣憧、3得点(内訳:敵選手3人撃破=1点×3)合計5点
【……OK。真っ直ぐね】「ッ!?」
1人残った勇美の脇を突破してフィールド中央方面に駆け出した。
「まずい、そっちは――」
【達花くん!】
勇美の身体能力は高校生と混じっても遜色ないものだが、転身系の猫夢理相手にはかけっこでは到底敵わない。
ならばと、脇を抜かれた勇美はすぐさま反転し、
「槍――」
槍を引き絞る。が、その動作を中断し、右手にもった槍を悔しそうに見る。
(まだ次は撃てないか……!!)
ぐんぐん遠ざかっていく猫夢理の背中目指して、勇美は必死に駆け出した。