王女と野良猫
2話に分ければよかった……
剛羽が耀のコーチを始めてから1週間。
迎えた入学式&争奪戦当日。
偶然にも同じクラスだった剛羽、耀、侍恩の3人は、ホームルームを終えて教室を出た後、校舎と繋がっている砕球棟に足を運んでいた。
更衣室に向かい、着替えを済ませる。
「蓮さ~ん、しお~ん!」
剛羽と侍恩が更衣室を出ると、チアガールのような衣装に身を包んだ耀に出迎えられた。
学校ではストレートだった少女の髪はポニーテールにされ、ミニスカートにスパッツを合わせている。
「お待たせしてしまってすみません、耀様」
「達花がトイレばっか行ってさ。ナイーブなんだな」
「し、しおんは試験前に頻尿になるんだよね~、あはは」
「そ、そうだ、僕はトイレキャラなのだ」
「と、とにかく、いざ出陣です!」
会話を打ち切った耀は、手を突き上げて元気良く歩き出す。
「わぁ、今年もすごい渋滞です……」
「例年より編入生や新入生の数が増えたのかもしれませんね」
間もなく集合場所である棟内のトレーニングルームに到着した耀と侍恩は、圧倒されたように声を漏らした。
更衣室も満員だったがここもかと、剛羽は驚く。
広大なトレーニングルームは生徒たちで溢れ返っており、場内に響くアナウンスが生徒たちの喧騒に掻き消されている。
「耀様、これだけいれば……」
「はい、ドンドンアピールしていきましょう!」
耀は通りすがる新入生らしき生徒たちに片っ端から「是非、チーム神動に!」と声を掛けていく。
「今入れば即レギュラーですよ! 試合出放題あうっ」
「待て待て、ちょっと待って」
剛羽は耀のポニーテールを何とか捕まえた。
「試合前なんだから、そういうのは後にしとけ。ほら、行くぞ」
「あ~、皆さ~ん、是非チーム神動に~」
人混みを掻き分けながら、剛羽たちは争奪戦の運営委員から《IKUSA》に送られてきた番号と同じ番号が記されたブースに何とか辿り着いた。
ここで対戦相手を待つのだが、ブース内には既に先客の姿が2つ。
「ッ、蓮剛羽……貴様が呼んだ助っ人というのは……」
「上妃・ヴィクトウォーカー・優那です。今日はよろしくね、神動ちゃん、達花くん」
「「上妃先輩!?」」
にこにこしながら両手を振る優那に、耀と侍恩は目をキラキラさせる。
好きなアイドルにでも会ったような反応だ。
剛羽は優那と挨拶を交わしてから、耀たちに向き直る。
「優那先輩のこと知ってるのか?」
「勿論ですよ! 上妃先輩って言ったら、チーム九十九の1軍ですよ!」
「しかもレギュラーであるからな! 1軍の! レギュラーだぞ! 感動だ!」
「あはは、照れちゃうね~。でも、昔の話だよ。私、もう辞めちゃったし」
「ご謙遜を!」
「あの上妃先輩にサポートしてもらえるなんて……わたし、夢でも見てるみたいです!」
「あーちょっといいか」
剛羽は優那の登場に盛り上がる耀たちの注意を集め、2人目の助っ人――九十九学園中等部の制服を着た少女の肩にぽんと手を置く。
「こっちの中学生が――」
「剛羽先輩。自己紹介くらい自分でできます」
「いや、周り年上しかいないから、ここは俺が一つ――」
「いつまでも子ども扱いしないでください」
不満そうに剛羽の助力を断ったおかっぱ頭の少女は、耀たちに向かって一歩前に出る。
「皆さん、おはようございます。初めまして、中等部3年の竜胆勇美です」
「竜胆勇美ちゃんって……」
「風紀科の期待の星ですね、耀様……」
「風紀科ってお勉強できないと入れないんだよね……?」
「はい。しかも、彼女は砕球の学内序列も中等部第一位です……」
「「…………」」
あれ、わたしたち場違いじゃない? とでも言いたげに、緊張した様子で顔を見合わせる耀と侍
恩。
またも大物の登場に、すっかり恐縮してしまっている。
見かねた剛羽は、耀たちの称賛に誇らしげに胸を張る勇美の肩にぽんと手を置いた。
「まあ、今でこそ真面目そうな感じだけど、勇美、昔は俺の小学校じゃ有名な喧嘩番長だったんだぞ」
「「え?」」
「うわぁあああああ! 何言ってるんですか、剛羽先輩!?」
「昔のことだし、いいじゃないか」
「よかねえ――じゃなくて、よくないですよ!」
「いや、でも神動たち萎縮してるし……試合前なのによくないだろ? だから合理的に考えて――」
「私の個人情報を!? そのために!? 酷いですよ、先輩…………ぅ、優那しぇんぱ~い」
優那の胸に飛び込む勇美。
ぽよんと受け止めた優那は勇美をよしよししながら、むっとした表情で剛羽を叱る。
「こうくん……!」
優那に怒られてしまったら逆らうだけ無駄だ。
剛羽はすぐさま勇美に謝罪した。
耀と侍恩にニヤニヤされた。
思っていたのと違う形だが、耀たちの緊張は解せたようだ。
一方で、1人だけ怒られて居心地が悪くなった剛羽は、気まずさを誤魔化すように、すかすかのブース内をぐるりと見回す。
「達花。お前の友達、まだ来てないのか?」
「断じて友達ではない。使い、使われる関係だ」
「なんだそりゃ」
「本当はあんなやつらに力を借りたくなかったのだ。しかし、これも耀様のためと思えば……耀様の執事として、僕は悪魔に魂を売り渡す覚悟だ!」
「口だけは達者だな、タチバナ」
と、拳をきつく握りしめた侍恩に声を掛けたのは、ブースに入ってきた黒人の少年だ。
その後ろには、美少女たちが控えている。
「あれ、あいつって……?」
「ウェイン・ラッシュフォード。九十九学園の最有力チーム、チーム九十九のメンバーだ……それと執事養成学校での僕の同期だ」
「執事養成学校って、お前らマジで何者だよ……!?」
黒人の少年――ウェインは侍恩の前で立ち止まり、見下す。
「まだ在校してたのか。この九十九学園の面汚しが」
「うぇ、ウェインくん、そんな言い方……」
「風紀が乱れてきましたね。ここはこの竜胆勇美が――」
「部外者は黙ってろ。カミツレ先輩、あんたもだ」
ウェインにきつく睨み付けられた2人は「ひっ」と沈黙させられる。
「見ろ、ここにいるやつらもお前を面白がって見てるぞ。まあ無理もないな。0勝100000敗の選手になんて――《最弱》になんて、そうお目にかかれない」
「っ…………」
「早く足洗えよ。それとも、主に恥を掻かせたいのか? もう何度も言ったけどなあ、続けるだけ時間の無駄――」
「無駄じゃないです!」
断ち切るような一声。
会話に割って入るように声を張り上げたのは、
「ッ、耀様……」
意外にも耀だった。
いつの間にか、侍恩の盾となるように位置取り、ばっと両手を広げている。
少女の眉を吊り上げた険しい表情に、剛羽は少し驚く。
「しおんはわたしの誇りです! だって、しおんは人一倍頑張って――」
「頑張っているのは、タチバナ君だけではないデスわ」
今度は耀の声を遮るように、場内に凛とした少女の声が響いた。
瞬間、ウェインはさっと片膝を付き、ウェインの後ろに控えていた美少女たちもぴしっと姿勢を正す。
かの偉人が海を割ったように、周りにいた生徒が左右に分かれる。
そして、自分のためにつくられた道を悠然と歩いてきた少女――アリスは、耀たちの前で立ち止まった。金茶の髪をぱさぁと靡かせ、胸の前で腕を組む。
「九十九学園は彩玉四強に数えられる、砕球強豪校デスわ。その学園の選手たちが頑張ることは何も特別なことではありマセんのよ、違いマスか?」
アリスティナ=エイツヴォルフ。
北欧アルディスタ王国の第3王女であり、1年前から九十九学園に籍を置く留学生だ。
その仕草や佇まいから高貴なオーラが溢れ出ており、白皙の氷細工のような美貌に目が眩む。
「それと周りの人に迷惑なので、あまり騒がないように――ウェイン、アナタもデスわ」
「はっ」
従者を軽く叱ったアリスは、剛羽に目を留める。
その視線を受け取った剛羽は、こくりと頷いた。
「それじゃあ、ワタクシたちは先に控室に行かせてもらいマスわ。気性の荒い野良猫さんに引っ掻かれたくありマセんし」
「あ、あの! エイツヴォルフさん! 今日の試合、参加してくださってありがとうございます!」
「べ、別にお礼を言われるほどのことではありマセんわ」
顔を真っ赤にしたアリスは「せいぜい恥を掻かないように頑張ってくださいマシ」と付け加えて、にこにこと手を振る耀に見送られながら、ウェインたちを率いて立ち去る。
そしてアリスたちと入れ替わる形で、ブースに3人の少年がやってきた。
「うぇ」と侍恩があからさまに嫌そうな顔をした。
「ウェインにいびられてるのが外まで聞こえてましたぜ、達花ちゃん」
「う、うるさい」
「まあ、人生いろいろですぜ」
助っ人の中でリーダー格らしい少年が、侍恩に肩に腕を回して絡み付く。
にこにこと笑っているが、その笑みは耀のそれとは対照的なものだ。
「……久しぶりだなぁ、《最弱》。今年もよろぴくぅ」
早速豹変したリーダー格の少年は、ぬらりと舌を出した。
他の二人の少年たちも、侍恩を面白がるように、にやにやと笑う。
「……あんたたち、全然成長しないわね」
と、そんな少年たちに、蔑みの声がぶつけられた。
続けてブースに入ってきたのは、剛羽たちと同い年くらいの少女だ。
毛先が緩く外にハネた赤紫のセミロングが目を引く、切れ長目の美人である。
赤紫髪の少女は、片手を腰に当て「はぁ」と溜息交じりに口を開く。
「そんなんだから、いつまで経っても2軍なんでしょ。少しは真面目にやってみたら? ま、できればの話だけど」
「ねむりちゃん!」「鵣憧殿!」
耀は赤紫髪の少女の前までてくてくと駆けていく。
「お久しぶりです! 元気でしたか?」
「うん。耀も元気そうね」
「はい! あの、今日はありがとうございます」
「お互い様でしょ。うちらも相手探す手間が省けたわ」
「鵣憧…………まさか、裏切り者と組まされちまうたぁ、ツイてないですぜ」
「それはこっちの台詞なんだけど。なんであんたら耀のチームにいるの? キモっ」
「ひひ、わっちらは鵣憧のお友達の助っ人ですぜ。もう少し敬意を払って――」
「は、よく言う」
猫夢理は鼻で笑った。
「あんたたちのチーム、争奪戦と合わせて昇格試験やるんでしょ? で、自分らだけじゃチーム組めなくて試験に出られないから、耀のとこに混ぜてもらったってのがほんとのところじゃないの?」
「……ご名答ですぜ。今日はよろしこ」
「あんたらの世話とか、とんだ罰ゲームね」
「ついでに下のお世話もお願いするですぜ、鵣憧ちゃ~ん、ひひ」
「…………は? 死にたいの? ゴミ虫」
鵣憧と呼ばれた少女は、汚物でも見るような目になる。
中々険悪な雰囲気だ。
「まあまあ、そうかっかすんなや、ねこ」
とそこで、猫夢理の後ろにいた少女たちが話に加わってくる。
「奥突~、ねこはこう見えてめっちゃ激しいんやで? ソッコー、枯らされてまうわ」
「あ、確かに! ねこ先輩って、激しそうっす!」
「ねむりちゃん、どスケベっぽいもんね~」
「ツンツンしてるキャラは案外ちょろいですからね! 小説に書いてありました!」
「くくく、魔性の女よ」
「ちょ、ちょっと! あんたたち、なに言ってんのよ!?」
かっと顔を紅くした猫夢理の頭部から猫耳が生える。
彼女が転身系の選手であることが一発で分かる反応だ。
「蓮さん、こちらが今日対戦する、チーム鵣憧のキャプテン、鵣憧猫夢理ちゃんです」
「ふぅん、あんたが蓮剛羽ね」
猫夢理は剛羽に探るような視線をぶつける。
「耀、なんか嫌なことされなかった? しごかれたりとか」
「大丈夫です! 蓮さんはそんなことしませんよ」
「ほんとに?」
猫夢理は剛羽を軽く睨む。
「……あんたさ、自分の感覚、耀に押し付けたりしないでよね」
「ねむりちゃん、蓮さんのことあんまりいじめないでください!」
「お前は俺の、俺の……何だよ?」
「一番弟子です!」
「いや二番弟子だな」
「そんな!?」
軽口を叩き合う二人を見た猫夢理は「まあ別にいじめたつもりとかないし」と弁解し、どこか安心したような表情になった。
「それじゃ、フィールドでまた会いましょ」
「はい!」
チーム神動とチーム鵣憧はブースを出て、それぞれの控室に向かう。
試合が、始まる。