先輩
――九十九学園の知り合いに当たってみる。
耀たちにそう宣言した翌日。
剛羽は地元に足を運んでいた。
久々の空気に懐かしさを覚える剛羽の目の前には、一軒の豪邸が。
外国の城のような外観から、もう何というかヨーロッパという感じだ。
勿論、自宅ではない。
剛羽は胸一杯に空気を吸い込み、吐き出した。
とんとんと拳で胸の真ん中を叩く。
覚悟を決め、入口門にあるベルを鳴らそうとした――そのとき。
「こうくん?」「ッ!?」
背後からの声に、剛羽は背筋をぶるっと震わせて、恐る恐る振り返る。
そこには、剛羽より少し大人っぽく見える少女が、胸の前で手を重ねてこちらを窺っていた。
暗がりの中で存在感を放つ、腰まで届く金髪。
その御髪と抜群に合う宝石のような、優しそうな碧眼の瞳。
それらを際立たせる、雪をも欺く白い肌。
「優那先輩……」
そんな日本人離れした少女――上妃・ヴィクトウォーカー・優那は、九十九学園高等部の3年生だ。
優那の父は大手砕球用品メーカーVicterの開発主任を務めており、母はVicter社現社長の娘……つまりお嬢様である。
そして、剛羽が闘王学園に留学する前に所属していたチームの元キャプテンだ。
「やっぱり、こうくんだ!」
ぱっと笑顔を咲かせた優那は、たったったと駆け寄ってきて、立ち尽くす剛羽を押し倒しそうな勢いで抱き付いてくる。
剛羽が地元を離れる前、互いにまだ小学生だった頃と同じように。
しかし、2人ともいろいろ成長したわけで、小学生同士のする抱擁とは訳が違う。
以前は2つ上の姉として見ていたが、今は1人の異性として意識してしまう。
「久しぶり、連絡してくれてありがとう。嬉しかったよ」
「と、当然です~~~~~~っ」
優那の豊満な胸が当たっていることを意識してしまい、かーと身体が熱くなってくる。
「大きくなったね、こうくん。それに、前よりもう~んとかっこよくなった」
「あ、はい…………大きくなりました」
剛羽は訳あって腰を引いた。
しっかりしろ俺! と自らを奮い立たせ、重たい口を開く。
「優那先輩、すいません……プロになってから戻るって言ったのに」
結局、約束を果たすことはできなかった。
帰郷してから今日まで、優那たち元チームメイトに会いに行かなかった理由はそれだ。
そんな少年の内情を知ってか知らずか。
「お帰りなさい、こうくん」「ッ!?」
優那はひしと剛羽を抱き寄せた。
先程よりも女性らしい弾力が明確に伝わり、その母性的な温もりに包まれて甘く痺れる。
優那は優し過ぎるきらいがあるが、今はその優しさが嬉しかった。
心の内にあったしこりが、すっと溶けて流れ去っていく。
「謝ることないよ。こうくん、一生懸命頑張ったんでしょ?」
その通りだ。闘王で過ごした六年間の全てを砕球に捧げて――
「だって、電話もメールも、全然返事くれなかったもんね!」
「え?」
優那はあからさまに頬を膨らませ、ぷいっとそっぽを向いた。
練習がきつくて返信する暇などなかったと言えば信じてもらえそうだが、学年が上がるに連れて何となく恥ずかしくなった、というのが本音である。
「返す言葉もないです……お詫びになんでもさせてください」
素直に謝ってから「先輩、その格好は?」と、剛羽は優那の着ているスポーツスーツに言及した。優那のようなスタイルのいい女性が、そんなピッチピチな服を着るのは反則だ。
「バイト先で着てるんだ。私、ジムで働いてるの」
「アルバイト? えっと、優那先輩、砕球は……?」
答えは予想できたけれど、訊いてしまう。
ここ最近の九十九学園の試合結果はチェックしていたが、どのチームの出場選手欄にも優那の名は……。
「うん、やめちゃった」
「そう、だったんですか……」
寂しそうに笑う優那に、剛羽はそれ以上の言葉を返せなかった。
予想は付いていたけれど、優那が既に一線を退いていることに少しショックを受けた。
剛羽の表情が曇ったことに気付いた優那は少し眉を下げてから、明るい声で話題を振る。
「そう言えば、争奪戦のことで話があるって言ってよね?」
「はい。俺、争奪戦は神動ってやつのチームで出場する予定なんですけど、そいつのチーム、オペレーターがいないみたいで。迷惑じゃなければ、優那先輩にオペレーターやってもらいたいんです」
「神動って……神動耀ちゃん?」
「あれ、優那先輩、神動のこと知ってるんですか?」
「うん。直接話したことはないんだけどね…………そっか、耀ちゃん、こうくんと……」
指を合わせて嬉しそうに笑う優那。
不思議に思った剛羽は「どうしました?」と訊ねるが、笑ってごまかされてしまう。
「ふふ、なんでもないよ~。それより、オペレーターのことだけど、私で良ければ引き受けるよ」
「ッ! ありがとうございます! めっちゃ期待してます」
「久しぶりだけど頑張るよ!」
よしと、優那が両手で拳をつくる。
「……ふふ」
「ん? どうしました?」
「こうくん、元気そうでよかったな~って」
「そ、そうですか?」
「そうだよ~。こうくん真面目だから、昔の言ったこと気にしてるんじゃないかなって、私、心配してたんだから。なにか嬉しいことでもあったの?」
「そう、ですね……ここでもやってけそうだなって」
先日対戦した少女が脳裏を過る。
「……優那先輩、少し先の話のなんですけど、一つお願いがあって」
「なんでも言って、力になるよ」
優那はどうだという顔をしながら、ぽんと胸を叩く。
その可愛らしい仕草に、剛羽はくすりと笑った。砕球をやめても優那は優那のままだ。
「その……面倒見てやって欲しいやつがいるんです」