図書委員と図書室警備員2
これの続きです。
図書委員と図書警備員
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真西理晴は、高校で図書委員をしている。
あまり人の来ない図書室は、今日も静かだ。しーん、としている。
いつもは1人で、本を読んでいる理晴だったが、今日は違う。
理晴の隣には、もう1人の図書委員がいるのだから。
図書委員と図書警備員2
理晴と、もう1人の図書委員である能々は、図書室のカウンターに隣り合って座っていた。
本を借りに来る人たちが、カウンターに訪れる。
本の貸し出し業務を行うのが図書委員の仕事なのだが…
「今日も誰も来ませんね…」
「そうだねぇ」
今日も静かだ。この高校は、あまり本を借りに来る人がいない。
「こうやって座っているのも退屈です。先輩。私、図書室の警備をしてきます」
能々はぼそぼそとしゃべりながら、すくっとイスから立つ。
能々が言う「図書室の警備」というのは、単に、図書室の中をうろうろ歩き回ることだ。
うろうろ歩き回る、と言っても、都市部をぶらぶらするような茶髪の若者みたいではなく、
忍者みたいに、足音や気配を消すような感じで、存在を消して、歩き回るのだ。
なぜ存在を消して歩き回るのか。図書室に変な人がいないか「警備」するためだ。
――実際は、ただ図書室をうろうろしているだけなのだが。
「行っておいで」
理晴は、能々の後姿を見送る。まもなくして、能々の姿が見えなくなり、図書室はまた静かになる。
いや、前より静かになったかもしれない。
「私も何か運動しようっと」
ずっと座っているのが退屈だったのか、理晴もイスから立ち上がり、背伸びをする。
「うーんっ、と…」
「先輩」
「ひゃああっ!?」
理晴は突然うしろから声をかけられる。
ビックリしてふりむくと、そこには能々の姿が。
さっき、図書室の奥に消えたはずなのにどうして!? どうやって背後に回りこんだの!?
理晴は、能々の気配にぜんぜん気づかなかった。
「なっ、なに、能々ちゃん、どうしたの…? いきなり背後に回りこんで…」
「なんでもないです」
「そ、そう…」
「警備してきます」
能々はそう言うと、そろそろ歩きながら、また図書室の奥へと消えていく。
「ふぅ…びっくりした…」
そう言って、理晴は胸をなでおろし、イスに腰掛ける
「先輩」
「きゃああああああっ!?」
イスの下から声がした。
そこには、カウンターの机の下で、体育座りしている能々の姿が!
なんでこんなところにいるの!?
あまりに唐突な隠れ方に、理晴は思わず悲鳴をあげてしまった。
「ど、どどど、どうしてっ、そんなところに隠れているのっ!?
窮屈じゃないの!?」
「私は、体が小さいから、隠れても窮屈じゃないです」
能々の体は小さい。身長は140cmを下回っている。小学生のようだ。
その小さな体は、図書室のカウンターの下にやすやすとおさめることができる。
「いや、小さいから窮屈じゃないって問題じゃあ…
というか、いつの間にカウンターの下に入ってるの。
つい数秒前、図書室の奥に消えた気がするんだけど…」
能々は神出鬼没だ。こうやって、警備に行くふりして、変なところに現れる。
昨日もそうだった。
理晴は気が気ではなかった。寿命がいくつか縮まったかもしれない。
ところで、理晴は思う。どうして、能々はこんなに私を驚かせようとするのだろうか。
ふと思い当たることがあった。
「いたずらしたり、驚かしたり、そういうことをしてくる人は、自分に関心を持って欲しい。
かまってほしい、と思っている」
本かネットにそんなことが書いてあった気がする。
もしかして能々は…かまってほしいのかな。理晴はなんとなくそう思った。
でもどうしたらいいんだろう。
能々にかまうといっても、私、そんなにおしゃべり上手じゃないし…。
…あ、そうだ。
私も、能々を驚かせてみよう! これでかまったことになるよね!
理晴はそこまで考えたが、すぐに壁にぶちあたることになる。
(…どうやって能々を驚かせよう。わかんないよ)
頭を抱える。
理晴は、人を驚かせたことがなかった。理晴は人見知りだ。
ゆえに、人との関わり合いは苦手だ。
人と関わりを避ける人間が、どうやって人を驚かせるだろう。
いや、理晴が人を驚かせたことがなかったわけではない。
たとえば職員室で先生に声をかけるとき。
理晴は、先生に声をかける。
しかし声が小さいのか、先生は気づかない。
やむなく、先生の背後に近寄り、「先生」と小声でつぶやく。
「ひっ」先生は、まさかすぐ隣に理晴がいると気づかず、びっくりする。
そのとき先生は、まるで幽霊に突然出会ってしまったかのような青い顔をするのだ。
そういう驚かせ方なら、理晴はできた。だが、これはわざと驚かせたわけではない。
人見知りのプロだからなせる技だ。
驚かしのプロなら、意図して驚かせることができるだろう。能々みたいに。
どれだけ驚かせるかわからないけど、やるだけやってみよう。
理晴は、何かを決めたような顔をした。
そして目の前にいる能々に話しかける。
「…能々ちゃん」
「?」
「この本の文章で、読めない漢字があるんだけど、ちょっと見てくれないかな」
理晴は、どこからか文庫本を取り出すと、ページを開き、能々に手渡す。
理晴は、とある文章の漢字が読めないらしい。
もちろん嘘だ。
能々の注意が本に向けられている間に、能々を驚かせようというのだ。
「先輩、どこの文章ですか…? ここですか」
今だ! 理晴は能々に顔を近づける。そして――
「ばっ…ばぁ☆」
念のため言うが、赤ちゃんをあやしているわけではない。驚かしているのだ。
しかし、照れがあるのだろうか、あまりに弱弱しい声だった。
肝心の能々は、理晴の「ばぁ☆」に、どういう反応をしていいかわからず、固まっている。
「えっ……」
能々のリアクションが薄い。驚いていない。「何してるの、この人?」みたいな表情をしている。
はずした。失敗した。
とたんに恥ずかしさに満たされ、理晴の顔が急激に赤くなっていく。
気まずい。なんとかして、空気を変えないと。理晴は必死だ。
しかし出てくる言葉は言い訳ばかり。
「ち、ちち、違うの、これは、その、
能々ちゃんが、あんまり私を驚かせるから、お返しのつもりでぇ…」
だんだん声が小さくなっていく。言葉が続かない。
もう駄目だ、できることなら消えてしまいたい。理晴はそう思った。
「先輩…」
重苦しい雰囲気のなか、能々が何かを言いかけたそのとき。
「すいませーん、本を返したいんですけどー」
突然、男子生徒の声が聞こえてきた。本を返したいらしい。図書委員の出番がやってきた。
理晴の表情が明るくなる。ナイスタイミングだ。これは天からの救いだ。本気でそう思った。
「ほ、本の返却ですねっ」
理晴は、そそくさと能々の前から姿を消す。
能々は、理晴の姿が遠のいたことを確認してから、ぼそっとつぶやいた。
「先輩…ドキドキしましたよ」
ただし、別の意味で。能々の頬は少しだけピンク色に染まっていた。
驚いてドキドキしているわけではないようだ。
自分を驚かせようとした、かまってくれた、行為そのものに、ドキドキしたものを感じたようだった。
終わり