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「ちょっと、こっちに来て。扉があるわ」
テレジアが私たちを手招きして呼ぶ。
「扉? こんな洞窟に?」
ガイがいぶかしげに問いながらテレジアの元へ急ぐ。
そこには確かに扉があった。均一で整った扉で、うっすらと何かの模様が描かれている。ガイの言う通り、こんなに荒れた洞窟にあるとは思えないほど近代的な扉だ。
「取っ手らしきものは無いな。魔力的なものも感じない」
クラウドも探索の魔法を使い、扉を調べる。
「押すのかしら、それとも引くのかしら」
「横に動く可能性もあるな」
年長組が意見を言い合うのを、マーシャはじっと聞いていた。経験不足の自分がしゃしゃり出てはいけないと思ったからだ。ここは二人の意見がまとまるのを待つことにする。
「おい、今のうちに荷物を取りに行くぞ」
「ああ、そうね」
マーシャとクラウドは泊まった(正確には泊まろうとしていた)家に戻り、全員の荷物を洞窟まで運んだ。
それぞれ装備をつけ、再び扉に対峙する。が、どうするか結論は出なかった。
するとクラウドが私の手を取り、無造作に扉に触らせた。
「ちょっ、クラウドっ!?」
マーシャの驚きと抗議の声は、暗闇に吸い込まれていく。扉は押すでも引くでもなく、突然消えてしまったのだ。その先には地面が無かった。
扉に手を置き支えを失ったマーシャは、そのまま下へと落ちてしまったのだ。
(ああああいつ、絶対殴るっ! 死んだら化けて出てやるんだからっ!)
耳元でひゅうひゅう鳴る風の音を聞きながらクラウドに対する恨みを抱いていると、突然身体がふわりと浮いた。
そのままゆっくりと下りていくと、岩でごつごつした地面に着地した。
「ちょっと、大丈夫? マーシャ」
「怪我ないか?」
上からは同じくふわふわと浮遊するようにしながらテレジアとガイが、そして最後にクラウトが悠々と下りてきた。
「怪我は、ないけど。ちょっとクラウド、一体どういうつもり? いきなりひどいじゃない!」
マーシャがクラウドに詰め寄ると、クラウドは「問題ないと判断したからああした。俺なら助けられる」とちっとも悪びれない。
テレジアが魔法で灯りを出し、当たりを照らす。
「また同じような扉があるわよ」
「今度も触ったら開くのか?」
魔法による仕掛けが無いことを確認し、今度はガイが扉に触れた。だが、何も起こらない。
次にテレジアが、そしてクラウドが触れても異変は起きない。
皆に促され、マーシャは嫌々扉の前に立った。
「皆がダメだったなら、この扉は鍵か何かが必要なんじゃないの?」
「まあ、ダメ元で触ってみたら?」
テレジアにそう言われ、次こそは落ちまいと彼女にしがみつきながら扉を触る。
すると扉はあっさりと開いた。
「な、何で……?」
マーシャの問いは二つの意味があった。なぜ皆が触っても何も起きなかったのに、自分が触ったら扉が開いたのか。そしてもう一つ。
なぜ洞窟の扉を開いたところに、別の空間が広がっているのか。
扉の向こうは、洞窟ではなかった。むろん、急に洞窟を抜けたわけでもない。
洞窟とは明らかに違う大きな空間。そこは薄暗く、肌にまとわりつくような異様な空気。
(ここは危険だ、戻ろう―――)
マーシャは振り返り、声を失った。そこにあったはずの扉と洞窟が消えていたのだ。
「ここは……?」
テレジアたちも眉を寄せ、当たりを警戒している。
「どうやら、転移したらしいな」
クラウドが納得したように頷く。
転移ならば、授業で習ったことがある。遠くの場所まで移動できる魔法陣のことだ。ではあの扉が転移装置になっていたのか。
(だけどクラウドは魔力は感じないと言っていたのに……?)
マーシャの疑問はガイの大きな声で打ち消された。
「あ、あれ! 例の渦じゃないか?」
ガイが背後を指差す。そこには黒い渦があり、その先には明かりが見えた。王宮の庭で見た、魔界へとつながる禍々しい渦。
「もしかして私たち、あの渦の中に入っちゃったの!?」
テレジアの問いに答えられる者はいない。誰もが半信半疑だったからだ。マーシャたちは渦からまだ遠い場所にいたはずだ。なのに、扉に触れた瞬間、いきなり魔界の中に入っていたのだから。
「どうして、とか、なんで、とか、疑問は尽きないけど、今はそれどころじゃないみたいだぜ!」
ガイが前方を指差した。
そこには、四人の存在を察知したのか、魔物がたくさん集まってきていた。
「みなさんお揃いで、ご苦労なことね!」
テレジアが一歩出るとその太ももが露わになった。
「こ、こんなにたくさんの魔物、無理……!」
怯えたマーシャはテレジアと反対に一歩下がる。
「口を開けろ、マーシャ」
するとクラウドに両手で肩を掴まれ、口に何かを突っ込まれた。
「もがっ、これなに!?」
口から出しかけ、甘みを感じたマーシャはそのままもぐもぐさせた。
砂糖菓子だ。ひどく硬いが、舐めると次第に甘く溶けていく。それと同時に身体の中の魔力が戻って来るのを感じた。マーシャは糖分で魔力が戻る特異体質なのだ。
「食べたな? じゃあ働け」
「いや、無理でしょ。こんなにたくさんの魔物なんて」
マーシャは尻ごみをした。テレジアとガイは果敢に敵に立ち向かっているが、自分はそんなことできる人種ではないのだ。たくさんの魔物を前にして恐怖心が勝っている。
「クラウドこそ、天才ならこの状況くらい何とかなるでしょ?」
「何とかなるが、できるだけ魔力は温存しておきたい。お前と違って俺は消耗型なんだ」
「魔力を消耗したら、テレジアに回復系魔法をかけてもらえばいいじゃない」
自分でも逃げだと分かっている。戦っているテレジアに更に魔力を使わせるのは酷な話だとも。その証拠に、最後の言葉はほとんど囁き声のように小さくなっていた。
「奥の手だが、仕方ないな」
溜め息をついたクラウドがマーシャの頬を掴む。両頬が指で挟まれ、唇が突き出した。
「ひょっと、ほういうつもり? ま、ましゃか……!」
そのまさかだった。
次の瞬間には、クラウドの唇がマーシャの唇に重なっていた。覚えのある、冷たくて乾いた唇の感触。
(一度だけじゃなく、二度までも!?)
「い、いやーーーっ!!!」
ドーンッ
地響きのような音を立て、辺りが煙に覆われた。




