自殺志願者
暗い部屋の中、気がつくと大量の血が溢れていた。
自分の血液が、真直ぐに切られた左手首の傷口から気が抜けたようにタラタラと、しかし勢いを持って流れている。
「・・・・・・は?」
――瞬間、少年は目を見開いた。
え?何これ?如何して?何で?何でなんでなんで何故にこんな自殺みたいなことしてんのもしかして誰かにやられたとかいやでも家に泥棒なんか入り込んだ記憶は無いし自分で切った覚えも無いしっていうか俺はさっきまで何してたんだっけどうしてだ思い出せないな―――ああそうだ溜め撮りしてたアニメを見てたんだけっこうたのしみにしてたのに如何して気がつくとこんなになってるんだ最悪だ本当意味分かんな―――。
理解できないこの現状に反応するように、少年の脳にあらゆる思考が駆け巡った。混乱する頭を再び覚醒させたのは、たった一つの事実だった。
右手に違和感があった。
眼球が動くと、そこには薄い金属板があった。その金属板はプラスチックの柄に納められていた。
――まるで、カッターのように。
「ぅ・・・・・・あ・・・」
少年は理解した。理解してしまった。隅々まで理解しきれてしまった。
これは自分がやってしまったのだと。自分で自分の命を断とうとしてしまったのだと。
先立たれた姉にはどう顔向けしたらいいかわからなかった。
姉に対して申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
「ぁ・・・ご、めなさ・・・・・・」
声は出ない。否、出せなかった。
それでも謝る。
「ごめ・・・・・・んなさ、い・・・」
力が出ない。
「ご、めんなさ・・・いっ」
少年の眼球から涙が溢れ、血液と融合した後、それっきり涙は流れなかった。
「ごめんなさい」
少年は自分でも驚く位にはっきりとした声を出した。
謝ることができる。許してもらえる。
「ごめんなさい」
いつしか笑みを浮かべていた。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
口が裂ける程の笑顔で。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
誰からも返事は無い。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさ」
どさり、と。
音を立てて少年は倒れた。
あぁ、死ぬのか俺。と呟いて、その虚ろな目を閉じた。
それからすぐ、階段の下から家族が少年を呼んだ。
返事は無かった。