7話
「はっは~!いっけぇ、トラウム」
部屋から抜け出した私は、父からプレゼントされたワイバーンと一緒に飛び回っていた。
瞳は夕焼けの様な鮮やかな橙色と、まるで夜空の様な漆黒の体はかるく2メートルはありそうな雌のワイバーンに、確かフランス・・いや、ドイツ語だったかな?まぁ、どこの国かは覚えてないけど、夢と名前を付けた。
トラウムはワイバーンの中でもまだまだ子供なので小型である。
そして、他のワイバーンと少し違うところがあるとすれば、知能の低い下位竜種の中でも珍しい人語の分かる混合種と呼ばれている精霊の加護のある魔力の強い飛龍。
トラウムの加護は風の精霊を宿している、意思疎通のできる賢い子である――――が、私と兄以外には懐かないプライドがとても高い子だ。
『これ以上先へは行けぬぞ・・・フィー、兄殿との約束があろう?』
「かったいこといわないいわない。ちょっとくらいいいじゃ~ん!オリエントのモリにいこ、オリエント!」
『まったく、妾は忠告したぞ』
私の言葉に呆れたように返し、トラウムは領地の森に向かって下降し始めた。う~ん、このぞくぞくする感じ・・・ジェットコースター思い出すわ!
小型といっても大きいことこの上ない躰だが、トラウムは障害物をまるで感じさせずスイスイと器用に木々の間をすり抜けてオリエントの森の方へと向かってくれている。
私が指示したわけじゃないのに隠れるように向かうなんて・・本当に賢いなぁ!
++++
『フィー、そろそろ森につくぞ』
「おぉ、ひっさびさ!あっちのほうにいって、みずうみがあるから!で、みずうみのうえでせんかいして」
『よかろう』
時間にしてどのくらいだろうか、大体15分ほどの飛行で前方にオリエントの森が見えてきた。
この世界に来た時に暫く居た森だ。あの後も何度か来たことがあるのだけど・・・過保護な兄に出禁食らってた為に今まで来れなかった。
でも、今日は絶対ばれる事はないだろうと確信してる。
何故って?
今、仕事が忙し過ぎて職場に泊まり込みだからね。なんでも、東方にある山向こうの国が喧嘩を売ってきたとかで・・・父と母までも呼び出されて1週間は帰れないと、昨日残念そうに出かけて行った。
ぃやっほ~い!私は暫く自由だ!超嬉しいし!
『フィー、着いたぞ』
1人色々と考えてニヤニヤしていたら、トラウムの呆れたような溜息と共に聞こえてきた言葉。
漆黒の鱗に覆われたトラウムの背中から下を見下ろすと、まるでサファイヤの様な煌めきの湖が眼下に広がっている。私が何をやろうとしてトラウムに指示をしたのかを読み取ったらしく、湖の上空で木々のギリギリを旋回してくれていた。
「ひっさしぶりのモリ!なにかあったらよぶから、トラウムもじゆうにしてていいよ」
『分かった。では、狩りでもしておるぞ』
「おっけ~!」
トラウムも私に付き合って館所有の森以外にいける事がなかったから、少し嬉しそうな声色で答えた。またあとで!と言い飛び降りると、トラウムはそのまま上昇してどこかに飛んで行った。
目指すは湖の、中!
飛び込みま~す。
「・・・・」
やっぱ夏には冷たい水で水浴びするのがいいね。田舎っ子特有だよね~、服着たまま泳ぐ!
貴族子女にはあるまじき行為なのは知っててやってるので、悪しからず!
で、そんな私が今は木の上で息をひそめています。獣がいたとかではなく、この森の中で見かける事は珍しい、いや、初めて見る人がいたのだ。
見たところ上級騎士。腕試しに来たのかなぁと思ったのだが、何かを探しているのかきょろきょろとあたりを見回していて、とても不自然この上なかった。だから私は木の上からそっと後をついてって、観察してます。
見た目は、オレンジ色のショートヘアに鮮やかな青い瞳のクールな綺麗系。青色の肩当てと黒の詰襟のロングコートに、純白のパンツとマントを身に着け、少々ごつい感じの黒のロングブーツを履いている。マントの内側は鮮やかな青色。ロングコートの飾りには銀糸で装飾がされていて、首元には皇家の紋章のブローチをしている。
レイピアのついているベルトの他に、飾りベルトには美しい蒼の魔石が複数ついている。
会ったことはなかったけど、私はこの人の噂を聞いたことがあった。
銀糸+黒の詰襟コートに、皇家が纏う純白をマントとパンツとして身に着けている。そんな服装を許されたのは色騎士のみ。そして鎧の一部の肩当ての色とくれば、あれだ。
色騎士№4にして蒼騎士の、唯一の女騎士であってトゥーネと呼ばれていたはず。
そして・・・。
あり得ないほどの方向音痴で、極度の怖がりらしい。――――迷ってるんだよね、あの人。
ポーカーフェイスにずんずん森の奥へと進んでいく彼女は仕事できたのか、はたまた噂通りに迷っているのだろうか?
私はとりあえずどうしよう・・・と考えながらも、面白そうだったためにそっと後を付けて彼女の後を追った。
暫く彼女を観察していたのだけど、彼女は何故か森の奥に入って行っては湖に戻ってきて首を傾げるというのを優に現在10回目だ。うん、さすがに迷ってるよね。ちょっとめんどくさいことこの上ない気もするけれど、私は困っている人を放って置くほど人でなしではないぞ!
取りあえず観察するのも飽きた私は、もぎ立ての林檎に似た果物を頬張りながら彼女の頭上の木の枝にまたがった。
はてさて、どうやって声を掛けたら・・・面白いだろうか!!
+++++
「あの・・・ごめんなしゃい。そろそろかんべんしてくだしゃい」
あの後両足を木に巻きつけて、逆さで彼女の前に現れたら・・・とてもかわいらしい悲鳴をあげられて、どのくらい経ったか知らないけれど延々と説教を食らっとります。
凛々しく澄ました感じの人のギャップ萌え~!
あぁ、ちなみに”~さい”を”~しゃい”と言っているのはワザとです。だぁって子供になりきった方が大人って甘い顔するんだもの~(笑)
「駄目だ。大体その恰好は何だ!足を出すとははしたない!!女ならもっと慎みを持ってだな」
叫ぶ→唖然とする→真っ赤になる→怒り出すという感じで、彼女の怒りは未だに終わらないらしい。
いやホントこの世界にも正座で説教という文化があるとは思わなんだ・・・あ、父の話だと地球から来た人いるって言ってたな。もしかしなくても日本人か!確か今隣国にいるって言ってたっけ?ぅっわ、会ってみたい!何時代の人だろ!
おぉ、だからか!味噌や醤油っていう調味料に、豆腐やうどんってそのままの名前であったりするんだ。10年目にして初めて知った!
「おい、聞いているのか?!」
あぁ・・意識飛ばしてたらそれについても怒るんか。もう、ホント嫌。
美人な人が怒ると半端なく怖いんだもん。でも、恥ずかしさで逆切れしてる感じだよなぁ・・・この人。
「・・・だれも、こんなもりでまよってるひとがいるとはおもわないじゃないっすか」
「!!」
ため息をつきつつボソッと言ってみたら、ちょっと顔を赤くして顔をそむけた。やべ、聞こえたみたいだ・・・でも、図星だ。あはははははは!!
でも、どうして色騎士がこんなところにいるのだろうか?今は東方の国に行っているはず・・・もしかして。
「ひがしにいくはずが、まちがえてにしにきたんでしゅか?」
「は?!ここはグランチェーニではないのか?!」
「ここはオリエントのもりでしゅ」
「西方のウェルナール候領だと?!」
演技口調で言い切れば、がっくりと四肢を地に付けて項垂れてしまった蒼騎士のお姉さんに同情的な視線を向け、私はようやく自由になったしびれた足を延ばした。ぅおおお、久々のこの感覚・・つ、辛い!
「・・・・」
ぶつぶつ言いながらとうとう頭まで地面についてしまっている。
あぁ、とんでもない方向音痴というのは本当のようだ。グランチェーニは確か兄の話にも出てきたから知ってる。喧嘩中の国と山を挟んだこちら側の、東方最大の街だったはず。父母は皇宮に駆り出されているが、兄達騎士は皇帝の命であの町に行っているはずである。
てか、色騎士なら専用のワイバーンが居たはずだよな?
「つかぬことをおききしましゅが、ワイバーンはどうしたんでしゅか?」
「・・・街の入り口で降り、そのまま返した」
「・・・・」
うん。足がもうないという事っすな。そこだけは理解した。
グランチェーニとバルセは賑わいこそ同じくらいだけど、規模でいえば3倍ほど違ったはず・・・この人物凄いうっかりだよね。誰も何も突っ込まなかったのだろうか?
「あの・・あんない、しましょーか?」
「・・・・・」
「・・・・?」
何とか足のしびれが取れてから蒼騎士のお姉さんの近くに座って尋ねてみるが、お姉さんは沈黙している。
恥ずかしいんだよね?まぁ、気持ちはわかるよ。こんな子供に同情されて道案内頼むほどだもんね。
たっぷり沈黙した後、頼むと小声で呻くように呟いたお姉さんは沈んだまま私の後をついてき――――つつも迷子になりそうだから、もう途中から手をつないであげた。
ホント此処までの方向音痴は漫画の世界だけかと思ってたよ!ある意味感動したさ!
「これからどうしましゅ?」
「教会へ行き、皇宮までの魔道扉を使い・・グランチェーニに飛ぶ」
「そう、でしゅか」
オリエントの森を抜けた時によくよく考えたら、バルセの街に案内し馬を借りたところで教会のあるシュタインヴェルタまでこの人が一人で行けるとは思えない。最悪北方の地区に行くか、隣国まで行ってしまうのではないだろうか・・。
しかしカイさんに頼むにしろ、私が屋敷を抜けたことが速攻で知らされるから頼れない。
色々考えたが仕方ない。シュタインヴェルタまではトラウムに頼んで載せてってもらって、こっそりと教会までは案内してあげようと思った。さすがにそれ以上は知らない。
「・・・・・・ぜったいひとりでいかないでくださしゃいね」
「・・・・分かっている」
引きつりそうな表情筋を何とか頑張って動かしてお姉さんを見上げながら言うと、顔を顰めてそっぽを向きつつ頷いた。頬が赤い気がするのは、気のせいではないだろう。
この人助けに気をよくした私はうっかりと忘れていた。お互い名乗ってはいなかったのだが、私と出会ったことに対して口止めをしておくことに・・・。
本格的に物語始動。
さてと、1つ目の書きたいところまで・・・どう持っていこうかなぁ~。