4話(ロドルフ視点)
ヴィンス第二皇子が視察に訪れ、私と様々な話をした翌日。私は人伝ではなく自分の眼で確かめたくなり、影達を下がらせて殿下一行を見送ったその足で昔なじみのバルセの食堂に顔を出していた。
「・・・侯爵様、またその様な恰好を」
「ふふ、カイゼルが黙っていればいいのだよ」
何食わぬ顔で突然現れた私の顔を見て眉間にしわを寄せたのは4千5百年来の友であり、乳兄弟のカイゼル。
本当は私の右腕として我が家にいてほしかったのだが、彼の弟にそれを押し付けて彼は私が結婚すると屋敷を出てしまった。いや、彼は表ではなく裏から私を支える為にというのは理解しているし、呆れるほどの忠誠心が凄く我が領の重要な街であるバルセを統括していてくれるのは正直言って彼だからこそできる事であってとてもありがたい。
趣味である料理と持ち前の情報力を使い、この店を始めて密偵の様な事までしてくれているのは・・・私としては大切な乳兄弟が危険なことに足を突っ込まなければ良いと願うばかりではあったが、このおかげで助かっていることもあるので戒める事も出来ない。
そして、その日が私の・・いや、私たちの転機となった。
「おっはようございま~っす!あ、おはようございます。隣失礼いたします」
「おはようございます、どうぞ」
元気よく入ってきた殿下の話通りの黒髪に黒い瞳の少年のような子は、カイゼルに挨拶をした後に私にも挨拶をしてから一つ椅子を飛ばして横に座った。
「おはようございます、マコト。あぁ、あなたのおかげで末の娘がよくなりました!本当に、何と言っていいのか」
「マジっすか!よかったぁ~」
カイゼルの末娘は生まれつき魔力が少なく成人の儀に耐えきれずに命を落とすと言われていた。
「なんの・・話だい?」
「マコトがルクスレインを取ってきてくれたんです」
が、しかしそれを治すためには洸玉草別名で幻草と呼ばれる薬草が必要不可欠。
その薬草は、10年に一度だけ広大なオリエントの森に1輪ずつしか育たない。上に、どこに生えるかは分からない。
ここ数百年は誰もとっていなかったから数本はあっただろうが・・・
神の森とも言われているオリエントの森で、年月をかけて周りの精霊の加護を受けつつその膨大な魔力をため込み育つ希少なその薬草の花の蜜が不治の病と言われている1つの有効薬。
この病にかかった殆どの者は成人までの60年を精一杯生きるだけと諦めを内に秘めていた。
それを―――
「あの森から幻草を・・・?」
「えぇ!こ・・ルフ!もう絶望と諦めていましたのに・・マコトのお蔭でリーシャが3年後に控えた成人の儀を無事に迎える事が出来るのです」
「そうかリーシャが!良かった」
私の呟きにカイゼルが溢れんばかりの笑みで答えた。あの森に好んで入ろうというものなど居なく、カイゼル自身の魔力も並みであった為に“自分の為に危険なことをされるくらいならば自害する”とリーシャに涙ながらに止められ、刻々と迫るリーシャの命の期限に涙する毎日だった。
「今は妻が・・息子も帰ってきましてね、礼拝堂へ感謝を」
「そうか」
「もうマコトには頭が上がりませんよ」
「カイさん、そんな大げさな~」
私も自分の姪のように思っていたリーシャには長く生きてほしかったために色々やってきたのだが、ことごとく眉唾物で落胆していたのだった。
本当にマコトのお蔭で!と嬉し泣きをしてしまったカイゼルを宥めながらも、横でよかったよかったと喜んでいるマコトを暫し観察する。
今日私がここに来たのはマコトと呼ばれるこの子のことを調べる為だった。何とかその糸口になるようなものを、と思っていた矢先にマコトの方から切っ掛けを貰えるなどと誰が思ったことだろう。
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「あ、ねぇねぇルフさん」
「はい、何でしょう?」
“カイのいとこです”といつも通りに自己紹介をし、お礼におごらせてほしいと言って共に朝食をとっていたところで話しかけられ隣を振り返る。
この子がカウンターに座った時から私たちの周りには声をはっきりと認識させない為の防壁を張ってある。
「成人式・・あ、成人の儀だっけ?そんなに危ないの?めんどくさいとは思うけど・・」
「・・・?」
面倒くさいとはどういう事だろうか。一生が関わる大変な儀式とはおもうのだが、名誉とは思えどそれ以外に何があるというのだろうか。
「感情は人それぞれだとは思いますが・・どうして?」
「ぅ~ん・・強制参加って大変じゃないかなって?何言ってんだろ、自分」
ハハハと苦笑するマコトに私は違和感を覚える。
成人の儀は成人を迎えるすべての者が強制的に行われる儀式であるのは周知の事実であり、それをどう思うかは人によって違うが・・・今後を思い恐怖や不安はあれど、面倒くさいという感情だけはどうしても理解できない。
成人の儀は自分たちの住む領の教会に赴き自分自身の魔力を魔石に封じ神へ捧げるだけ―――と言えば簡単に聞こえるのだろうが・・・。
この世界に住む者は産まれた時に一つの魔石が国から送られる。そして自分の魔力を少しずつその魔石に送り封じ込めるのだ。
そして、60歳の成人の儀の時にその魔石を教会から聖域へつながる魔道扉を使い神殿へ納めに行く。
移動用の魔道扉とは違い儀用の魔道扉を開けられるのも、扉に入り不可思議な神域と呼ばれる神殿への道を通れるのも一生に一度だけであり、その儀式に一度魔力を空に近い状態までさせられることによって身体能力が底上げされて大人への仲間入りを認められる。
この神殿への魔道扉や神域の存在など、何万年と前から続くこの儀式を調べているものはいるが、いまだに詳しい事は伝えられていない。
底上げされた魔力に身体能力・魔力を多く持つものとほぼ無いに等しい者のどちらも同じように儀式があり、そのどちらも魔力が空になって戻ってくるのだが・・・その後寝込む日数の違いがある。
魔力が少ない者は平民に多く存在し、魔力が早く回復し動けるようになる半面加護が与えられない事の方が多い。
逆に貴族方面に魔力の強い者が多く、魔力の回復に時間がかかるが神や精霊・聖獣といった者達に好かれやすく大きな加護が与えられることが多い。
もちろん例外もあったりと色々あるのだが、私たちも儀式はこういうものとしか認識していないので説明をしようにも誰しもが納得いくような説明ができないと言っても過言ではない。
「うん?マコトも成人の儀を受けただろう?」
「え・・まぁ、とっくの昔に終わりましたね」
魔力はすべての者が持っているのだが、そんな中でも数百人に1人の割合で生まれる魔力が体内に定着せず常に流れ出てしまう“60年の枷”と呼ばれている呪いを持って生まれてしまうと病的で一生をベッドで過ごし、最終的には成人の儀で魔力ではなく命を持って行かれてしまうという者がいる。
その者やその家族は儀式を疎ましく思うだろうが・・・。
「とっくの昔?終わったばかりと思っていたけど、一体マコトはいくつなんだい?」
一度奥に行っていたカイゼルが果物を持って戻ってきたところ、私たちは顔を見合わせてから何かぶつぶつ言っているマコトに視線を向ける。
マコトは何故か困惑したような顔をしている・・・何度か口を開いては閉じを繰り返し、意を決したように声を出した。
「私・・29歳です。9年前に成人式は終わってま・・・す、けど」
「「―――29歳?!」」
「?!」
どこか腑に落ちないといった表情で話すマコトの告白に、皿を片付けようとしたカイゼルは皿を取りおとし、私は椅子をひっくり返しながら立ち上がって叫んだ。
私たち二人の驚き様に、マコトも驚き目を見開いている。
29歳(貴族でいえば)まだ屋敷の中でぬくぬくと育てられている幼児の部類だ。身長も90カルラほどであるはずだ。
「あ~~・・こ、この世界・・・・あ・・いや、二人は何歳なんです・・いえ、私可笑しいこと言いました、よねぇ」
しまったとでも言うような表情をして頭を抱えたマコトに、我々は開いた口がふさがらないとでもいうのだろうか・・・私の息子がとんでもない加護を授かった時の衝撃以上の驚きだったとだけ言っておこうと思う。
我々の問いに暫くのらりくらりと交わしていた彼女だったが、一つ大きく息を吐くとポツリポツリと話し始めてくれた。
この世界に来てからの出来事と元の世界のこと、彼女はチキュウから来た異世界人だった。
地球と言えば確か隣国に8千年ほど前に見えた方が一人居られたような・・。
この世界には稀に別の世界からの客が来ることがある。数百年から数千年に1人くらいの割合だろうか。両神の客人と呼ばれる異世界からの客人はこの世界の創造主である太陽の化身である男神と女神が望んで連れてきたとも、両神の子供たちが連れてきたとも諸説言われがある。
あの後何とか落ち着き、そのまま情報を交換した―――が、何というか彼女の逞しさに眩暈がしたほどだ。普通は獣を恐れて木の上で寝る事を考えるよりも先に、火を熾したり森から抜け出そうとするものだよ?
今までこの世界に来た異世界人は一人も元の世界に帰った謂れはない。そういうと悲しそうな顔をしたが、予想はしてましたと意外とすんなりと受け入れていた。
彼女の元の魔力はほぼないに等しかったのだが、彼女の身に着けていた多数の上質な魔石が彼女を守っていたようだった。
そして、その魔石を使った分だけ彼女の中に取り込まれているようで・・・何個かの魔石がただの石になっていた。
そして、何より意外だったのが彼女は生娘であったのだ。聞いた私が言うものではないと思うけど、そんな楽しそうに嫁きおくれだの他人に興味がないとかいうものじゃないと思うよ。
――――――本当に・・。
しかし客人である女性のほとんどの者は、恋人がいる者や既婚者だった者や未亡人等が多い中で彼女の存在はとても珍しかった。
何より、色々と興味深い彼女と話をすればするほど私は彼女を自分の娘に欲しくてたまらなかった。
「確かに、気のせいかと思ってましたけど・・・そうなんだ」
自分の掌と手の甲をじっくりと見ながらポツリと呟いた。彼女はやはり寝起きの時や入浴中などの魔石を手放している時に変化が見られたそうだ。
「えぇ、変化は見られています。すぐにでも教会へ向かいましょう」
「・・・・・・そうですね、死にたくないですし」
カイゼルの呆れた様な表情を見て見ぬふりをし、私は彼女に分かりやすいように説明をしつつ・・・彼女の希望に沿うようなことはあえて知らぬふりをして私に有利な方向へ持って行った。
「こうして話をしてみてますます娘に欲しくなりました。どうです?血縁の儀の保護者に私を選んでいただけませんか?」
異世界人は同じ人という人種なのだが、どうしてもこの世界と時の流れが違うためにこの世界の夫婦の子となるための儀式が必要なのだ。
勿論相性もあるだろうが、それは客人である相手方が受け入れてくれるかどうかだ。名乗りを上げた時点でこちらとしては受け入れる覚悟はあるのだから・・。
ただしこの儀式は養子という形をとるのではなく保護者となる夫婦の血を媒介に、神の恩恵を受けるために新しく体を作り直してこの世界に登録する ―――少々説明しづらいのだが、命に危険は一切ない――― ことになるので、元の異世界の自分を捨てることになってしまう。
まぁ、見た目が変わり魔力を定着させやすくするくらいで記憶等はそのまま残ることになる。
異世界人である客人の保護者候補は毎回世界を揺るがすほどの騒ぎに発展することが多い。
それはそうだ、保護者になった者は客人が持ち込んだ物や知識といった恩恵に与れるのだから。
その恩恵を正しく使えばいいのだが、私利私欲の為に使おうとする愚か者もいるのも事実で過去何度か国同士の戦争に発展したこともあった。
偶然とはいえ、良からぬ輩に先に見つからずカイゼルが保護する形になっていてよかったと思う。
この子なら危険な人物に保護されても確実に逃げ出してそうだけれど・・
「いやでしたら無理にとは言いませんよ。教会へ行けば信用に値する夫婦を紹介してくれます。その中から選んでも―――」
「いえいえ、違います!ルフさんさえよければどうぞよろしくお願いします!」
彼女がどんなに否定しても、心から望んでいた娘という存在を逃がす気はないのでそれはそれは不本意ながらも口にした言葉だったけれども、勢いよく否定してくれたことに心の底から安堵の息を吐く。
何事かを難しそうな顔で考えているマコトに心配をしたけど、マコトは意を決したように言った言葉は「私は扱いづらくって我が儘ですよ・・それでもいいなら」だけだった。
えぇえぇ、どんどん我が儘を言って下さいと満面の笑みで答え、そのまますぐに妻と教会の司教である友人に手紙を送る。
何かなカイゼル?言いたいことがあるなら言ってもいいけど、その顔からは面白そうと思っているようにしか感じないよ?
それからは直ぐに行動した。屋敷から一番質素な馬車を呼び、真っ直ぐに教会を目指した。
少し不安そうなそれでいて楽しそうなマコトを見て、教会までの道での彼女との会話に私は相当浮かれていたのも事実。
「お兄ちゃんが二人できるのかぁ~・・楽しみだけど受け入れてもらえるかな」
「大丈夫ですよ、彼らも心から喜んでくれることでしょう」
「本当ですか?!ちょっと期待しちゃいます」
「ずっとお兄ちゃんが欲しかったんです」「迷惑じゃないです?皆さんに聞かずに決めちゃっていいんですか?」と心配そうな顔もかわいいですね。
えぇ、それはもう一族総出で喜びますよ。異世界人だからではなく、漸く娘という存在が我が家に来るのですから!
息子たちもかわいい子供なのですけど、花がないんですよ!この世界では兄弟が居るという事自体が多くない。多くても2人子供がいればいい方で、3人目はあまり期待できないと言ってもいい。
養子をもらう事は出来るのだが、やはり貴族間では限界がある。客人である異世界人にだけ適応される儀は、それこそ私達が望んでいたもの。
私は兄弟がいなくて出来うる限り子供を持ちたいと思っていた。妻には兄が2人いるのだが、上の兄とは年が離れすぎていて兄妹というよりは親子みたいで、そしてもう一人の兄は直ぐに養子に出されたので一緒に過ごしたことがないと言っていた。
その為に、妻共々ずっと欲しかった娘という存在。
息子たちにもどれだけ妹が欲しいとせがまれたことだろうか・・。
政治の道具になどという輩は潰しますとも!侯爵家という立場にはあるが、嫁には出しませんよ。
えぇ、もうずっとお父様やお母様と一緒に過ごしましょうね!そういう意味も込めて笑みを向けると、はにかんだ様な笑みを返してくれる・・・いいですね娘って!
この、シドラニアでのパパとなるロドルフ視点でした。
カルラ=センチ(cm)です。
見切り発車の為、そろそろ・・・きつくなってきました。
でも頑張ります!




