3話(ヴィンス視点)
この話は主人公視点ではなく、別人物視点です。
「ん、良し。噂にたがわずウェルナール候は素晴らしい人材だ・・・もう少し周りの者どもも見習えばいいものを」
俺の小さな呟きに、控えていたものすべてが確かにというように頷いた。ただし、少々性格に難ありという言葉は誰しもが飲み込んだが。
代々皇家の翼といわれるウェルナール侯爵家は時には宰相、時には騎士と常に皇帝と共にあるほどの信頼に当たる家だ。現に近代の皇帝には現ウェルナール候の子息二人ともが宰相と紅騎士として仕えている。
「ベルゲン男爵はもう必要なかろう、落ち着くまではライラット子爵にあの男爵領を任せろ。それと陛下に進言を、“新ベルゲン男爵にはオルウェ・トイノルトを薦める”と」
「畏まりました、殿下」
側に控える者に指示をだし自分の言葉を書き留めるのを見て、読み終わった書類にサインをしてもう一人の従者に渡す。この世界は基本的に実力がものを言う、使えないものはいらないのだ。
“貴族は民の為にあれ”それを忘れ、私利私欲に走った貴族は皇家の影たちによって徹底的に潰される。
そう広くもない部屋の中には文官と思しき従者が2人と黒と白の鎧をまとった騎士が控えており、その4人に指示を出しているのは大きな執務机が不釣り合いなまだ見た目はサラサラの髪と大きなぱっちりとした瞳の6歳ほどのかわいらしい少年だ。
ただ、その威厳に満ちた言動やオーラからすると只者ではないと直ぐ気が付くだろう。
彼はシドラニア皇国皇弟であり第二皇子のヴィンス・クロスウェン・シドラニア。
本来ならば王族と言えど公務が始まるのは成人の義が終わってからなのだが、王族皇族の中でも取り分け強い魔力を保持しつつ頭の回転も速い第二皇子は兄皇帝から随分と信頼されているのだ。
それは、皇帝である兄の乳兄弟や幼馴染たちが口をそろえて親馬鹿ならぬ兄馬鹿だというほどに・・・。
「マルク、明日ウェルナール候領のバルセを視察したら終わるのだろう。ん?意外と小さい街だな?」
「はい、殿下。他の街に比べたら小規模ではありますが、あそこは隣国と北領との中継の街でもありますので活気のよい街です」
「明日の視察が終わりましたらもう一泊ウェルナール候の館にお世話になり、半日ほど行ったシュタインヴェルタにあります教会の魔道扉を使い皇都へ戻ります」
「シュタインヴェルタ・・そうか、わかった」
今回兄である皇帝が行うはずだったこの視察。予定よりも早くに兄に御子が生まれたために成人前の俺が来る羽目になった。
男児が生まれる事を望んでいたのだが、生憎と生まれたのは女児・・・いや、女児が悪いというわけではなくとても喜ばしく嬉しいのだが、争いの種は無い方がいい。出来るだけ早くに自分の継承権を放棄したかった。
成人していない俺ではなく成人している他にも優秀な人材揃いなのにもかかわらず、直系の皇族というだけで成人前の俺が今回の公務をするのは気が引ける。
が、それほどまでに俺を高く評価してくださる兄の為になるならと引きうけた。決して兄の顔に泥を塗るようなマネはすまい。
しかし、宰相補佐官のマルクを始め、白騎士・黒騎士・外交官長と今回の俺の視察には初めてという事も含まれているだろうが、ただならぬ人選をした兄王に信頼されているのかどうなのかがよくわからないところではある。
俺には兄王の他に兄共々腹違いの姉が3人いるが、俺一人だけ年が離れている分兄も姉達も殊の外可愛がってくれた事はとても感謝している。
しかしだ・・・兄たちは異常なほどに俺に構うのではないかと思った疑問を兄の乳兄弟でもあり色騎士 ――――近衛騎士とは違い、白・黒・紅・蒼の4つの色を持つ騎士は王家の影とも呼ばれる実力者揃いの愛国者―――― の一人のサイラスに問うと、まるでやっと気が付いた?みたいに呆れられたのは言うまでもない。
この視察のこの人選はただの過保護の表れなのだろうか・・・だからどいつもこいつも生暖かい眼で俺を見るのか、腹立たしい。
この世界は長寿だ。
稀に異世界からの客人が来ることもあるが、その者達に言わせると神の国と言われているほどだ。
成人は60歳。その儀式後に神の恩恵によって急激に成長し、大人の仲間入りすることになる。そして平均寿命が大体7千歳にもなり、魔力が大きければ大きいほどより長寿で一万歳ほど生きる事となる。
病気や外傷でも死ぬことがあるが、普通に年を重ねていれば死を迎える数十年から百年ほどで徐々に老化を迎えて死に至る。長命な分よっぽど相性が良くなければ子供ができにくいという難点があるのは否めないところだ。
そして俺はまだ37歳になったばかりの子供だ。尊敬する兄とは2千歳近くも年が離れている。
「・・・ん?そういえばこのバルセの西に位置しているのはオリエントの森だな」
「えぇ、如何致しました?あぁ、そういえば先日交陽 ――2つの太陽が交わる珍しい日―― がございましたね。実に前回から5千年と、随分久方ぶりと記憶しております」
「“客人”の来る前触れとも言われているが、今回は客人が現れたという報告はまだされていない」
「今回は殿下の仰いました通りオリエントの上空だったはず・・・バルセで保護されているやもしれませんが、あの森の獣は少々厄介かと」
「無事であればいいですねぇ」
俺が明日の視察の為に地図を見ながら言った言葉に宰相補佐のマルス、黒騎士サイラス、外交官クラウド、白騎士リアンが続いた。
誰の頭にも「最悪、獣に食われている可能性が・・」という考えがよぎる。この世界に点在する森の楽園・海の楽園・空の楽園といわれる神の理想郷と呼ばれる聖域は、魔力を持つ動物植物が多く存在し、実力を持つ者達の修業の場として扱われることが多いのだ。
そんなところに何も、戦い方などを知らないものが来たらどうなるか・・考えたくもない。
「候は特に保護されたなどの話をしていませんでしたね」
「あの候のことだから秘密裏に探してはいると思われるが」
「そうだな、ウェルナール候を呼んでくれるか?少し話がしたい」
リアンとサイラスの言葉に頷き口を開くと、深々と騎士の礼を取ったリアンが颯爽と出て行った。
++++++++
「・・殿下。迷惑被るのは心の底から遠慮する」
「ワザとらしいため息をつくな!さも何かあるみたいな言い方をするな」
「はいはい、子供らしく我が儘言えばいいでしょう?こっそり出かけて何かあったらどうするんですか。我々があの ――過保護な―― 皇帝夫妻に嫌味言われたらどうしてくれるんです?」
「明らかに本心を口にするな」
次の日の視察も終えた夕暮れ時、旅服の中から一番粗末な服を選び、その上に少し長めの質の悪そうな外套を羽織った俺はオリエントの森に入る少し手前で捕まった。
いや、宿を抜け出した俺の行動を見越したかのように森の近くに立っていた ――過保護すぎる―― 兄王が俺に着けた護衛、兄の乳兄弟の黒騎士とはとこに当たる白騎士の二人。
実際まだ子供だが、あからさまな扱いは腹が立つ・・というのをわかっていてやるから性質が悪い。
だがしかし、色騎士は兄自らが選らんだ気心の触れた実力者。どれほど軽い口調で話そうと、砕けた態度で接しようと彼らは己の立場をわかっているので俺は信頼こそすれ罰しようとは思わない。
「・・・・・交易の拠点であるバルセにどのような人物が来ようと特に不思議ではない。だが、候の話の中に気になる事柄があった。ただ、腑に落ちない―――」
「そうですねぇ、俺もそれには同意しますよ」
異世界人がこの世界に来て7日以上も見つからないのは不思議でならない。通常なら長くても3日ほどで騒ぎになるからだ。
「候も言っておられた通り魔力が高いか、あるいは人ではないか・・・見つかっていないだけか」
「人間以外が来ることはそうそうないじゃないか、来ても“人”と一緒のはずさ」
サイラスとリアン二人が左右に従い俺と同じくオリエントの森を見上げる。
あの後ウェルナール候を呼び、彼に聞いた話に俺たちは ――――候もそうだったが―――― 気になることであっても事実とは結び付けられないという事で保留にされていた。
「この森の動物たちは異様に魔力が高く気性も荒い。その中でもブルドウは騎士が10人いて仕留められるかどうか・・・俺ら色持ちでも生け捕りは5分くらいなものだろう。特にこのオリエントの森は」
「それをすでに若い種とはいえ2匹もすべて生け捕りで取っているとなれば、是非ともスカウトしたいね」
そう、候の話によれば交陽が起こった日から数日後に現れた謎の騎士見習いのような少年が立て続けに生け捕りにしたブルドウを卸しているという。しかもその少年は黒髪黒目という髪色と同色の眼を持つ珍しい見目に、高い魔力を持っているという。
もしそんな有望株な騎士見習いがいたらどの王家もほって置くはずがない。
森のすぐそばでそんな話をしていたら、森の魔力が少しざわつきサイラスが瞬時にその顔を引き締め腰に下げていた剣を引き抜いた。俺を背にかばってはいるが、視線は森に向けられている。
リアンも笑みこそ浮かべているがいつの間に抜いたのか剣を手にしている。
「・・・そこに」
「わかっている」
そういって二人から少し距離を取り、サイラスが森に向かって剣を構えた時だった。
ざわついていた森に不自然な静寂が訪れ森の中から地響きとともに影が飛び出してきたのは・・・。
顔半分を隠すような少し長めの前髪に、肩にかかるギリギリの長さの黒髪の・・・黒のラフなシャツに丈の長い上着を着、薄い模様の入った白のパンツに膝下までのブーツという服装のその人物は森から飛び出すと同時に叫んだ。
「マジで鬱陶しいわ!このイノシシ風情が!!」
ブモーーッと鼻息荒く森の主のような巨大ブルドウに追われて飛び出してきた人影は木々をなぎ倒して突進してくるブルドウと十分な距離を保って向き直ると、その腕に嵌めてあった黄色い魔石の腕輪の一つを外してそのブルドウに向けた。
「食糧如きが人間様に立てついてんじゃねーよ!田舎育ちなめんなよ!!」
そして放たれる落雷に俺たち三人は目を見開いて驚いた。
魔術を扱うものは多いが、あれほどの威力の魔術を使えるものは総勢約200名からなる精鋭色騎士クラスにいたとしても片手で数えられるほどだ。色騎士にはそれぞれ多くても50名ほどからなる部隊が控えている。
優に5ロルは超えているだろうブルドウはその一撃でその場に倒れている。
確かに目の前の人物からは只ならぬ魔力を持っているように感じるが、魔力の高い者ならばわかる。彼の魔力のほとんどが身に着けている魔石だろうが、あれだけの魔力を放つ魔石はこの世界には珍しい。
「ふふん、結構な大物じゃん。兄さんたちがお祭り騒ぎだなこりゃ・・・って、人?!やっば見られた!」
男・・か?俺からさして遠くないところで倒れているブルドウに、そのブルドウを足蹴にしている奴は見目こそ男のようだが、良く見れば中性的な顔立ちに声は少し高めのようだ。
お互い声も出ずに暫し顔を見合わせていると、戸惑ったような顔をして奴が口を開く。
「こんな遅くに森の近くを出歩いてんじゃないよ。お嬢ちゃん」
「・・・・(イラッ)」
確かに俺は子供な上に、少し・・・自分的にはこの上なく不愉快だが、中性的な顔立ちをしているようで ――本当に不本意だが―― よく女に見間違われる・・・が、俺のどこをどう見たら女に間違うか分からない。
怒りを覚えた俺が奴を睨みつけるが、気に留めていない上に俺のことはもはや視界にすら入れてなさそうだ。
少し考えたそぶりを見せて後ろの二人に目を止めると少し声を張って叫んだ。
「保護者、おいこら貴様ら!こんな時間に子供を出歩かせんなよ、この森は危険だって知ってんだろ?!」
「「「・・・・」」」
「何とか言えよ、まったく。自分は忙しいんだ、帰れよ!」
言葉もなく固まっている俺たちに深くため息をつくと、奴はそう言い捨ててブルドウに重力軽減の呪文を掛けたみたいだった。ただ、苦手なのかしっかりとはかかっていなかったみたいだが・・。
肩にかけていた縄を取り出して、少し慌ててブルドウの足を縛り上げている。腕に着けている腕輪が邪魔なのか、取り外してポケットに突っ込み俺たちを振り返った奴の姿に俺たちは一様に目を見開いた。
「さっさと帰れよ!次は巻き込まれても知らないからな!」
「「「・・・・」」」
俺たちに人差し指を向けて尊大な態度で言い放ったのは黒目黒髪の3歳ほどの少女だった。
いや、さっきまではどう見ても成人を過ぎたばかりの少年の様だったのだが・・・。
あっけにとられた俺たちはロープでブルドウを引きずって去っていくその少女をただ見送るしかなかった。
闇に包まれ始めた俺たちの周り、バルセの街の方向へ消えて行ったその少女の姿が完全に見えなくなった頃にようやく俺が口を開いた。
「い・・今のはまさか」
「突然少女の姿に・・・いや、あちらが本来の?」
「・・・異世界人、か?」
この世界より短命の世界の者は多い。この世界に馴染み始めると、その身体がこの世界の年相応に変化し始める。先ほどの者の姿を見る限りまだ俺より年下の年齢だろう。
確実にこの世界の者となるためには、血縁の儀という儀式が必要不可欠だ。それを変化期から7日以内にやらねば命に係わるほど・・・。
だが、交陽があったのは8日ほど前だったはず。通常ならこの世界の魔力に当てられ、3日もせずに変化が見られるはずなのに、いったいどういう事なのだろうか。
俺は今日出会ったあの少女のあの意志の強い目が忘れられなかった。
それと、通り過ぎざまに呟かれた「将来は美女になりそうな顔立ちだ、羨まし~・・男だったらある意味残念だよね(笑)」の台詞・・・忘れないからな。
見ていろ、そして次に出会った時には覚えて居ろ!
これが、俺とあいつの始めの出会いだった。
『ロル』は『トン(t)』です。
あと、1話か2話ほど別視点が続きます。
分かり辛くてすみません!
切実に文才ほしいです・・。




