19話(ガルディス)
「なんだと?お前、もう1回言ってみろ・・」
「え?聞こえなかった?また聞きたいの?聞きたいの?!」
キラキラと天高くに2対の太陽が輝く日の午後。
テーブルの上には色とりどりの流行のお菓子の数々が並べられており、初めて目にするのもありキラキラ輝いて見えるほどだ。
さらに、繊細な蔦や花が描かれた茶器はポルトゥーナで最近つくられたもので優雅な午後のひと時に花を添える・・・机の上だけは。
「聞きたいの?はい、ワンモア。プッリーズリピートリピート」
「異世界語を喋るな!意味分からずとも・・俺を馬鹿にしているんだろ」
「うん」
「嘘でもそこは否定しておこうとは思わんのか」
「うん」
そんな皇宮の2階に位置する日当たりのいい3面ガラス張りのサンルームに、吹き荒れるはブリザード・・・?
「ハイは~い、よ~く聞いてくださいね!ヴィンス殿下は女顔。キャルナっ子(キャルナ=もやしみたいな野菜)。色白に艶々の黒髪って某姫様か。毒りんご食って倒れてみろ(笑)ホント性別間違えて生まれて来たんじゃないの?お・う・じょ・さ・ま?」
本当に、始めの日の最初だけは大人しくしていたレフィーも、早々にその中身と正体をヴィーに知られ・・と言うか、バラしちゃってからは、始終こんな感じで互いが互いに ――僕から見れば楽しそうだが―― 喧嘩腰だったりする。
僕やエルとは気が合うみたいなのに、ヴィーとは喧嘩腰とは何と言っていいやら。
周りへの被害が出ていない分、今は放っておいているが、もう少ししたら色々と考えないといけないかもしれないなぁ・・。
「・・・いい度胸だ、庭へ降りろ」
「や~だよぉ~だ!だぁれが美少女な男の娘のいう事聞くか!ばーかばーか!」
「てめぇ!待てっつってんだろうが・・それよりまずはソレを隠せ!レフィールゥゥーーーーっ!!!」
「断る」
「本当にお前は女か!」
「え?見てわかんない?そんな「良いから口を閉じろ!足を隠せ!!」
ギャーギャーと言いながら実際の立場をまるで忘れているように2人は――最早慣れた光景に侍女たちですら生暖かい視線を向ける―― 、部屋の中を結構本気で走り回っている。
「女として慎みを持ったらどうだ!宰相や紅騎士は何とも言わないのか?!」
「兄様は私のすること許してくれたも~ん・・・家の中だけは」
「ここは城だ!知られたらどうする!」
「ばれたら血の雨が降るよね。―――――・・ヴィーの」
「~~~・・・俺のかよ!」
しかも、レフィーの服装は通常の令嬢の服からはかけ離れて・・・いや、ここでの一般的なドレスはドレスなんだけど、すらっとした足が膝下から出ている。
まぁ、僕はそれについては見慣れたけれど、レフィー以外がそれをやったら多分驚愕するだろう。
――――他の人と同じで。
「まぁまぁまぁ!!!坊ちゃまが、ヴィー坊ちゃまがあんなに楽しそうに・・ご令嬢とあんなに楽しそうに会話をなされて」
「・・・楽しそう、かなぁ?」
ヴィーは幼いころから色々あって特に子供らしからぬ振る舞いが多かったため、普通の子供の様に部屋の中を走り回っている姿にヴィーの侍女長であるマグダは感極まってその瞳を潤ませている。
あの荒れた言葉使いはマグダの耳にはどう聞こえているのだろうか、とても聞きたい。
「マグダ、取りあえずバルフェ・・使って」
どこからどう見ても楽しそうと言うよりは激昂して、と言う方が正しいのだが・・・マグダの眼には一体どう映っているのだろうか?
胸ポケットからバルフェ・・レフィーの言葉ならチーフだったかな?それをそっと差し出すと、マグダは両手でそれを受け取って握りしめた。
―――うん、涙拭こうか。
「あぁ!ありがとうございますっ・・ディー坊ちゃま!暫くお見かけしない間に、なんてすばらしい紳士に育ったのでしょう。良くやりましたヒルダ!きっと奥様も旦那様も喜ばれているでしょうね!!」
「・・ありがとう。マグダ」
マグダは元々僕の母の第一侍女で、母が城を辞した後も母の命で残ってヴィーを育てた人だ。その為僕の事も生まれた時からよく知っているし、ヴィーを ――家族以外で―― 唯一戒めたり出来る、心を許されている女性だ。
因みにマグダの ――とても珍しい―― 年子の妹のヒルダは我が家の侍女長だ。ついでに言えば、“ディー”は僕の事。僕の母がそう呼んでいたから身内は僕の事をそう呼ぶ。
でも、僕的には気恥ずかしいからガルスって呼んでもらった方がいいかな。
「ヴィー坊ちゃまが天使だとすれば、ディー坊ちゃまは聖人君子の様な素敵な紳士に・・・あぁ、あんな事故さえなければ・・・何と悔しくお思いでしょう、奥様ぁぁぁっ!!」
「マグダ・・・喜ぶか悲しむかどっちかにしようよ」
相変わらずマグダは自己完結と言うか、話が飛び過ぎでちょっと疲れる。あぁ、脱線したね。
侯爵夫人でもあった僕の母が何故乳母に、だっけ?知っているでしょ、この世界では子供の出来る確率、引いては出産率が低いって。
だから、ヴィーを産んですぐに儚くなられたヴィーの生母の代わりに同じ時期に僕を産んだ母が乳母として僕共々皇宮へ召し上げられたんだよね。
え?まさか、側室としてじゃないよ!本当にただの乳母としてだって。
父は財務官として宰相様共々陛下 ――現陛下じゃないよ―― の学友であり幼馴染だったからね。あれだけ万年新婚夫婦とかって今でも領民に語り継がれている父母を離すわけないって。
「あぁ、さっきのレフィーの言った“おとこのこ”って普通にとらえちゃいけないよ」
「そうなのですか?」
色々説明しながら少し微笑ましく見守りすぎたけど、僕以外にレフィー達をほほえましく見守っていた人が1人。レフィーが言った言葉に引っかかっていたらしく、考えるように首を傾げていた彼女に僕はこそっと教えてあげた。
「レフィーの居た国には女の子みたいな男の子の事をそう呼ぶらしいんだ。えっと・・確かこんな字だったかな?」
そういってさっきまでレフィーが描いていたデザイン画用の羊皮紙を1枚拝借し、これもまた勝手に借りた羽ペンで先日エルと一緒に教えてもらったレフィーの国のカンジと呼ばれる字を書いて見せた。
「この字が “娘”って意味の字らしくってね、他の読み方で“こ”とも読むんだって。だからレフィーがさっき言った“おとこのこ”は意味が違うと思うよ?アニス嬢」
背後の騒動を一切無視してにっこりと微笑んでみせると、目をキラキラさせたアニス嬢が羊皮紙を食い入るように見ていた。
こんな様子を見ると僕らよりも年上だなんて到底思えないなぁ・・・確かアニス嬢は僕らより100歳ほど年上って聞いたけど、一体どれだけ力を抑えられていたのだろう。時々感じる彼女の魔力はレフィー程ではないにしろ、一般の令嬢よりは上に属するはずだ。
見目は深い緑の森を思わせる美しい髪に色白の肌はまるで人形の様で、可愛らしいと言うよりは綺麗と言った言葉が似合うようになるだろう。
年齢的には現在は僕らより年上とは見えず、一番幼いレフィー(8歳前後くらいの見た目)よりもさらに下に見える容姿には最初はどう接していいのか本当に悩んだものだ。
「そんな意味があるのですね・・一つの文字にふくすうの意味があるなんて、フシギですね」
アニス嬢が僕らと共に過ごすようになって今日でもうふた月が経った。最初の数日ほどは閉じ籠ってしまっていて、出てきても無理矢理笑みを作っていたように儚げに微笑んでいたアニス嬢だった。
けど、一度大事なかったとはいえ宮から連れ去らわれ危ない目に合ってしまった後から、少しアニス嬢を包んでいた殻が薄くなったのかわれたのか、この宮に仕えてくれている侍女たちを含み僕とヴィーともとても楽しそうに笑うようになった。
あの事件の事をさすがに僕らの失態でもあるし、一歩間違えば命の危険だってあった為に迂闊なことは言えないが、あの事件があったからこそアニス嬢がここまで打ち解けてくれたのかも知れないと思うと複雑だ。
それに、彼女も少し正確に天然入っているだろうけども・・・アニス嬢も普通の令嬢ではないと僕は思っている。
だって、あのヴィーの機嫌の悪い時って普通のご令嬢は気絶するか逃げ出すんだもの。レフィーがわざと怒らせていて見慣れているのもあるかもしれないけど、割と最初からアニス嬢はそんなヴィーに臆することなかったのには今でも驚くばかり。
「さ、アニス嬢。遠慮なく食べてください。このシャパンは新作なんだよ、カルダルの実」
「まぁ、あざやかな青色がキレイです。水の魔石か宝石のようですね」
「食べやすい小粒なのに味がしっかりしていて、僕の領の特産の1つなんだ」
「ん・・酸味のある果汁が美味しいです。そういえば、ガルス様の領の特産のレアチーズケーキもとてもおいしかったですわ」
「気に入って頂けて何よりですよ。といっても、あれはレフィーが教えてくれた異世界のお菓子なのだけどね」
僕らと過ごすと言っても、アニス嬢と基本的一緒にいるのはレフィーで、僕らは始終一緒と言うわけではない。僕らの魔力が強すぎて初見の時アニス嬢が倒れてしまったので、少しずつ慣らしているのもある。
朝は朝食の時と夜は夕食を共にするくらいで、大半は僕とヴィーは皇太子宮内に入るが帝王学や武術と言った女性にはあまり関係のない勉強をする義務があるため離れている。昼の時間はお昼ご飯から午後の休息の数時間を一緒にいるくらいでしかない。
勿論2人からそこまで離れない様に距離だけは気を付けて勉学用の部屋は調整されているし、鍛練は2人がいる部屋の目の前の庭で行うと言う感じにね。
けど、最近はアニス嬢が多少安定した来たこともあって、休息がてら朝から夜まで同じ部屋にいるってこともある。今日みたいにさ。
「皇女殿下がぶつ~っ!!」
「手上げてねぇよ、嘘つくな!てか、いい加減その口を閉じろ。誰が女だ!!」
「あはははは!おこったぁ~!」
「レフィール!いい加減にしろ!!」
軽口を叩きつつもソファーを挟んでじりじりと距離を取っている2人はまるで戦闘訓練をしているかのように、2人の周りの空気だけが張りつめているが・・・。
あえて誰も手を出さないのは、2人のそんなやり取りを本当に微笑ましく思っているからなのだろう。
それに、ここは皇太子宮の一角の奥の宮。後宮と呼ばれるここは、本来ならば皇太子以外の ――幼児辺りに分類されるときはともかく―― 男は一切入る事は許されない場所・・なのに、皇太子子以外の僕までもここにいるのは本当に居心地が悪いことこの上ないが、これも仕事と割り切っている。
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しみじみと ――遠い眼をしながら―― 僕は自分の指にはまっている指輪に目を落とした。
詳しい事を省くが、皇族の血を引き、そしてこの魔石を嵌めている男は特殊結界の皇太子子宮の奥の宮に入れるのだ。皇太子の証は耳飾りと指輪がある。その指輪を僕が特例としてヴィーから借りて付けている。
「ガルス様、そろそろレフィーを止めた方がよろしいのではないでしょうか?」
「え、あぁ・・・そうだね、これ以上はヴィーが可哀想だよね」
「あ、いえ。ヴィー様がカベにかかっていたカトラスを持ち出したので・・・」
「ははは、大丈夫大丈夫。ヴィーのあれ、レフィーに対してはただの脅しだから」
―――――・・本当にレフィーに対してだけはね。
普段のヴィーならば女だろうと男だろうと、あれだけの暴言 ――を言うような人はそう居ないが―― 力づくとまでは行かなくても相手の心をへし折る方向で潰すのに、レフィーにはどこか強く出れないらしく、怒鳴っているし追いかけて捕まえようとはするがそれ以上は何もないらしい。
まぁ、気持ちは分かるよヴィー。レフィーの背後にも強敵いるからね。
―――――・・それだけじゃないだろうけども。
ふぅっと一つため息をついて、控えている侍女の中からリーシャを呼んでいつものを頼む。
「あれ準備して。そろそろ二人とも攻撃態勢に入るだろうから・・あ、アニス嬢はどうする?」
「わたくしはニガテですので大丈夫です」
「それじゃあ、リーシャ。僕とレフィーの分だけよろしく」
「はい、若様」
今この場にはレフィーのお兄さんはおろか陛下ですら足を踏み入れる事は許されない。今の僕は前人未到の例外中の例外だ。
そして、身を裂くような顔をしたマティアス殿に全面的にレフィーを見るように言われている。ま、言われなくても見るけどさ・・。
「レフィーおいで!コーヒーだよ~?」
「飲む!」
「ぅおい!ちょっと待てっ・・・ガルス」
「はいはい、ヴィーもそろそろ座ろうね」
僕がそういうや否や、レフィーはヴィーの脇をすり抜けて座っていた僕の腰に抱きついてきた。なんかすっかりレフィーに懐かれているが、小動物の様な妹な様な感じのするレフィーに僕も満更ではなく可愛がっていると思う。
ヴィーたちを覗いて兄様以外の人間には、特に女性になんて興味がなかった僕なのに珍しいと自分自身でしみじみと思う。
「はぁ・・・申し訳ない、アニス嬢。場を騒がせた」
ヴィーは僕の事をじと目で見ていたが、最近は諦めるという事を覚えたらしくすんなり椅子に座ってアニス嬢に騒がしたことを謝っている。少し、丸くなったね。
「いいえ、そんな。楽しいですし、ほほえましいですわ。国ではずっと・・・寵妃たちにおびえて奥の部屋にいたのですもの、太陽のまぶしいこんなステキな部屋にいる事が信じられません。お兄様たちに、この思いをすぐにでも知らせたいほどですもの」
「心安らかで何よりだ」
「えぇ、本当にみなさまにはいくらかんしゃしてもたりませんわ」
頭を下げたヴィーに、アニス嬢も慌てて両手を左右に振りながらとても眩しい笑顔でヴィーを始め僕らに向ける。確かに過去は変えられないしそんな突然無くなる物でもない。その為ふと過去を思い出して愁いを帯びた表情をされるときもあるが、ここ数日は本当に穏やかそうに過ごされている。
「そうか。もう暫くし、落ち着いたら少し遠出もしてみようか・・・クリスタリアワイスと言う名の国立の温室がある」
「はい、楽しみにしておりますわ。ヴィーストヴァンダレン大陸の固有種がこちらの大陸で見られるのもクリスタリアワイスだけど聞いていますもの。その為にはしっかり体調を整えなければいけませんね」
お茶を淹れ直そうとした侍女を手で制して、ヴィーは冷めたお茶を一口含み飲み込むとふぅと小さく息を吐いた。少しは落ち着いたみたいだ。
クリスタリアワイスはこの世界の全てを集めたと言っても過言ではない巨大な植物園で、この世界には2つ、互いの大陸にありシドラニア皇室と獣人国の皇室が管理している。
「時にアニス嬢。体調は大丈夫か?」
「先日は・・魔力が僅かだったけど急に流れて、熱を出されてでしょう?」
ぐっとカップのお茶を飲み干して、新しいお茶を頼んだヴィーは右隣に座っているアニス嬢に向き直った。
「ヴィー様、ガルス様。ご心配ありがとうございます・・まだ少しかんせつが痛みますが、生活はくになりませんわ」
「アニス様の顔、血色良くなってきたもの。それに、ここに来たばかりのころよりちょっとだけ背伸びたよね」
「えぇ、そうなの。教会で魔力のゆがみのきょうせいの痛みも、今あるこのかんせつのいたみも・・せいちょうするためと思えばくにはなりませんの」
とても嬉しそうに言うアニス嬢に、僕とレフィーはそろって笑みを浮かべ、いつも無表情気味なヴィーでさえ口角を上げて穏やかな顔をして見せた。
期間がどれくらいかかるか分からないアニス嬢とのこの宮での生活は、現在は皆順調なほど穏やかに過ごしている。
今回はいつもに比べてサクサク書くことが出来ました!
前回ちょっと暗かったと思うので、出来るだけ明るくを心がけました。
まぁ、彼ら(彼女ら)は同年代っていう感じですので、実年齢はともかく子供なんです!!まだ子供なんです!
本当はヴィンス視点で書くつもりだったのに、なぜかガルディス・・・なぜか書きやすいんですよね。




