閑話1-4
今日は2話分UPしております。
「お初にお目にかかります。私はシドラニア皇国ヴァドル皇帝が配下、紅騎士・フォルディナートにございます」
バスティーア山脈の麓、断崖絶壁に聳え立つ王の牢獄という名のラガス城で恭しく膝をつき頭を下げるフォルディナートを驚愕の眼で見るのは、ラガスに投獄されていたシェリアリーゼ王妃を始め、王太子派と呼ばれるグリアフォールにて異端なる貴族たち。
唯一にこにことほほ笑んでフォルディナートを見ているのはリオラグド王太子のみで、それ以外の者はフォルディナートが登場の折、派手に破壊した壁を凝視している。因みにここは建物で言えば最上階の部屋で、尚且つ山の上に聳え立っているのだ。破壊された壁の向こう奥には雄大な海が広がって見える。
王太子は久々に見る外の景色に目を細めている。空は赤く染まり、陽の日が弱い事が幸いし目を傷めた様子はなさそうだ。
「ヴァルから聞いていた通りだね。君にも迷惑をかけてすまない、礼を言うよ」
「勿体ないお言葉です、リオラグド様」
若干頬が扱けてやつれて見えるが、さすがはあの陛下の従弟であってそのオーラにフォルディナートは心の底からの笑みを浮かべる。
フォルディナートは今回が初めての謁見になるが、一目で彼が王太子だと分かった。オーラもそうだが、リオラグドの見た目が敬愛すべき自分の主と酷似していたからだ。ヴァドルは見事な銀糸の髪をしているが、リオラグドは金糸の髪という違いはあるにしろ、少し吊り上った瞳に全てを包み込むような笑みを浮かべるその顔はまるで双子のようだった。
「ここにいらっしゃる皆様を一度グランチェーニへお連れ致します。我が国のワイバーン部隊は優秀ですのでご安心を ―――前へ!!――― 」
「「「「「「「「「「 はっ 」」」」」」」」」」
今一度深々と頭を下げ、外に向かって手を掲げると2頭一組に籠を持ったワイバーンに乗った騎士たちが礼を取り外に整列した。
「王太子様、失礼ながらお手を・・」
「紅騎士殿、兄上は僕が・・・母上をお願いいたします」
「畏まりました、サリスティアーノ殿下」
乗り込みやすい位置まで籠が付いたことを確認し、立ち上がろうとしていた王太子に手を貸そうとしたフォルディナートをやんわりと遮り、サリスティアーノがリオラグドを支えて肩を貸していた。
それに頷き答え、フォルディナートは貴族たちに守られるように奥に座っていたシェリアリーゼの元に行き片膝をついて再度深々と騎士の礼を取った。
「失礼いたします妃殿下、ご無礼をお許しください」
「いいえ、申し訳ない事ですわ」
シェリアリーゼに断りをいれ、彼女を横抱きにしたフォルディナートはそのままワイバーンの籠に乗り移って用意してあったクッションの上に下ろした。
「粗末なもので申し訳ないですが、暫く辛抱してくださいませ」
「とんでもないですわ、ここまでよくして頂き・・・なんと、言って、よいのか。ありがとう、ございます」
やつれていても直も美しいシェリアリーゼは言葉に詰まり、はらはらと涙をこぼしていた。
落ち着かせるようにふわりとほほ笑み、フォルディナートは今一度声を掛けてから立ち上がった。
「殿下も、こちらへ」
「いや、私よりも彼らを・・・」
籠から塔へ戻り、そう促すがリオラグドはゆっくりと首を振り、後方に視線を送ってにっこりとほほ笑んだ。彼に肩を貸しているサリスティアーノも、それに同意して首を縦に動かした。
「いけません殿下!我々よりもまずは貴方が!!」
「我々の願いは殿下方が無事でここを脱出して頂くことなのです!!」
「殿下を差し置いてどうして先に行けましょう!!」
しかし、それに驚いた貴族連中は縋るようにリオラグドとサリスティアーノの元に集まって懇願し始めるが、2人の殿下は笑みを携えたまま頑なにその場を動こうとはしなかった。
「いいえ、私よりも皆さんが先です。行ってください・・・そして、足手まといかとは思いますが紅騎士殿・・どうか私を王宮へ共に連れて行ってください」
「皆、お気持ちを察して差し上げろ。でないと、兄上が安心できない」
さすがにそこまで言われては何も言えず、一人、また一人と立ち上がって籠へと移った。皆が皆、チラチラと後ろを振り返り名残惜しそうに行く様を見るとどれだけ慕われているのかがわかるというものだ。
「おにいさま」
「アニス」
そんな一行の中からアルバドス・トイノルトに抱っこされて現れたこの場に不釣り合いな深い緑の髪と焦げ茶色の瞳の少女。
今にも泣きそうなほど瞳を潤ませた少女はリオラグドとサリスティアーノの二人に手を伸ばし、不安そうな顔で見上げた。
「大丈夫、アニス。後からちゃんと追いつくから」
「兄上も僕も心配いらない。さぁ、母上の所へ行き待っていてくれ」
「・・・うん。ぶじで、いてね」
ギュッと二人に抱きついて、名残惜しそうにアニスと呼ばれた少女はアルバドスに抱えられたまま籠に乗り込んだ。全員乗り込んだのを確認し、フォルディナートはワイバーン部隊に頷き指示をした。
「では、我らは一足先にグランチェーニへ帰還いたします」
「丁重に頼む。イェーガーも頼んだぞ」
「御意」
『任せておけ、フォル』
ラガスの塔に残ったフォルディナートはワイバーン部隊の姿が山向こうへ消えたのを確認し、振り返って右手を胸に頭を下げた。
「遅くなりました。それでは私が王宮までお連れ致します・・・が、現在まだ兄から連絡が来ておりません。許可が出るまでは城の1キラル離れた所までしかいけませんことをご容赦願います」
「わかった、頼む」
そういい、恐る恐るフォルディナートの背後に現れたゴールドグリフォンに二人も乗った。
そして、ゆっくりとグリフォンが上空に飛びあがったと同時に上がった巨大な火柱はまさかの王宮の方だ。
「なっ!あ・・あれはっ」
「城下は?!民は無事なのか!!?」
グリフォンの背に仁王立ちしているフォルディナートの背後で恐々としがみ付いていた二人の殿下がそう声を上げるも、フォルディナートはただニコニコとほほ笑んでいる。
「あ~あぁ、兄上が激怒していますね・・・火の精霊を1体兄にお貸ししたのですが、あんな炎俺も初めて見ましたよ」
「「!!」」
「多分兄の感情に同調したのでしょうね」
笑みを携えたまま振り返ったフォルディナートに、リオラグドとサリスティアーノは意図せずお互いの手を握りしめていた。
ふと何気なく思いサリスティアーノが視線を下に向けると、山の所々の木々が不自然になぎ倒され、火が燻っているのが見えた―――が、本能的にそれ以上みてはいけない気がしてギュッと兄の手を握るのに力を込めて前方の王宮へと視線を向けた。
「現在あの中に居ますのはこの地に必要のない者達ばかりです。もう間もなく終わりますのでご安心を」
「「・・・」」
巨大な火柱は城を取り囲むように天高々と燃え上がっており、城の1キラル離れた上空でとどまっているグリフォンの背の上で2人はただ言葉も無く燃え上がる炎を見つめるしか出来なかった。
それからの事はフォルディナートの言うとおりに本当に呆気なく終結した。
地上に降り立って暫くすると、炎の壁の中から巨虎を2頭従えた男性が出て来たかと思ったら、まるで今まで立ち上っていた炎が夢の様に一瞬にしてフォルディナートの元へ飛んできて消えた。
だがしかし、それは些細なことで―――皆の視線はその男性の両手で持つ者に注がれていた。
「リオラグド様、ご無事で何よりでございます。このようなお見苦しい姿で申し訳ありません」
「い・・いや。君まで前線に出してしまい迷惑をかけたね、マティアス殿」
マティアスの姿は隙なくきっちりと宰相としての正装をしているし、その笑みを含めて乱れた所など一つもない。が、その手に持たれている見たことあるというより、よ~~く知っている人物にリオラグドの笑みは引きつっていた。
左手に握られているのは念入りに手入れされただろう艶々とした波打つ緑色の髪を持つ女性―――気絶している―――の髪で、右手にはその女性の息子であり愚王と呼ばれた彼らの弟アスファルドの襟を掴み引きずっていた。その後ろに控える巨虎の1頭の黒虎の口には真っ青に青ざめた前国王でリオラグド達の父親が咥えられて何とも情けない姿をさらしている。
「第1?・・・何故生きている?!くそっ、下賤の血の分際で高貴な俺様を見下ろすな!」
苦々しい表情の顔をあげたアスファルドは両手を後ろで拘束され、足にも枷が嵌められている。が、尚もそう喚き散らす態度は周りが全く見えていないのか、父親の縋るような視線も周りの冷徹な視線も、唯一と言っても良いほどに憐れみと慈しみを持ったリオラグドの視線すらも関係ないらしい。
逆に、サリスティアーノはアスファルドが口を開くたびに眉間にしわを寄せて、終いには俯き怒りにより震えていた。
『マティ、もうすぐで来るぞ。国民が集まってきた』
「―――リオラグド王太子殿下。城下より民が集まってまいりました・・・ご決断を」
暫しアスファルドが喚いている以外の者の間には重々しい沈黙が落ちた。
その沈黙を破ったのは白虎のブランの声を聴いたマティアスだ。チラリと街の方へ視線を向けたのち、手にしていたアスファルドをリオラグドとサリスティアーノの足元へと投げ捨て、続いて前王の寵妃もアスファルドの近くに抛り投げた。
投げられ地面とキスする羽目になっても、アスファルドの罵倒する喚きは終わらない。遠くの方で人々の話し声が聞こえはじめ、リオラグドは拳を固く握りしめて顔をあげてゆっくりとあたりを見回した。
城門の前に立ち笑みを浮かべるマティアスと、その彼の左右に控えて右手を胸に置いて頭を垂れる色騎士達、そしてその部隊兵は警戒するように剣を掲げている。その兵士に囲まれているはガタガタ震え地面に転がっている前国王と投げられた時に多少呻いたが、気絶したままのその寵妃。徐々に集まってきた国民たちはその光景に、驚き・喜び・怒り・困惑と様々な表情を浮かべて事の成り行きを見守っている。
最後に、愚かでどうしようもないがそれでもかわいい弟に視線を向け、リオラグドはサリスティアーノの腰に下げられていた剣を手に取り、鞘から抜き出すとゆっくりと歩み寄った。
「アスファルド・・・」
「・・・ふん、気安く呼ぶな」
元々人を憎むという事や争いごとを好まない穏やかな性格のリオラグドは、自身が受けた数々の行為があっても、弟には違いないアスファルドに胸を痛める思いで視線を向けた。
が、これもすべてはこの地にすむ者の為。きっぱりと割り切れるものではないが、今一度決意を新たにして剣を握り直しアスファルドに突きつけて口を開いた。
「―――グリアフォール現国王、並びに前国王その一派を全て拘束した。この国を終わらせ、私は新たに民を導く。中立国の皇帝を始め、各国に手回し済みだ」
未だにこの状況がわかっていないのか、アスファルドは険しい顔でリオラグドを見上げながらもわずかな困惑の表情を覗かせた。
揺らぐ気持ちに民を向くと、生気のなかったその眼が期待を持ったように輝いている。
(大丈夫。すべての罪は私が背負おう・・)
「王とは国の象徴であり、私利私欲に走る事無かれ―――自己中心的に民を虐げたその悪政の数々を、私は黙って見ているわけにはいかない。お前が本当に民の為、そして国の為に尽くすのなら私は喜んで王太子の座を譲ったが―――私は、リオラグド・パイル・ハルカイザー・グリアフォールの名の元、お前たちの公開処刑を宣言する」
「なっ」
いつもへらへらと笑みを浮かべて、誰にでも甘く頭の弱いと馬鹿にしていた長兄の初めて目にした自分に向けられたその凍てつくような表情と言葉に、漸く事の次第を理解したのかアスファルドの表情が青ざめた。
「全兵城へ!現在城に居るものすべてを拘束し牢へ連れて行け」
「「「「「 御意 」」」」」
「黒騎士と蒼騎士は前王とその寵妃捕えろ」
「「 はっ 」」
色騎士たちとその後ろに控える彼らの部隊の方へ向き、そう宣言すると一糸乱れぬ動きで敬礼して部隊兵たちは城へ突入していった。そして、色騎士の2人が足元の転がっている前王と寵妃を手早く拘束しなおして軽々と引きずってその後を追っていった。
後に残されたアスファルドは最早無言。そんな彼は巨虎に左右から見張られ、後ろからは白騎士と紅騎士が剣を突き付けている。
「残念だよ・・・アスファルド」
顔をそむけるアスファルドにゆっくりと剣をおろしてそう呟き、剣を地に向けて視線を伏せた。
「――――――――――――処刑は7日後。ラガス城にて行う」
その宣言に、その場に集まった国民たちから歓喜の声が高らかに上がった。
とりあえず、これで閑話終了になります。
次話から本編に戻りますので、よろしくお願いいたします。
いや~・・・あれですな、アスファルドをどれだけ人の話を聞かないただの自己中に書くのは簡単だったんですが、リオラグドとかのように賢い人たちを書くのに苦戦しました。
自分がアホだから仕方ないんですよね(-"-)
今日もありがとうございました。