閑話1-2
「はっ、ただのお綺麗な飾りが王座に座っているだけの大国が俺様の国に勝るものか。色騎士などと大層な名前の騎士すらも顔で選ばれたのだろう? あんな魔石の加護もないようなただ単に領地があるだけの国ごとき、我が国の支援なくして何ができるっていうんだよ」
シドラニア皇国に密偵が帰国する数日前のグリアフォールの王座に文字通りふんぞり返っているのは、黄緑色の髪を持つこの国の若き国王アスファルド・シャモア・グリアフォール。数年前に成人したばかりの彼は、まだあどけない顔立ちの大体16歳程度の見た目だ。しかし、そんな見た目に反して高慢を文字通り貼り付けた顔にある焦げ茶色の瞳は無邪気さと嫌悪を滲ませて細められた。
アスファルドは数ある側室の中でも王の寵妃が産んだ子で、末っ子という事もあり王が甘やかしに甘やかした結果の子供だ。
「ん~・・ふふふ、い~ぃ事思いつ~いたぁ!ねぇ、蓄えてあった魔石どのくらいあるの?サリスティアーノあ・に・う・え?」
アスファルドが玉座に横に座り肘置きに凭れ掛かりながら見上げる位置にいるのは、第一王子とは数か月しか違わない第二王子のサリスティアーノ・オーキッド・グリアフォール。背が高く細身の身体をしており、少し癖のある紫の髪を無造作に一つに纏め、能面の様に表情の変わらない顔と冷たい氷の様な瞳がつまらなさそうに前方を見据えていた。
父親に選ばれなかった自分よりも劣る人間とあからさまに、にやにやとした顔で見下げるアスファルドをちらっと横目で見、サリスティアーノは控えていた自身の側近から書類を受け取った。
「希少な黒と光は30個程度。それ以外は専用庫に溢れんばかりにある・・・以上です」
「あ~はいはい。まったくさぁ、サリスティアーノ兄上は相変わらず面白みのない事でぇ。そんなんだから第一の代わりにもされないんだよ!」
あはははと高らかに笑いながら、サリスティアーノを一瞥して玉座から勢いよく飛び降りた。
意気揚々と扉に向かうアスファルドに続くのは代々国に仕えている伯爵以上の爵位もちたち。彼らはニヤニヤとした笑みを浮かべてまるで寄生虫のごとくアスファルドに纏わりついている。
「全兵!さっさと準備して蓄えた魔石を全て投下してこい!あのくだらねぇ国の皇宮も民も全て焼き尽くしてこい!」
「さすがです、アスファルド新国王陛下!」
「我らの国の力を見せてやりましょう!」
ワイワイと騒ぎながら謁見室から出て行った一行を見送り、サリスティアーノは無表情だった表情を崩して窓から遠くに見えるバスティーア山脈に視線を送った。
「・・・」
その顔に見えるのは苦悩の表情。国王の娯楽の城と言ってもいいほどの趣味の悪い王宮で、自分の欲望の為だけに生きる多くの側室たちには嫌悪感しか抱かないし、母違いの数ある姉弟妹すらも同じ血が流れていると思うだけで気持ち悪い。
父と自己中な女の愛情を一身に受けて正に愚かの極みへと育った弟王を思い、深くなる眉間のしわとそれに伴って降下していくサリスティアーノの機嫌の悪さはまさに氷河期の様に寒々しい。
しかしそんな中でも、あの腐った他の姉妹たちと同じ血が流れているとは思えないほど尊敬に値する同い年の賢く優しい兄への心配もある。複雑な心境とはまさにこれだろうと、サリスティアーノは片手で顔を覆いため息をついた。
「サリスティアーノ殿下」
そんなとき掛かった声とサリスティアーノに近寄る数人の人影。それは唯一といっていいほどの、この国にて異端な存在であるサリスティアーノの味方の貴族だ。
部屋を見回し、サリスティアーノ以外に気配がないのを確認して彼らは恭しくサリスティアーノの前に跪いた。
「お前たちか、すまない・・・いつも迷惑をかけるな」
「そんな、とんでもございません!」
「そうです!我々は自分の意思で殿下の元に居るのですから」
跪く彼らの方へ体ごと向き直り、サリスティアーノは苦笑を滲ませた。同じ理想と同じ思いを抱くこの国では数少ない同士達は心から自分を、そして兄達を慕ってくれている。
サリスティアーノを始め、彼らも表立って動くことは出来ずにいる。この国では王に立てつくものは誰であっても処刑される。海の色は青色が一般的に正しかろうと、この国では王が赤だと言えばそうなってしまうのだ。
「アルトス男爵が今日も例の所に向かわれました。勿論、我々は何も見ておりませんし・・・何も知りません」
「彼の国の密偵が動いた模様ですので、近々動きがあると思います」
「そうか。良いにしろ悪いにしろ近々大きな波がこの国を覆う。その時は・・・そうだな、ラガスだ。僕は兄上の待つラガスへ行く」
「「「「「「御意」」」」」」
サリスティアーノの言葉に彼らは深々と頭を下げて散り散りに退出していった。
ラガスは表向き立ち入り禁止区域とされており、そこに許可なく近づいたなどと王に知れたら拷問の末に処刑になるはずの場所だ。そして、アルトス男爵が彼の皇国の密偵であることをサリスティアーノは知っているし、その素性も掴んでいる。
それで居て尚それをそ知らぬ振りをして剰え手を貸しているのは大切な国民然り、敬愛する兄と母の為に他ならない。
兄である第一王子とサリスティアーノは勿論母が違う。兄のリオラグドの母は正妃で彼の母は第3側室だ。だが、彼は物心ついた時から第2王子を生んだという事で尊大にふるまっている母とその母の理想教育を押し付けてくる侍女達から逃げていた。そして、そんな彼をかくまったのが正妃のシェリアリーゼとその御子であり兄のリオラグドだった。
そのため彼はシェリアリーゼを母とし、リオラグドを兄と崇拝して成長したのだ。
「不甲斐ない僕を許してください。どうかご無事で・・・母上、兄上」
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「悪政はすでに根まで浸食した模様。あれだけ豊かな国と謳われているにも拘らず国民たちはやせ細り餓死者も出たとのこと。現在は荷を詰め込み進軍中です。まぁ、神山を通るだけの実力者もいないバ・・・・ので、その軍勢は山を大きく回り我が国との国境を目指して進んでいると報告が来ております。引き続き見張るよう言ってあります」
「サリスティアーノ殿下は・・・え~、まともな面々を連れ我々がぶつかり次第ラガスに向かうそうですよ。因みに、魔石の内半分はただの石にすり替えに成功したとアルバドス・トイノルト本人より届いた情報故確かです」
グランチェーニの街の一角の貸し切った宿屋の1室での話し合い。
部屋の奥に座って鋭い視線をしている男性に敬礼するのは黒と白の鎧を身に付けた騎士。
2人の騎士は密偵からの報告を少し言いにくそうにそう口にした。
「サイラス、リアンもさぁあいつらを馬鹿共とはっきり言えばいいじゃないか・・・兄上だってそう思っているし」
そうですよね、兄上?と、口にしたのは坐った目と口調のつまらなそうに机に頬杖をついている真っ赤な髪と鎧の騎士。
「そうも言っていられないからね、気持ちはわかるよフォル。君たちも楽にしてくれていいよ」
「「はっ」」
「というか、軍が進行しはじめたのって3日前でしょ?どんだけ能力低いわけ、あの国」
赤髪の騎士フォルディナートを戒めつつ、2人に席を勧めたのは青みがかった銀髪の美麗な宰相マティアス。何故宰相である彼がこの場にいるのかと言えば、今回の指揮を執っているのは色騎士ではなく、宰相のマティアスだからに他ならない。
皇帝の信頼を一身に受け、公にはされていないが文官にして騎士団の総纏め役である彼は、現在歴代の中で№3に位置するほどの魔力と加護を持っているのだ。
勿論色騎士を名乗る彼らも相当なのだが、その彼らが足元にも及ばない実力を秘めている。
しかし、彼は戦闘向きではない。それを皆分かっているためよっぽどのことがない限りは指令室より先の現場には赴かない。
「確かにフォルの言うとおりだね・・・うちの下位騎士ですらあの山を迂回してくるのに2日もあれば越えられると言うのに、私達はどれだけ待たされるのか。まぁいい、国境で迎え撃ちリアンはラガスへ、他の者は王宮を囲みすべてを取り押さえる。それ以上の強行手段を選ばずともいいだろう」
「「「はい」」」
「リアン、シェリアリーゼ様とリオラグド様。それからお二人が気にかけておられるサリスティアーノ殿下の保護は何を差し置いても最優先で行え。私はこの部屋にて待機している」
「心得ております、マティアス様」
詳細確認から進路・部隊その他諸々の確認を一体何度繰り返しただろうか・・?
すでに遣れる事は遣り尽くして、この街の名産である乳製品のお菓子を突きつつリアンはフォークを咥えたまま窓枠に座っているサイラスの方を向いた。
「ねぇ~・・サイラス、先遣部隊からの報告はまだないの?」
持っていたティーカップをソーサーに戻して、サイラスはゆっくりとテーブルに戻りながら口を開いた。
「何と言っていいのか。先ほど来た報告は・・・簡単に言うと、このままいけば国境まであと2日は掛かりそうだとのことだ」
「はぁ?本気ですかそれ、あり得ないって!!」
「どうします?」
最早旅行にでも来たようにくつろいでしまっているが、それも仕方のない事なのだろうという雰囲気が漂っている。テーブルにつき3人そろって―――お菓子を食べつつ―――最高司令を見るが、彼もまた少し遠い眼をしてお茶を口に運んでいる。
「あの国は本当に大口叩くだけ、か・・後はトゥーネの帰りを待ってしか決められないな。まぁ、陛下の事だから私に任せるっていうのだろうけどね」
と、そんなときに光った色騎士専用の伝書専用の魔石。そこからの伝書を読み、マティアスは笑いと共にフォルディナートにそれを渡した。
「彼女は本当に面白い。取りあえず彼女に指示を出して、迎えに行けるようなら迎えに行ってあげて。多分この調子なら本当に2・3日は国境にたどり着かなそうだし急がなくてもいいしね」
「はい、兄上。リアン、サイラスも一言送っとく?」
「そうだな、時間までにあいつが戻らなかった場合は俺があいつの部隊を受け持とう」
「うん、面白そうだから書くよ」
そして連れだって部屋を出て行った3人をほほえましく見送ったマティアスは、取りあえず持ってきていた仕事をし始めた。
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「さっきから気にはなっていたのだが・・・。君、極限まで苛立ってるよな」
普段は一応丁寧語で話すフォルディナートが素の少し乱暴な口調になっていることにサイラスが引きつった顔で話しかけると、窓枠に肘を置いて頬杖を付いているフォルディナートは面倒くさそうに振り返った。
「ハハ・・・・・・え?それ以外に何が?」
「い、いや」
『目、目が笑ってないっ・・・・爆発寸前になっている』
『・・・サ、サイラス!どうする?!どうするの?!爆発したフォルを止めれるのって陛下だけだよっ』
『これ以上あいつを刺激するようなことがなければいいのだが』
触らぬ神に祟り無とばかりに確認を行う二人に、それを察した部下たちも少し遠巻きにフォルディナートを見ていた。
そのくらい余裕があったのだが、誰が予想した事だろうか――――。
多少苛々していただけだったフォルディナートが、リーヴェトゥーネを迎えに行き超不機嫌で帰ってきて、何故かマティアスまでがやらないと言っていた強行手段をさらにレベルアップした恐慌手段を用いて彼の国へ赴こうとは。
↓途中まで書いて、本編から消した話。よろしければこちらもどうぞ。
「あの国は本当に大口叩くだけ、か・・後はトゥーネの帰りを待ってしか決められないなぁ。まぁ、陛下の事だから私に任せるっていうのだろうけどね」
大きくマティアスが苦笑を浮かべたままため息をついたその時、テーブルの上に置いてあった伝書受信用の魔石に青の光が灯った。
色騎士専用の受信魔石の為、送った騎士の色が灯るのだ。
「トゥーネ?彼女の事だからどうせ迷ったのだろうね」
で?どこに行ったの?と少し楽しそうに尋ねるマティアスに、魔石の近くにいたフォルディナートが伝書を取り出して見、呆れた顔で左隣に座っていたサイラスに手渡した。その後ろからリアンが覗き込んで大爆笑している。
「あぁ、はい兄上。リーヴェトゥーネはまた迷ったようです・・・後で俺が迎えに行ってきます。俺、はずれました」
「またか。で、どこに行ったと?はぁ・・俺もハズレだ」
「あはは、これは予想外!はずれました」
最後に、短い手紙に目を通したマティアスは笑いながら、その手紙をフォルディナートに渡した。
「おやおや、我が領地じゃないか。真逆に行くとはさすがだねぇ・・私は惜しかったかな?誰か当たった人はいたかい?」
「ちょっと待ってください、フォル」
「ん、待って待って」
そういって徐に席を立ったフォルディナートが部屋のドアを開けて外に向かって叫んだ。
「今回は“オリエントの森”当たった者は居るかぁ?!」
最早恒例となっているリーヴェトゥーネの方向音痴の場所あてゲーム。掛け金は一口半銀貨1枚で、誰も当らなかった場合は教会へと寄付される。
「「「「「「「 ぅえぇえええぇぇ~~ 」」」」」」
「あ、陛下だけが当たってますぅ~」
他の部屋から一斉に出てきた各部隊の騎士たちと、親をやっていた今回の騎士が声を上げた。全員はずれたらしく、各々すごく悔しそうにしている。
「蒼騎士様どんどん方向音痴に磨きがかかっていませんか?」
「真逆に行ったのは今回が初めてですね!」
「そうだな、これ以上はやばいかなぁ?」
因みに、陛下の儲け額はざっと金貨36と半金貨1枚銀貨20枚だった。
そして、意外なほどに早くに来た返事に一行が驚いたのは言うまでもない。普段だったら、最初の手紙が来てから早くても丸一日は彷徨っているのに、だ。
「えぇっ?!さっきからまだ1時間も経ってないよ?!!雪降る?!槍が降る?!」
「まさか・・あんな国に俺らが敗れると・・」
「ちょっ・・シャレになんないってば!何、トゥーネ今回どうしたわけ?!」
「ハハ、酷い言いようだねぇ。でも、本当に何があったんだろうね」
帰ってきたときリーヴェトゥーネがそれを聞き、暫く落ち込んだのは言うまでもない。
今日もありがとうございました。
もしかしたら、直しが入るかもしれません。そうなったら申し訳ありません。