閑話1-1
閑話になります。
内容はちょいちょい出てきていた隣国との戦いの話(?)です。
なるべくサクッと終わらせるつもりではあります。
「失礼いたします。坊ちゃま、皇宮より急ぎの文が届きました」
ウェルナール家に長く使えている執事長は、シルバーのトレーに乗せた手紙を恭しく差し出した。
朝食を食べ終え、自室にてくつろいでいた透き通る水の様に輝く長髪を持つ男性は、わずかに眉を寄せてから手にしていたカップをソーサーに戻してその手紙を手にした。
「ベルモンド。いい加減坊ちゃまは止めて欲しいのだが」
「いいえ、旦那様が現役の内は坊ちゃまと呼ばせて頂きます。マティアス坊ちゃまがすぐにでもご結婚され、旦那様より爵位を継ぐといわれるのでしたら私は今すぐにでも呼び方を改めさせていただきますが・・・―――よろしいですか?」
「いや・・・もう、いいよ」
「はい。では、坊ちゃまでよろしいですね」
ため息をつきつつそう口にしたが、執事は笑みを浮かべたままきっぱりと言いきりそばに控えている。
思わずあきらめに近い思いを呟いてしまったが、それにすらもきっぱりと良い笑顔付きで返事をしてきたことにマティアスと呼ばれた男性は手にした手紙へと視線を向ける。
「なん、だと・・・ベルモンド、父上には」
「坊ちゃまにお持ちする前に旦那様の執務室の方へ届けてまいりました」
執事の返事にそうかと呟いて、マティアスは再度手紙へと視線を戻した。そしてその手紙を握りしめながら立ち上がり、早足でドアへと向かった。
「すぐに皇宮へ行く、ワイバーンの用意を。父上たちには待機してもらっていてくれ、こちらの話がまとまり次第報告する」
「畏まりました」
振り向かずにそれだけ言い出て行った男性に、執事は深々と頭を下げて見送った。
屋敷の廊下を早足で歩きながら、マティアスは誰もいない天井の隅に向かって視線を向けた。さらりと揺れたその長い髪は朝日を浴びてキラキラと輝いている。
マティアスの視線の先には何もいないし、何もない。敢えて言うなら朝日の降り注ぐ窓の上、ただ影があるだけだ。
「・・・例の件か?」
『御意』
徐に口を開くと、帰ってこない筈の場所から声が響いた。
他の者にはその声の主の姿は一切見えないし、聞こえていない。しかし男性には分かるらしく、その場で立ち止まり視線を向けていた場所へ体ごと向けた。
『彼の者達は――――・・』
傍から見るとただ外を眺めて居るように見えるが、影から話される内容を聞くにつれて男性のその整った顔が険しくなり、その眉間にしわが寄せられた。
手にしていた手紙は最早ぐしゃぐしゃに握りつぶされ、その手は白くなってしまっている。
「おはようございます、兄上・・・どうしたんです?」
呼びかけられ、男性は先ほどまで進もうとしていた方へ顔を向けた。
そこに立っていたのは首を傾げた赤い髪の少し幼い顔立ちの男性。その彼を視界にとられ、少し苦笑を滲ませつつ男性は口を開いた。
「あぁ、おはようフォル。握りつぶしてしまったけど読むかい?まったく、今日は最悪な朝だよ」
マティアスの弟であるフォルと呼ばれた彼にあと少しでも呼びかけられるのが遅ければ、その長い指の綺麗な掌に爪が食い込み血が滲んでいたことだろう。
手に握られたクシャクシャになった紙を視界に入れ、“フォル”は肩をすくませてその顔から笑みを消した。
彼より少し高い位置にあるマティアスと視線を合わせ、フォルは首を左右に振る。
「いいえ。ブランの声が聞こえたから来たんです。何となく予想はつきます・・・とうとう行動に移しましたか、あの愚か者どもが」
「あぁ、そのようだ」
目つきが鋭くなり、お互いに低くなった二人のその声に反応するように、締め切られているはずの廊下のカーテンが風もなくはためいた。
幾分か気温が低くなったのは気のせいではないだろう。
暫くのその場で怒りをあらわにしていた二人の男性は互いに一つため息をつくと、連れだってその場を後にした。
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「お待ちしておりました、宰相閣下。紅騎士フォルディナート様」
「あぁ、陛下は?」
「執務室にてお待ちであります」
優に10メートル近い黒っぽい緑の巨体の翼竜から降り立った二人を出迎えたのは、緑の服を着た近衛騎士。
マティアスが軽く頷き問うと、近衛騎士は再度ピシッと敬礼して早口に告げた。兄のマティアスがその近衛騎士の前を通り過ぎたのを見、赤き鎧を身にまとったフォルディナートが近衛騎士に視線を向けた。
「俺以外に色騎士は?」
「まだお見えでないのは白騎士リアン様であります」
「ご苦労」
近衛騎士にそういい、フォルディナートは自分の翼竜の方へ向き直りさっと右手を振ると、翼竜は翼を広げて空へと飛び立った。
それを見送り、先に行った兄の後を追いかけフォルディナートも皇宮の中へと消えた。
早朝より齎された文の内容は、前々から不穏な動きをしていた東の隣国グリアフォールの事だ。神の山と呼ばれるバスティーア山脈と海に囲まれた小さいながらも栄えた国であり、上質な魔石の産地として名高いシドラニア皇国との友好国だった国だ。
そう、友好国だったのだ。
現シドラニア皇国皇帝の祖父にあたる代から一方的にグリアフォール王国国王が不満を漏らし、現在のグリアフォール国王の時代になって一気に敵視してきたのだ。
シドラニアの現皇帝は前皇帝共々大いなる慈悲を掛け、いくら攻め込んできても退けるだけでそれ以上は何もしなかった。いや、しようとはしなかった。
が、その何もしないという慈悲を自分の良い方向へと勘違いした最近即位したばかりのグリアフォールの若き国王が何を思ったか攻め込んで来ようとしているのだ。
元々不穏な動きをしていた彼の国に放っていた密偵からの報告が最悪な形で早朝にもたらされたのだった。しかも、即位したのは継承権第一位だった王太子ではなく、国民から最も嫌われた第3王子。
そして裏切ったのは彼の国の国王を筆頭にした先々代国王からの3代もの王族と貴族たち―――愛国心の塊のシドラニアの者は皆これに腹を立てたのは言うまでもない。
今までも幾度となくシドラニアに攻め入ろうとしては侵略し、そして返り討ちにあってもなお攻めてきた愚かな国。シドラニアが何もしなかったのは、愚かな王が治めていても国民たちの安全ともう一つ理由があったに過ぎないのに・・・。
「失礼いたします、陛下。マティアス、ただ今参上いたしました」
「遅ればせながら、紅騎士フォルディナートここに」
「あぁ、2人とも来てくれたか」
皇帝の執務室につきノックをして部屋に入り、マティアスが右手を胸に、フォルディナートが片膝をつき深々と礼をすると部屋の奥から落ち着いた良く通る声がかかった。
青味掛かった銀髪のマティアスとは違い、本当に見事な白銀の銀髪の髪にダークブルーの瞳の美しい少し童顔な男性がこのシドラニア皇国皇帝ヴァドル・フロスト・アラバスタ―・シドラニアだ。
そして、どこか疲れた様な顔と声なのは気のせいではないだろう。
「休みを出していたのに、朝早くから悪いな」
「御気になさらず、陛下」
扉の内、左右に控えていたのは黒騎士と蒼騎士。フォルディナートは黒騎士の左隣に控え、マティアスは大きな窓の前にある執務机に歩み寄った。
国王陛下の言葉に多少の苦笑が見られるのは気のせいではないだろう。
「後はリアンか・・マティ、ウェルナール候は?」
「父上と母上もいつでも動ける状態で待機して頂いております。詳細がまとまり次第報告致します」
「そうか」
そう一言つぶやいてテーブルの上に肘を置き、その組んだ手に顎を乗せて沈黙したヴァドルに、マティアスもそのままその横で控えた。
皆の顔には同じように多少の険しさが見られる。
皆の考えは多分同じだろう。あの国にはヴァドルの父である前皇帝の姉、ヴァドルの叔母に当たるシェリアリーゼが前国王の正妃として嫁いでいるのだ。
しかも先日、手を尽くしたが流行病で病死したとの報告が入り、感染の恐れがあるためにすでに埋葬をしたと信じられない答えだった。その上、シェリアリーゼの唯一の御子の継承権1位だった王太子までもが失踪したという。
その為、この度即位したのは王に溺愛された愛らしい第三王子が新国王になったとの事後報告―――。
それ以上の詳細は一切報告せずに、今回のこの侵略騒動だ。
最早ヴァドルの心労も大きく、問題も山積み―――家臣たちの思いはただ一つ。
『『『『どうしてくれようか・・あの国を』』』』
そんな嫌な沈黙の落ちていた部屋に響くノック音と扉が開く音。
「遅くなりました」
開けられた扉から現れたのは遅れてきた白騎士、リアンだった。
困ったような声と笑みを浮かべるリアンに、ヴァドルも顔をあげた。
「リアン、何か分かったのか?」
「はい、ご報告を」
ヴァドルの前で深々と礼をし、顔をあげたリアンの顔にはどこか笑みが浮かんでいる。不安と僅かな期待を胸に全員の視線がリアンに向かう。
「陛下・・まずは吉報から、亡くなったとされている正妃シェリアリーゼ様と失踪が報じられた御子で在らせられるリオラグド様の居場所を突き止めました」
「本当か!シェリアリーゼ伯母上もリオも無事なのだな?!」
その報告に椅子を倒す勢いで立ち上がったヴァドルはそのままリアンを凝視する。それに応え、リアンは満面の笑みで頷く。
「はい。あの国の血筋で唯一まともな第二王子の命でリオラグド様はシェリアリーゼ様共々バスティーア・ラガス。神々の檻と呼ばれております麓の古城にて幽閉されている模様。予てより潜入させていましたアルトス男爵・・・わが国ではトイノルト卿次男アルバドス・トイノルトが、第2王子によって厳重に見張られている古城にて接触に成功した模様です。多少の衰弱が見られましたが。お命にかかわるものではないとのことです」
「そうか」
「はい。陛下の御心も、前皇帝陛下の御心もお伝えしましたところ、涙を流され大層申し訳ないと仰られていたそうでございます」
「そうか」
心底安堵したように深く息をつき、ヴァドルは力が抜けたように椅子に深く座りこんだ。マティアスを始め、控えていた色騎士3人もほっと胸をなでおろした。
「・・・で、それだけではないのだろう?」
先ほどリアンは『まずは、吉報から』といった。そう、まずはと言ったのだ。
安堵してゆるんだその表情を一度引締め、ヴァドルはリアンに視線を向けて頷く。
それを見、躊躇する表情をした後リアンは重々しく口を開いた。あの国の悪政はとどまることを知らない、と。
ヴァドルの叔母シェリアリーゼはシドラニア皇国民からまさに女神と湛えられたほど国民への愛が深い姫だった。
“国民は王侯貴族の為にあるわけではない。愛しむべき民があるからこそ、国があり王家があり貴族がいるの”
幼いころ良くヴァドルが聞かされていた言葉だった。が、その一言が腐りきった悪政の続くグリアフォールでは反乱分子とされたという。なんと嘆かわしい事か・・と、誰が呟いたか分からなかったが皆の心は同じだった。
毒殺されそうだった2人を救ったのはわずかなまともな貴族と、潜り込ませていた密偵・・・生き延びた2人を持て余した国王が処刑しなかったことだけがあの国において唯一の喜ばしい事と言えよう。
どのくらい続くかわかりませんが、次話くらいで終われたらと思っています。
いつもお付き合いありがとうございます。