one scene ~chinese cafe~ vol.10
まるで繁華街のスクランブルのような雑踏の中、僕たち二人も一風景と化していたが、もう既に二人にとっても周りの全ては風景でしかなかった。
僕は彼女の差し伸ばした手の指先を、見開いた目で眺めたまま、顔を上げることが出来なくなっていた。
それは別に、思考が停止してしまっていた訳ではない。
もちろん複雑な思いとためらいがあるからではあるが、問題は・・・
まばたきをしたら、堪えたにもかかわらず目にうっすらとにじんで溜まってしまった涙が、こぼれ落ちてしまうからだった。
「ごめんね、ちょっとトイレ・・・ごめんね」
彼女は何度も謝り、席を立っていた。
僕は彼女がいつ手を戻したのかも分からないくらいに、目がにじんでいた。
彼女がそんな僕に気をきかせて席を外したのだと、すぐに分かった。
彼女はそういう「いい女」だ・・・
まるで「仕切り直し」かといわんばかりに、彼女は化粧を直し、笑顔で戻ってきた。
もちろん僕も、潤んだ目などはあり得なかったかのように乾き、澄ましている。
「ごめんね」
席に座って笑顔で謝った彼女は、またすぐに言葉を続けて
「もう杏仁豆腐の時間かなって思って・・・ちょっと悲しくなっちゃっただけ・・・ごめんね・・・杏仁豆腐食べる?」
まるで今度は彼女の方に整理がついたかのようだったのを感じた僕は
「いやあ・・・」
「え?」
「うん・・・そうだね」
ためらった・・・
それでも「最後のオーダー」をしようと、忙しそうに立ち回るスタッフを目で追うがどうにも目が合いそうになく、ちょっと困った苦笑いで彼女に顔を向けると、彼女はそれを待っていたかのように僕を真顔で真っすぐ見ていた。
「あの・・・日・・・」
「え?」
彼女が何か言ったのを聞き取れずに僕が聞き直すと、彼女はテーブル越しに顔を近づけもう一度言い直した。
「あの最後の日にメールでも言ったけど・・・会って話しがしたかったんだよ・・・あなたの目を見て・・・聞きたかった・・・さよならでも・・・」
彼女の真剣な表情で、僕たちの今日が・・・クライマックスにきていることを理解出来た。
to be continued