人工魔法少女
「数値が目標値に達していないぞ」
そう告げられて少女は、苛立ちの声をあげる。
「もうこんな出鱈目な遊びにつきあってられません!」
「遊びだと?」
責任者が眉を顰めるとその少女が手に持った杖を床に叩きつける。
「こんなおもちゃで何が出来るというんですか! 魔法なんてトリックかなにかでしょ!」
怒鳴る少女の意見に周りの少女達も同意であった。
しかし、責任者は、小さくため息を吐く。
「残念だ。君には、才能があると思ったのだが。施設に送れ」
怒鳴った少女に黒服の男達が駆け寄り、拘束する。
「止めて! 何をするの!」
「ここでの研究は、トップシークレット、外部に決して漏らす訳には、いかない。君は、研究が完成するまで隔離させてもらう」
責任者の淡々とした言葉に少女が暴れる。
「ふざけないでよ! そんなふざけた話ある訳が……」
直後、スタンガンを当てられ気絶した少女が運び出され、その様子を見ていた少女達が青褪め、中には、すすり泣く者も居た。
「トレーニングを再開しろ。この研究には、国の未来がかかっているのだからな」
責任者の冷徹な言葉に奥に居た少女が問い返す。
「こんな事が本当に国の未来に役立つのですか?」
「当然だ、『ウロボロス』の襲撃を撃退する有効手段の確立、それなくして世界の秩序の護る米国の権威を維持出来ぬのだからな」
責任者が重々しく告げると少女が問い返す。
「新型の戦闘スーツの研究がある程度の成果を得られていた筈ですが?」
責任者が睨む。
「何処からその情報を手に入れたのかは、問わん。しかし、それを当てにするな」
そう告げて責任者が去っていく後ろ姿を見て、問いかけた少女、サリー=マクガエルが言う。
「何処か、愉悦を感じさせる口調。ライバルが大失態を犯したって事ね」
「サリー、あたしらは、何時までこんな事をしてないといけないんだ?」
戸惑う少女達にサリーが答える。
「結果を出すまでよ。国の意向以前に『チュパカブラ』の被害を減らすには、確かに何かしらの対 抗手段が必要なのよ。そう、ネットにあがっている『魔法少女』の力が」
「この部品を買った人間についてなにか思い出したか?」
隼人が秋葉原のパーツショップの店員に聞き込みを行っていた。
「前も言いましたけど、一々、覚えてませんて」
「何でも良いんだ!」
隼人が詰め寄る中、一志がやってきた。
「すいません、こっちのパーツってここにある以外にもありますか?」
「それっすか、確か奥にあった筈ですよ」
店員の答えに一志が注文する。
「物を見てから買いたいので、見せて貰いますか?」
「はいはい、こんな店だと、そういうコアな人が多いですから慣れてます」
言葉通り慣れた様子で問題のパーツを持ってくる。
「ありがとうございます」
一志は、そうお礼を言うと、パーツを一つ一つ確認し始める。
「さっきの続きだが、些細な事でも良いんだ」
戻ってきた店員に聞き込みを再開する隼人。
「ですから……ってそういえば彼もそのパーツを買ってたっけ。その時も今回と同じ様にパーツを確認してたな」
隼人が一志の方を見る。
「それは、何時の頃から覚えているか?」
「確か、一ヶ月前くらいかな」
店員の言葉に隼人は、頭を下げる。
「ありがとう。また何か思い出したら連絡をお願いします」
そういって、携帯の番号を渡して、一志に近づく。
「ちょっと良いかね?」
「何でしょうか?」
一志は、パーツの確認をしながら聞き返すと隼人が問う。
「随分と拘りがあるみたいだが、何を作っているんだね?」
「職務質問ですか?」
一志の質問返しに隼人の目が鋭くなる。
「私が警察だって理解しているのだね。だったら早い、以前君が買った部品が犯罪に用いられた可能性が高く、購入者の確認をしている。このパーツだが、君は、まだ持っているかね?」
一志は、即答する。
「同パーツなら幾つか持っていますが、幾つか人にあげてしまってますね」
「その人物について教えて貰えないか?」
隼人が突っ込むと一志が思案した後、パーツを幾つかを店員に見せる。
「これを下さい」
「はいはい。会計は、あっちでしてください」
残りのパーツの回収をする店員を尻目に一志が言う。
「近くの喫茶店で貴方の驕りでお茶を飲みませんか?」
隼人が頷く。
「君との話は、長くなりそうだからね」
近くの喫茶店に移動した後、探る隼人を他所に一志が話し始める。
「これからの話は、単なる妄言です。ですからそれを証言として受け取らないで下さい」
「妄言?」
戸惑う隼人。
「『ウロボロス』と遭遇したのは、彼女とのデートの最中でしたよ」
隼人の目が鋭くなるのを確認しながら一志は、話を続ける。
「正直、最初は、面食らいましたが、言葉も通じない相手でしたからね。彼女がテレパシーの類を使えたのが助かりました。イメージからこっちの言葉に置き換えて翻訳機を作る事が出来、それで質疑ができましたからね」
そういって一志は、一枚の地図を見せる。
「そこに最初の捕虜が監禁しています。彼女には、ちゃんと元の世界に帰したと言ってあるので関係ありません」
隼人が地図を見ながら問いかける。
「どうして監禁した?」
一志が苦笑する。
「逆に聞きますが、貴方だったら、逃がしますか?」
隼人が不満そうな顔をする。
「私は、警察だ。正式に逮捕する。それと同様に、その者を公的機関に引き渡す義務があったと思うがな」
肩を竦める一志。
「あの段階で異界人なんて夢物語を信じて貰えませんよ。貴方は、優秀だ。これも有効に扱えるでしょう。交換条件です。これ以上、僕の周囲への捜査を止めて下さい。それが居れば暫くは、上も黙らせられるでしょう」
「魔法少女、彼女との連絡手段、それだけは、譲れないな」
隼人の言葉に一志が走り書きの様にアドレスを書く。
「ここに電子メールを送って下さい。そうすれば僕が対応します」
「直接、話をさせるつもりは、無いと言うことか?」
隼人が踏み込むと一志が氷の様な眼差しを向ける。
「彼女をマスコミや人を数でしか捉えられない政府に関わらせるなんて反吐が出る真似は、出来ませんよ」
隼人が更に踏み込んだ。
「ここで君を逮捕する事も出来るのだが?」
一志が睨む。
「そういう行動をする人間を信用出来ると思ってるんですか?」
隼人は、立ち上がる。
「この地図は、貰っていく。しかし、交換条件は、受けられないかもしれない」
「構いません。どうせ駄目もとでしたから」
一志は、運ばれて来た紅茶を飲む。
「君とは、長い付き合いになるだろうな」
伝票をとり喫茶店を出て行く隼人。
「想定より早かったな。だけど、早いか遅いの違いだけだ。アメリカも本格的に動いている。間に合う筈だ」
一志が意味ありげな言葉を口にするのであった。
「例の違法入国者は、極秘裏に隔離しました。いくつか有益な情報も得られましたよ」
家久の言葉に隼人が悩みながら口にする。
「例の少年は、彼女の事を大切にしているのが痛いほど解る。個人的には、立派だと思うのだがな」
苦笑する家久。
「ええ、個人的には、私も好感をもてます。しかし、我々には、護るべき国民が居ます。少年の周囲に該当する少女が居ましたか?」
隼人は、リストを見せる。
「その中に魔法少女は、居るだろう。最悪、全員に監視を付けて搾り出し、確保する事も可能だ」
家久は、リストを確認しながら言う。
「いまは、表だった行動は、避けましょう。しかし、監視だけは、お願いします」
「解った。地元の警官と連携して監視体制を作る。話は、戻すが、違法入国者は、どうする?」
隼人の質問に家久が答える。
「暫くは、こちらで管理し、タイミングを見計らって公表するつもりです。それにしても面白いものですね、ちゃんと司法取引が成立しましたよ」
隼人が呆れた顔をする。
「司法取引って相手は、日本国憲法が通じない相手だろう」
「こっちでの生活の保障をすると提示したら、安全の確保と引き換えに何でも話してくれます」
家久が遠い目をする。
「我々が大事と考えていましたが、あちらにしてみれば、密輸や密猟と大差ない意識でしかありませんでしたよ」
「人の命が関わっているって言うのにいい気なもんだ」
隼人がぼやくと家久が鋭い目をする。
「あちらが非公式な取引を持ちかければそれに応じるこっちの犯罪組織もあります。それを踏まえた行動が必要です」
「人の命を軽視するの輩は、こっちの世界でも多いって事だな」
苦虫を噛んだ顔をする隼人であった。
「増員は、まだか!」
隼人が怒鳴るが、チュパカブラを牽制する警官隊の数は、当然増えない。
新たな被害が広がろうとした時、空中の光が集まりナチュラルマミが現れた。
「お久しぶりの登場です! ピンチみたいなので早速いきまーす!」
ナチュラルマミは、空中に幾つかのシンボルを描く。
『風の精霊さん。あちきの声が聞こえたらな、その意思を示して』
シンボルが輝くのを確認してナチュラルマミが杖を突き出す。
『あちきは、悪い奴等を倒したいの。だからその力を貸して!』
シンボルを中心にいくつもの気流が生まれる。
『マジックエアー!』
突風が全てのチュパカブラを捕らえて中央に集めていく。
「これで後は、応援が来るのを待つだけでしょ?」
軽い口調で言うナチュラルマミに隼人が複雑な表情を向ける。
「助かった。感謝している」
「何か不満そうね? まあ、いいけどあちきは、これで帰る……」
ナチュラルマミの言葉の途中で冷たい声が響く。
『マジカルフレイム』
炎が巻き上がり、チュパカブラを燃やし尽くしていく。
「今の魔法?」
首を傾げるナチュラルマミの視線の先には、魔法少女と言うよりもボディースーツを着た近未来的な戦闘員風の少女が立っていた。
その手には、杖らしき物が握られていた。
「これが成果。これで他の子が苦しみから解放される」(英語)
「外人? 知り合いか?」
隼人の問い掛けにナチュラルマミは、首を横に振る。
「違うよ。でも近々、人工魔法少女が現れるだろうって話は、聞いてた」
「人工魔法少女? なんだそれは?」
隼人が質問した時、隼人の携帯が振動した。
「このタイミングになんだ?」
隼人が片手間で携帯を広げて確認するとそこには、一志からの電子メールが届いていた。
『アメリカ政府が極秘裏に育成をしていた対『ウロボロス』の為の戦闘員です。以前に渡した増幅器を使い、彼女と同じ事が出来る人間を数千、数万人の中から抽出したと思われます』
「何度か連絡を取ろうとしたのに無視してたクセに今更か。しかし、こっちの知りたい事は、解った。厄介だな」
素早く家久に転送してからナチュラルマミに言う。
「余計な事は、するなよ。下手をすれば国際問題に発展する」
不思議そうな顔をするナチュラルマミ。
「この状況で随分と世知辛いことを言うんですね?」
「正体不明って事になってるお前と違って、こっちは、国家公務員だからな色々と大人の事情というものがあるんだよ」
隼人は、そう答えながらも問題の人工魔法少女を観察する。
「貴女が『魔法少女』ね? こんな出鱈目な力、本当にふざけているわ」(英語)
短い沈黙の後、ナチュラルマミが小声で囁く。
「あのー、何て言っているか解りますか?」
隼人が小さなため息を吐いて通訳する。
「お前が『魔法少女』だと確認した後、お前の力が出鱈目で、ふざけているとクレームをつけている」
「魔法は、ちゃんと律の元に組み上げられてますよ。まあ、その律を発動させるのに常人離れした強い意志力が必要なだけですけど」
ナチュラルマミの反論に人工魔法少女が拳を握り締める。
「その強い意志力を生み出す為にどれだけの人間が踏み台にされ、廃人になったと思っているの!」(英語)
隼人は、それを敢えて訳さず直接返答する。
「それを『魔法少女』にぶつけるのか? その怒りをぶつけるべきは、お前達を消耗品とした奴等であり、元を辿れば『ウロボロス』では、ないのか?」(英語)
「下らぬ正論だな。巨大な国家という物に個人で抗う術があるのか? 異界にある『ウロボロス』とどう戦う? 私が出来るのは、そこに居る、こんな状況を引き起こした要因である小娘を排除する事のみだ」(英語)
明確な殺意を向ける人工魔法少女。
されに気付いたナチュラルマミは、相手の視線に合わせて指で複雑な紋様を描いた。
『スリープ』
人工魔法少女は、意識を失いその場に倒れた。
「こんなお約束な、戦闘フラグを立てる気は、しないから眠らせてみました」
顔を押さえる隼人。
「対処としては、最善に近い筈なのだが、何か根本的な所で間違っている気がする」
「深く考えたら負けだと思うんですよね。それじゃ、また今度」
ナチュラルマミは、光と共に去っていく。
「家久、問題の人工魔法少女を確保するか?」
隼人が携帯で家久に連絡する。
『すいませんが、そうして下さい。あちらとの交渉は、こちらで担当します』
隼人は、部下に命令して人工魔法少女の確保を行うのであった。
「サリー=マクガエル、君がアメリカ政府が極秘裏に研究している新式の軍人だと言う事は、判明しています」
家久の言葉に人工魔法少女、サリーが答える。
「そこまで解っている、私を拘束するのですか? 日本政府は、アメリカ政府に対してもっと弱腰だと思っていましたが?」
隼人が苦笑する。
「俺もだよ。どうせ直ぐに返還要求が来ると思っていたが、今のところその様子は、無い」
サリーの目が鋭くなる。
「まさか、私は、切り捨てられた? いや、まだ他の子では、魔法の発動は、成功していない筈だから、それは無い筈だけど……」
「アメリカ政府は、君の存在を公に認められない。外交筋からの圧力は、確かにあるが、それを表沙汰に出来ないのがアメリカ政府の立場です」
家久の答えにサリーが笑みを浮かべる。
「そうでしょうね。でも、日本政府は、私を返還しない訳には、いかないそうでしょ?」
隼人がため息を吐く。
「法律的に武装した訳でもない違法入国の外人でしかない君は、強制送還が通常の対応だろう」
「その事ですが、貴女を留学生としてこちらのある中学校に通学させる案があります」
家久の言葉にサリーが苦笑する。
「何の冗談? そんな事がアメリカ政府が認めると?」
「その中学に『魔法少女』とその協力者が居るとしてもか?」
隼人の言葉にサリーが反応する。
「どういうこと? 日本政府は、まだ『魔法少女』の正体を掴んでいない筈!」
「だからこそです。我々は、現場に残された僅かな痕跡から絞込み、『魔法少女』の協力者に辿り着くことに成功しました。そして『魔法少女』もその協力者と同じ中学校に居る可能性が高いのです」
家久の説明にサリーが唾を飲み込む。
「それをアメリカ政府にリークするつもりですか?」
「遅かれ早かれ気付かれる事です。我々が一番にしなければいけないこと、それは、貴女を本物の『魔法少女』にする事」
家久の言葉にはやとが続ける。
「何時までも一般人に最終防衛ラインを任せておけないからな」
そして覚悟を決めるサリー。
「解りました。その中学への潜入捜査、見事やり遂げてみせます。それこそが犠牲になった仲間達に報える事になる筈ですか」
こうしてサリーの留学への手続きが始まるのであった。
「アメリカのセンスは、どうかしてるな」
数日後の魔美達の教室で、光男がシミジミと語る。
「そうだよね、どうしたら魔法少女にボディースーツを着させるのかしらね」
明美も同意する。
「そういう問題?」
魔美が不思議そうな顔をすると一志も頷いた。
「確かに、魔法少女は、スカートを穿かなければいけないといる明確なルールが存在するからな」
「それってルールな訳?」
魔美の問い掛けに他の三人が力強く頷くのであった。
「何か、凄く間違ってる気がするのは、あちきの勘違い?」
独り取り残される魔美、そして担任が入ってくる。
「今日は、外国からの転校生が居る」
そしてサリーが教室に入ってくるのであった。