魔法少女探究
「誰か! うちの娘を助けて!」
一人の母親が泣き叫び、必死に手を伸ばす。
「落ち着いてください! 娘さんは、我々が助けます!」
そう言う母親を抑えている警官だったが、内心では、諦めていた。
問題の子供は、既にチュパカブラの手に捕まれ居たからだ。
「うわーん!」
泣き叫ぶ少女にチュパカブラの脳ミソ回収器官が伸びた。
「イヤー!」
泣き叫ぶ母親の目の前で少女の目から光が失われていく。
脳ミソを回収を終えたチュパカブラが少女の体を放りだし、新たな犠牲者を求めて歩みだした。
周囲の人間は、怯える中、少女の母親だけは、娘の遺体に向って行こうとしていた。
「放して! 娘を、娘を!」
「……娘さんは、もう駄目です。どうか自分の身の安全を!」
警官の言葉等もはや耳に入らない。
そうしている事で二人は、チュパカブラに標的にされてしまう。
「は、早く逃げましょう!」
命が懸かっているので必死に叫ぶ警官だが、母親は、応じない。
「もう、生きていても仕方ないわ!」
直ぐ目の前まで来たチュパカブラの恐怖に警官は、負けた。
母親を放して逃げてしまう。
解放されて娘の所に向おうとした母親だったが、直ぐにチュパカブラに捕まってしまう。
怯える母親だったが、その脳ミソ回収器官が迫る中、その瞳に狂気が宿る。
「そうよね、こうやって同じ様に脳ミソを吸われれば娘と一緒に……」
しかし、その時、空中に光が集まった。
「おいこれって!」
周囲の人間がざわめく中、光から魔法少女が現れる。
「はーい! 魔法少女ナチュラルマミ参上!」
ポーズをとるマミだったが、今にも脳ミソが吸われようとしていた母親を見てステッキを突き出す。
「急がないと不味いみたいね」
マミは、ステッキの上部に描くように余った手で魔方陣を描く。
『雷の精霊さん。あちきの声が聞こえたら、その意思を示して』
魔方陣が黄色く光る。
『あちきは、悪い奴等を倒したいの。だから力を貸して!』
声に応えて光が電撃に変化したのを確認してからマミがステッキを突き出す。
『マジックサンダーアロー!』
雷の矢が今にも脳ミソを吸い取ろうとしたチュパカブラを貫き、倒してしまう。
近くによって完全に動かなくなったのを確認してからマミが言う。
「今回は、一匹だけだったみたい。ラッキー!」
本当に嬉しそうに言うマミを母親が睨む。
「何がラッキーなのよ! 私の娘は、もう死んでしまったのよ!」
母親は、もう動くことの無い娘の体を抱きしめて泣き出す。
少し困った顔をしていたマミだが、笑顔で言う。
「彼女は、運が無かったけど、お母さんは、助かってラッキーだったですよ!」
「ふざけないでよ! 貴女がもう少し早く来ていれば! 娘は、娘は!」
やり場の無い怒りに憤りを覚える母親から視線をそらしながらマミが言う。
「そうは、言ってもあちきにも学業って物がありまして。さっきまで授業中だったんだから仕方ないよ」
その一言に母親が目を見開く。
「何! それじゃ、貴女は、授業中だからって遅くなったの! 貴女がのんきに授業を受けていたから娘が死んだって言うの!」
マミがコクリと頷く。
「端的に言えばそうなるかな?」
「ふざけないでよ!」
詰め寄ろうとする母親を周囲に居た警官が抑える。
「放して! そのふざけた奴を殺して! 私も死ぬ!」
「落ち着いてください!」
そんな状況を尻目にマミは、ステッキを振り上げる。
「それじゃ、あちきは、この後も授業があるからこれで」
帰ろうとしたマミに一人の警官が近寄る。
「待ってもらえないかね?」
「待てない。休み時間は、そんなに長くないんだから」
マミの返答に警官が慌てる。
「それなら一つだけ。君は、何でこんな事をしているんだ? 中途半端な助けは、今回みたいに恨みを買うだけだぞ」
マミは、微笑む。
「だからって完全に見棄てるのが正しい訳? 自分の出来る範囲だけで助ける。それって悪いこと?」
警官が即答する。
「正直、我々にとっては、邪魔でしかないな」
舌を出すマミ。
「あっそ。でもあちきは、変えないよ。だって誰のためでなく自分の気持ちの為だけにやってるんだもん。それじゃあね」
光になって消えていくマミ。
複雑な表情を浮かべる警官。
彼は、最初のチュパカブラ事件の時の機動隊の隊長であり、現在、謎の魔法少女、なナチュラルマミの捜索隊長の御剣隼人である。
「隊長、また無駄足でしたね」
部下、副隊長の大門誠司の言葉に隼人が首を横に振る。
「そうでもない。少なくとも問題の少女が学生であり、先程まで授業を受けていて、今が休み時間だって事が判明した」
呆れ顔になる誠司。
「平日の昼間ですよ、あの年頃の少女だったらたいてい学生で授業中ですよ」
「それでもだ、調査の足しには、なる。今回の件でも解るだろう。問題の生物に対して我々警察がどれだけ無力かと」
隼人は、そういって娘の遺体を抱きしめて泣きじゃくる母親を見るのであった。
警視庁の一室。
「今回のチュパカブラの遺体は、損傷が少なく、調査には、うってつけでした」
その一言を語るのは、前回隼人に調査を依頼した警視庁のエリート、松平家久に隼人が告げる。
「それで、何かしらの対抗手段は、見付かりそうですか?」
家久は、肩をすくめる。
「残念ですが、アメリカに持っていかれました」
「何の冗談ですか?」
眉を顰める隼人に家久は、ため息混じりに告げる。
「真実です。渋谷の事件を皮切りにチュパカブラは、全世界に現れ始めました。アメリカとしてもどうにか対抗手段が欲しいのでしょう。そして唯一の遺体を手に入れられるのは、チュパカブラを倒せる魔法少女が居るこの日本だけ、諸外国も非公式ですが、チュパカブラの遺体の譲渡及び貸し出しを求めてきています」
「やはり、物理兵器は、全く通用しませんか?」
隼人の問い掛けに家久が頷く。
「はい。アメリカでは、戦車での砲撃、戦闘機での爆撃まで試されましたが、無駄な試みでした。今のところ、一部の例外を除き、チュパカブラの許容量、およそ五人分の脳ミソを回収されて帰っていくのを待つしかない状況です」
「その一部の例外というのが魔法少女ですか」
隼人の言葉に家久の目が鋭く光る。
「そうです。諸外国は、日本政府に問題の魔法少女の情報の開示を求めていますが日本政府にも開示するだけの情報が無いのが現状です。それを踏まえて現状の調査結果を教えて頂けますか?」
隼人は、幾つかの資料を並べる。
「本人の特定には、至っていませんが、幾つかの事が判明しています。一つに問題の少女が学生であり、少なくとも平日の昼間に授業を受けていました」
家久が資料を確認しながら告げる。
「なるほど、それは、大きな収穫です。該当の日に授業を受けていない人間は、対象から外れるのですからね」
隼人が頷く。
「チュパカブラの事件の発生から到着の時間を考えて、移動に関する時間制限は、皆無。正、チュパカブラの情報がネットに流れ無い場合は、来ない場合もありました」
「詰り、チュパカブラに関する情報は、ネットに依存しているって事ですか。それは、使えますね」
家久の言葉に隼人が釘を刺す。
「偽情報でおびき出して確保するというのは、最終手段にして下さい。それをやった場合、それ以降魔法少女のが出てくる可能性が落ちるのが考えられます」
苦笑する家久。
「確かに、自分の事情を最優先すると明言している相手だ、考慮しよう。ただし、最終手段としては、取る可能性がある事もある」
「解っています。そうならない様に私が探し出します」
隼人の答えに家久が何処か皮肉めいた顔で言う。
「早い成果をお待ちしています」
その様子から、どれだけ困難なのかを承知しているのだろう。
「昨日のニュース観た!」
不機嫌そうな顔で言ってくる明美に光男が応じる。
「観た観た。あのオバハン、助けてもらったって言うのにマミちゃんをボロクソ言いやがって、ふざけるなよな」
「そうそう。嫌だね、自己中心的なオバハンは」
辟易している明美に対して、魔美が諌める口調で言う。
「娘を亡くしたんですしょうがない事です。あちきとしましては、これが元で魔法少女を英雄視する動きが無くなるのを期待します」
「そうだな、素性も解らない魔法少女頼みなんて綱渡り的な対応じゃ、危なすぎるからな」
一志がもっともらしく言うと光男が肩をすくめる。
「またかよ、どうしてお前等は、そう現実的なんだ。もう少し夢とか希望とかないのかね?」
「そんな不確定な物に命を預けるなんて恐ろしい事は、考えたくないな」
一志が即答すると魔美も頷く。
「そうですね。魔法少女なんて非常識な物は、とっとと居なくなって欲しいですね」
「えー、あたしは、ずっと居て欲しいよ」
明美の主張を光男が強く肯定する。
「そうだ! 魔法少女は、全人類の夢なんだ!」
呆れた顔でため息を吐く一志と魔美であった。
放課後のコンピューター部の部室。
「仕方なかったと思うけど多少は、罪悪感は、あるよ」
魔美の言葉に一志がディスプレイに全世界に広がる被害数を表示する。
「諦めなよ。この数を魔美一人でどうにか出来るわけじゃない。それに自分でも言っていただろう、母親が助けられただけでも君は、いい事をしたんだよ」
魔美が微笑む。
「ありがとう。でも、ずっとこのままって言うのは、来年は、受験だし流石に嫌」
「それは、大丈夫だ。大人も馬鹿じゃない。少しずつだけど、何かしらの対応を打っている」
一志が次に表示したのは、宗教団体と海外の政府が協力関係を結ぶという記事だった。
「エクソシストね。でも本当に有効なの?」
魔美が懐疑的な表情を見せると一志がいくつかの資料を展開かける。
「カトリックのエクソシスト自体は、効果は、低い。どちらかと言うと修験者みたいな宗教的な鍛錬を行った人間の攻撃の方が有効みたいだ。ここにある様に、君みたいに倒せなくても、ダメージを与えて逃走に成功したって例は、いくつか見られる」
複雑な表情を見せる魔美。
「うーん、このままだと、倒せる様になるのは、何時ぐらいなのかな?」
一志が淡々と答える。
「このままじゃ十年近くかかりそうだね」
「冗談止めてよ」
不機嫌そうな顔をする魔美に一志が楽しそうに笑う。
「ごめんごめん。こっちもフォローしている。君が使っているステッキのシステムをそれと無く流出しているから、それを実用化出来れば、その内退治できるだろう。そこで提案なんだけど」
一志が言ってきたの話を聞いて魔美は嫌そうな顔をする。
「はー、大人って本当に汚いのね」
「そんな大人を利用している僕達だけどね」
苦笑する一志であった。
地方にあるアウトレッドモール。
その日は、やたら外人が多かったのには、理由があった。
「今回の作戦は、理解しているな」(英語)
「はい、偽チュパカブラを使って、魔法少女をおびき出して確保する事です」(英語)
「これ以上、チュパカブラの被害を増やす訳には、行かない。その為にも日本人が独占している魔法少女を確保が重要なのだ」(英語)
そんな会話が事務所に偽装された作戦司令室で行われていた。
彼らは、CIAであり、今回の作戦の為に日本政府から強制徴収したチュパカブラの死体まで用意していた。
そして作戦が動き出す。
内部を機械で作ったチュパカブラモドキを動かして騒動を起こしたのだ。
それがネットにあがる。
その間、警察の動きは、CIAの別働隊が牽制していた。
作戦は、完璧と思われていた。
そして作戦通り、魔法少女、マミが現れる。
「はーい、魔法少女ナチュラルマミ参上!」
気楽にポーズをとるマミを真剣な顔をした外人達が取り囲んでいた。
マミは、呆れた顔をしてステッキをチュパカブラモドキに投げつける。
意外な行動に動揺する中、ステッキの解放部分開き、そこからゆっくりボイスが流れ出る。
『はーい、CIAの皆さん、三文芝居ご苦労様です。その御代、このステッキは、魔法少女が使っているのと同じです。この解放部分に意思増幅のアイテムを入れて使います細かい仕様は、取り扱い説明書を見てください』(英語)
開いた口が塞がらないって顔をするCIAを尻目にマミが手を振って退散するのであった。
「えーと、これってどうなんですかね?」(英語)
部下の問い掛けに作戦責任者が長い沈黙の後、搾り出すように言う。
「……、魔法少女から重要アイテムを奪取。作戦は、最低条件であるが成功である」(英語)
言ってる本人すら、納得できない答えで締めるしかなかった。
警視庁の一室。
「という事があったそうです」
おかしそうにCIAの作戦結果を語る家久に難しそうな顔をする隼人。
「笑い事じゃないぞ。こんな事が続けば魔法少女が出てくる可能性が低くなる」
家久は、鋭い目をして言う。
「大丈夫でしょう。今回の件ではっきりしました。確保する必要あるのは、魔法少女だけでなく、CIAの作戦も逆手にとるブレインもです。貴方には、それも重ねてお願いします」
「魔法少女を後方からバックアップする連中か。魔法なんて物を増幅する謎の装置を作った組織。大きなバックアップと考えるべきか?」
隼人の疑問に家久が答える。
「その背景が見えない以上組織的関与を前提にするのは、危険です。今は、魔法少女を中心に調査を続行してください」
「了解した」
隼人は、調査を続行するのであった。
受験を気にしたりと魔美は、あくまで自分の事情優先です。
一志は、本気で高スペック。
こういうのをチートキャラって言うんでしょうね。
ちなみにゆっくりボイスって言うのは、無料ソフトで文章を読み上げるコンピューター合成音声のことです。