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Il donc vie...

先輩。

作者: 薄桜

今後の布石。


「Il donc vie...」のシリーズの短編。2~3年前の話です。

7月の初旬。外は暑いけど、店の中は冷房がよく効いていて涼しい。

待ち合わせたのは駅の側のカフェで、正面に座る先輩は熱いコーヒーをブラックで、私は氷の浮かんだアイスコーヒーにガムシロップを入れた。

イライラして、必要以上にストローでかき混ぜながら先輩を見るが、彼は在らぬ方向を見ている。別にこの後どうするって予定は決まってないし、まだそんな話まで進んでないし、けど、先輩の態度でそんな気はとっくに失せてしまってる。

「先輩、聞いてますか?」

コーヒー片手に沈黙したままの先輩に、改めて声をかけた。

私は今までずーっと彼に話をしていたつもりだったが、相手はそうではないらしい。

でも、それは今に始まった事じゃない。ずっとそうだ。

「悪い、聞いてなかった。」

今の今までどこも見ていなかった目が私を捉え、口ではそう謝っている。

でもきっと本当は『悪い』なんて思ってなんかない。

「先輩は・・・いえ、いいです。」

言ってしまうと、きっと全てが終わってしまう言葉を押さえ込み、小さくなった氷が浮かぶ薄く水っぽいアイスコーヒーで飲み下した。


 *--*--*--*--*--*


先輩は有名な人だった。

近くの大きな病院の息子で、学業優秀、眉目秀麗・・・は言い過ぎかもしれないけど、背が高くて格好良くて、絵も上手くって、何かのポスターコンクールで賞を貰って全校集会の時に表彰されていたし、バスケ部の練習にはみんなで押しかけていた。

もちろん私、吉井遥香(よしいはるか)も例に洩れず、先輩に憧れていた。

高校に入ってすぐに、一目惚れだった。

きっかけは廊下ですれ違っただけ。

正面から向かって来る、友人とふざけながら歩いている先輩に釘付けになった。

単純? でもそうなんだから仕方がない。


でも、そんな素敵な人には当然のように彼女がいて・・・私だけでなくみんな、ただキャーキャーと騒いでいただけだった。

うん、それはそれで楽しかった。本当はライバルのはずなのに仲間意識?

姿を見かけただけでドキドキしたり、部活の練習をみんなで見守って、よく邪魔だってマネージャーの人や、他の部員の人に追い出されたり・・・ファンクラブって感じのノリだったのかな?


2年になると、受験生になった先輩は勉強に集中するために、バスケ部を止めてしまい、確実に姿を見られる場所が無くなってしまった。


・・・それから、彼女と別れたって情報が私達の中で流れた。

確かに同級生の彼女と一緒にいる姿を見かける事はなくなり、これは本当に別れたのかもしれないって、みんな浮き足立った。


「遥香も告白してみたら?」

窓の外に先輩の姿を見つけて、騒いでいたら友達の真里絵が肩に手を置いて言った。

何人かが当たって砕け散った後の事だ。

「・・・何で?」

「見てるだけで楽しい? 玉砕覚悟で行ってみたら?」

「・・・玉砕は嫌だな。」

見てるだけでも結構楽しい。自分が恋してて、いっぱい『もしも』を色々考えて、同じような子達とその思いを共有する事で満足していた。

「まぁ、運が良ければOKもらえるかもしれないし、断られても多少は記憶に残るんじゃない? 遥香、今のままじゃ先輩の記憶にも残らないよ? 一方的な片思いで終わるのって、あたしはそういうのやだなー。」

真里絵は先輩にまったく興味は無くて、いつものぼせている私を軽くいなして少しからかう。でも、いつも私に正面から向かってくれる良い友達、大事な親友だ。

それはきっと彼女の本音で、その気持ちは私にも理解できた。


私は帰り道に文具店に寄り、色々悩んで白いレースの便箋を買った。


先輩に自分の存在を知ってもらう。

それがとても魅力的に思えたのだ。

私はずっと集団の一人で、きっと先輩にとっては、背景くらいにしか思われてないんだと真里絵の言葉で気付かされたから。


だから・・・いっぱい考えて、ほとんど徹夜で書いた手紙を、いつもより早く学校に行って先輩の下駄箱に入れた。


-----------------------------------------------

 宮原先輩


  お伝えしたい事があります。

  放課後に体育館の裏までご足労下さい。


             2年C組 吉井 遥香

-----------------------------------------------


『好き』って言葉はやっぱり自分で伝えたかったから書きたくなくて、勢いで書くと果たし状みたいになりそうで、来て下さいってのもありがちかなって・・・。

結局、ちょっと妙な手紙になったけど、それが功を奏したのか先輩は放課後に体育館の裏に来てくれた。


たぶん、「好きです付き合ってください。」って言ったと思う。

ガチガチに緊張してて、それくらいしか思いつかなかったと思うし、先輩の返事で全部飛んじゃったからよく覚えてない。

「いいよ。」

って、先輩の口から出たその言葉が信じられなかった。

昨日からの私の中でのシュミレーションでは、確かにそんな言葉を思い描いていた。

でも、

実現するとは思っていなかった。真里絵の言うように玉砕を覚悟してこの場に来たから。「ごめん」って言われたら、何て言って先輩から離れようかとか、泣かないようにしようとか、そんな事しか考えてなった。

「どした?」

呆然として固まってしまった私の頭に、ポンポンと先輩の手が触れた。



「真理子・・・どうしよう、先輩が・・・」

「ん、振られた?」

ふわふわした状態で教室に戻り、私が戻ってくるのを待っててくれた真理子に思わず縋りついた。告白に行く前は「頑張って来ーい」と送り出してもくれた。

今は慰める気マンマンの彼女に、思いっきり首を横に振った。

「いいよって、返事くれて・・・アドレス交換して、今から一緒に帰ろうって。」

「は?」

「信じられないのは重々承知です。私も信じられません。」

真里絵は急に笑い出して・・・落ち着くと。

「良かったね。」

って抱きしめてくれた。


一緒にバスケ部の練習を見て、一緒に先輩の話をしていた人達とは、疎遠になって・・・時々ちょっと痛い視線を感じるけど、でも私は幸せだった。


しばらくは舞い上がった状態で・・・帰りは先輩と一緒に帰ったりしたけど、今考えるとあんまり彼女って感じがしなかった。私は男の人と付き合うのは初めてで、どうしていいかわからなかったし、先輩はいつも何となく疲れてる感じがした。

「帰ると家庭教師付けられて、みっちり勉強。」

「絵描いていたいけど、医大に行かなきゃいけない。」

「学校が休憩場所。」

「親がうるさい。」

・・・とか、先輩はそんな事をぼやいてた。

羨ましいような環境にある人でも、それはそれで色々苦労があるんだなって、頑張ってる先輩がすごいなって、その時は思ってた。


一度、お昼にうっかり隣で寝ちゃった先輩に・・・つい出来心でほっぺたにキスしたら、ぱちって目が開いて・・・本格的なキスをされた。

それくらいかな? うん、とりあえずは。



先輩は見事医大に合格した。


3月になり先輩は卒業しちゃって・・・今度は私の番だ。



本格的に勉強をしなきゃいけなくなる前に、無理を言ってデートに誘った。

「先輩、水族館行きませんか?」

古くなって新しく建て直したばかりの電車で3つ向こうの水族館に、電話をして誘ってみた。大学が忙しいのか、先輩からは連絡をくれない。

「いいよ、いつがいい?」

けど先輩は、あっさり快諾してくれる。


・・・だったら本当は先輩から連絡が欲しい。



デートでは彼女なんだって気分をしっかり味わえた。

少し日差しが強くなった頃、先輩は黒い開襟のシャツの長い袖を捲って、微笑む姿が眩しかった。きちんとエスコートしてくれる姿は格好良くて、素敵なお店で食事して、大学での話も少ししてくれた。


けど、絶対に時々違う事考えてる。


「遥香、デートどうだった?」

月曜に真里絵に聞かれた。

「うん、水族館きれいだったよ。水槽おっきくて、魚ってあんなにきれいだと思わなかったよ。」

「へー、私もそのうち行きたいな。」

「うん、お薦めだよ。お昼もさ素敵なお店に連れてってもらっちゃった。ランチだけどフレンチレストランなんて初めてだった。」

「次元が違うね・・・。それで先輩はどうだった?」

「・・・あ、うん。格好良いよね、・・・本当。私でいいのかな?」

先輩がこっちを見てくれないのは、私じゃ不満だからなのかな? 私本当に先輩の彼女なのかな?

目頭がふいに熱くなった。

「遥香?」

「ごめん、目にゴミ入っちゃったかな? ちょっと痒くなっちゃった。」

慌てて擦って、涙を誤魔化した。




何となく最初からそんな気がしていた。

やさしいけど、受身で、彼氏なんだけど、彼女を見てない。




縁が切れてしまわない程度に連絡を入れて、私も勉強に身を入れた。


悔しかったから。


先輩とは進みたい道が違うし、そこまでのレベルでもないから、同じ大学へ追いかけて行こうなんて思いもしなかったけど、あまり遠くには行きたくなかったし、一つ上のレベルの大学に行けるようにって。



春になって希望の大学に通い始めると、自分のペースが掴めるまではバタバタした。

同じ授業を取ってる人と仲良くなったり、もっと新しい友達作るためにサークルに入ったり。先輩も去年はこうだったのかなって、そこだけは納得した。


 *--*--*--*--*--*


一度大きく深呼吸をして、もう一度ストローを(くわ)えてコーヒーを一気に吸い込んだ。水っぽいけど、その分冷たくてカキ氷を食べた時みたいにキーンと頭に響いた。

でもそのおかげで、大きな声を出さずに済んだ。

「先輩、久し振りですねって、いつもこの言葉から始まるの嫌なんですけど?・・・って言ったんです。」

「悪い。今俺、家で揉めてて・・・。」

先輩は無造作に頭を掻いて申し訳なさそうな顔してるけど、今に始まった事じゃ無い。気付いてからもう何ヶ月? 先輩が卒業してからは確実にそうだ。

「私から連絡しないと、全然連絡してくれませんよね?」

「んー、お前がくれるからな。」

何それ安心? 私はずっとイライラしてるのに、そんな言葉を事も無げに言ってくれる先輩にムカッときた。

「…そうですか。」

わかりました。

当分っていうか、先輩から連絡してくれるまで絶対に連絡入れないから!

こうなったら持久戦覚悟よ!!

「私帰ります。」

「そう、何か用事あるのか?」

「・・・はい、これから真里絵に会ってきます。」

これから連絡入れて、都合が合えば思いっきり愚痴聞いてもらう。

「そっか、」

・・・それだけ? 引き止めたりしてくれないんですね。


『私達、本当に付き合ってるんですか?』


飲み込んだ言葉がお腹の中で、毒でも出してるみたいだ。

胃の辺りが重たくて、苦しい。


「じゃぁ先輩、また、」

「あぁ、気をつけてな。」


気をつけてって、そんな気遣いができるなら他の事気遣ってよ!


店を出るなり携帯を取り出して、真里絵の携帯に電話した。


「もしもし、真里絵? ごめん今時間ある?・・・」



あの男は、私の事なんかきっとどうでもいいんだ!

だって、興味があればもっと私の事気にしてくれるはずよね?


・・・私は今まで何やってたんだろう?


でも、このままじゃ悔しくて振る事もできないんだから!!


読んでくださってありがとうございます。

今回きっとチェック甘いので、おかしな所があったらごめんなさい。


先輩はもちろん芳彰です。

彼の心情と、持久戦の遥香の逆襲が描けるのは、いつになるのか・・・

まだそこまで辿り着いていないので。


まず、「親友ともう一歩」の2章目仕上げて、

その後最低4本書いて・・・それからくらい?


ちなみに遥香は、「いつの間にか切れた」と

「大人になるまでに。」の5部目で芳彰に表現されてる子です。

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