白い骨を見た日
一.
祖母が死んだ。
焼かれたあとの白い骨を、私は見た。
悲しみ、という言葉はどこか薄い。
薄くて広い布のようで、体の中で渦を巻くあの感覚を、包みきれない。祖母が死んだあの夜、私は言葉を一つも持っていなかった。
病院の廊下は白く、蛍光灯の光は均等に、無関心に、すべてを照らしていた。廊下の向こうで看護師が何事もなさそうに歩いていた。世界は続いていた。なにごともなく、当然のように。
もう祖母はいない。
あの温かな手も、柔らかな白髪をたたえた頭も、曲がった小さな背中も、あの笑顔も、もう、ない。
祖母の手が好きだった。節くれだって、茶色い染みがいくつもあって、若い頃の面影などどこにもないのに、その手に触れると安心した。子どもの頃、熱を出した夜に額に当ててもらったあの手。「大丈夫よ、大丈夫」と言いながらゆっくりと撫でてくれたあの手。その手がもう、どこにもない。
病院から、死んだ幼い息子をおぶって帰る帰り道、「そのまま一緒に死んでしまおうと思った」と、生前、祖母は言っていた。
幼い頃にその話を聞いた時には分からなかった。なぜそんなことを思うのか。なぜ死を選ぼうと思うのか。子どもだった私にはまるで理解できなかった。
朝が来て、昼が来て、夜が来る。
そして、また朝が来る。その繰り返しの中で、その人だけがいない。ずっと、いない。
──祖母の存在が消えた。
手足も歯もガタガタと震えた。
身体というのは正直だと思った。頭が処理できないことを、身体が処理しようとする。震えは止まらなかった。自分でも止められなかった。誰かが私の肩に手を置いた。父だったか、母だったか、もう覚えていない。
祖母が焼かれて骨だけになった姿を、見たくなかった。
見たくなかったのに、見た。
炉の前に立った時、逃げたいと思った。足が動かなかった。逃げることの方が、ずっと簡単だったはずなのに。
──目を逸らしてはならない。
父は「無理に見る必要はないんだぞ」と言った。だが、見なければならないと思った。
白い骨は小さかった。あの曲がった小さな背中よりも、もっと小さかった。係の人が長い箸で骨を拾い上げながら、淡々と名称を告げた。「これが足の骨です」「これが肋骨です」。声に感情はなかった。その仕事の、その静けさが、かえって厳粛だった。
目を開けたまま、その場に立ち続けた。
二.
『死にたい』
常にそう思って生きてきた。
たぶん、中学生くらいから。
最初に気づいたのは、教室の窓から外を眺めていた時のことだ。空は青く、雲は白く、誰かが校庭でボールを蹴っていた。何の変哲もない昼下がりだった。その時ふと、消えてしまいたい、と思った。強い感情ではなかった。ほとんど無意識に、息をするように、そう思った。それが怖かった。こんなにも自然に、そんなことを思ってしまう自分が。
私の世界は、せいぜい学校や会社だった。数十人、数百人の集まり。
それなのに、どうしてこんなにも生きにくいのだろうと思った。たった数十人の、たった数百人の集まりの中で、私はいつも息苦しかった。
ある日、仕事で、私を断罪する会議が開かれた。
取引先への郵送物にパンフレットを入れ忘れるというミスだった。それは入れても入れなくても構わないものだったが、私を吊し上げる会議が開かれた。
「社会人としてどうなんですか」と言われた瞬間、私は何も言えなくなった。
祖母の火葬の瞬間がフラッシュバックした。
苦しかった。
飲み会で、「あなたが残業するせいで皆が帰れない」と苦言を呈された。私だって残業したくてしている訳ではない。
つらかった。
朝、目が覚める。今日も行かなければならない、と思う。身体が鉛のように重い。それでも起き上がって、顔を洗って、鏡の中の自分に「大丈夫」と言い聞かせる。その繰り返し。その積み重ね。
苦しくてつらくて『死にたい』と思う度に、会社を転々とした。
転職の度に、今度こそは、と思った。最初の数ヶ月は、たいていそうだった。新しい環境は、まだ何も持ち込まれていない白紙のようで、清潔で、希望があった。だが時間が経つにつれ、またあの重さが戻ってくる。あの息苦しさが。
転々としながら、この世に苦しくてつらくない場所などあるのだろうか?という疑問が湧いた。
どこへ行っても、同じだった。場所が変わっても、私は私だった。
我慢して我慢して、身体が先に音を上げた。
ある朝、起き上がれなかった。身体が動かない。天井を見ていた。何もない白い天井を、長い時間、ただ見ていた。
三.
診察室は小さかった。医師は穏やかな顔をした中年の男性で、私の話をゆっくりと聞いた。途中、何度か涙が出た。自分でも驚いた。こんな場所で泣くつもりはなかった。だが涙は止まらなかった。ずっとずっと、我慢していたものが、他人に話すという行為の中で、どこかほどけていくようだった。
『死にたい』
この思考がいつの間にか染み付いていた。
『死にたい』と思わない日がなかった。
病気なのだと初めて知った。
医師に「毎日そう思いますか」と聞かれた。「はい」と答えた。
医師は少し間を置いて、「それは、とても苦しかったですね」と言った。
責めなかった。驚かなかった。ただ、苦しかったでしょう、と言った。その言葉が、思いがけず胸に刺さった。
そうか。苦しかったのか。
苦しいのは自分が弱いからだ、と思っていた。苦しいと言葉にすることは、弱さを認めることだと思っていた。だから黙って、我慢して、それをずっと続けてきた。
みんな同じだと思っていた。
この重さを抱えながら、それでも笑っているのだと。そうではなかった。あの重さは、私だけのものだったのかもしれない。いや、私だけではないにしても、当たり前ではなかった。
四.
薬を飲み始めた。
小さな錠剤を手のひらに乗せるたびに、複雑な気持ちになった。これがないと正常でいられない、ということへの抵抗感。それと同時に、これがあれば少し楽になれる、という安堵感。その二つがいつも混ざり合っていた。
薬は、感情を均す。
波が高くなりすぎないように。底に沈みすぎないように。凪いだ海のように、保つ。最初は、その「穏やかさ」が物足りなかった。感情が薄れていくような気がした。喜びも、悲しみも、以前より淡くなった。私はどこへ行ったのだろう、と思った。
それでも、『死にたい』と思う頻度は減った。
毎日だったものが、週に何度か、になった。週に何度かだったものが、たまに、になった。たまに、になった時、ずいぶん遠くまで来たものだと思った。山を登り切ったわけではない。ただ、少し、息ができるようになった。
祖母のことを思い出す日があった。
祖母は知らなかっただろう。孫がそんなことを考えながら生きていたなんて。いつも「元気そうね」と言っていた。その言葉を聞く度に、少し罪悪感があった。元気ではない。でも言えなかった。祖母を心配させたくなかった。
──あの温かな手に、もう一度触れたかった。
そう思う夜がある。触れることはもうできない。でも、あの感触を覚えている。記憶の中で、その手はまだ温かい。
私はまだ、物語の途中にいる。
五.
春になった。
特別な春ではない。去年も春は来たし、来年も来るだろう。ただ、今年の春は少し違って見えた。何が違うのかうまく言えない。ただ、桜の木を見上げた時に、きれいだ、と思った。それだけのことだ。ただ、それだけのことが、以前は難しかった。
心が重い時、きれいなものを見ても、何も感じない。世界はただ、そこにある。色もない。意味もない。ただ、時間が流れるだけだ。
今は少し、色がある。
まだ完全ではない。また波が来る日もある。重くなる朝もある。でも以前とは違う。違うのだということを、自分で分かっている。
祖母が死んで、一年が経った。
一年、私は生きた。
今日も朝が来る。
私は目を覚ます。
──完──




