第1章:理沙と「魔法」(後編)
理沙が帰った後、沙織は一人、ベッドに横になっていた。
夜、十一時。
いつもなら、眠れない時間帯。拓也のSNSをチェックして、胸を抉られる時間。
でも今夜は、違うことをする。
沙織は目を閉じた。
殺すイメージ。
拓也を、殺す。
頭の中で、想像する。
「…っ」
抵抗感が、胸を締め付ける。
人を殺すなんて。たとえイメージだけでも。
でも——
沙織は、拓也の顔を思い浮かべた。
あの、最後の日の冷たい表情。
『ごめん。もう決めたんだ』
振り返りもせず去っていく背中。
そして、SNSで見た桜との幸せそうな笑顔。
胸に、黒い感情が湧き上がる。
憎しみ。
怒り。
そして——殺意。
沙織は、震える手を握りしめた。
やってみよう。
イメージの中で、拓也が目の前に立っている。
あの、爽やかな笑顔。
沙織は——想像した。
拓也が、階段から落ちる。
首が、変な角度に曲がる。
動かなくなる。
「…っ!」
沙織は目を開けた。心臓がバクバクと鳴っている。汗が額に滲んでいる。
怖い。
自分が怖い。
こんなこと、想像するなんて。
でも——
不思議なことに、胸の奥が少しだけ軽くなった気がした。
溜まっていた何かが、少しだけ抜けたような。
沙織は再び目を閉じた。
今度は、もっと詳しく。
拓也が車に轢かれる。
血が流れる。
動かない。
苦しむ顔。
「はぁ…はぁ…」
沙織の呼吸が荒くなる。でも、イメージは止まらない。
次々と、様々な「死」のイメージが浮かんでは消える。
ナイフで刺される。
毒を飲む。
首を絞められる。
そして——
その瞬間、沙織の脳裏に、別のイメージが混ざり込んだ。
暗い夜道。
誰かの背中。
自分の手が、何かを握っている。
硬い、冷たい感触。
振り上げる。
鈍い音。
ゴツン、という。
倒れる人影。
血が、地面に広がる。
「いやああああっ!」
沙織は叫んで、ベッドから飛び起きた。
全身が汗でびっしょりだった。心臓が口から飛び出しそうなほど激しく打っている。
「夢…? いつの間にか、寝ていたの? 全然、寝れなかったのに」
沙織は震える手で、自分の顔を触った。
今の、何?
拓也を殺すイメージをしていたはずなのに。
最後に見えたのは——誰?
あの背中は、拓也じゃなかった。
もっと、小さくて。
そして、あの鈍い音。
あれは——
「ただの悪夢…よね」
沙織は自分に言い聞かせた。
そう、ただの悪夢。
睡眠不足と、変なイメージをしたせいで、頭が混乱してるだけ。
沙織は深呼吸した。
一つ、二つ、三つ。
少しずつ、心拍が落ち着いてくる。
時計を見ると、午前一時を過ぎていた。
いつの間にか、眠っていたらしい。
そして——
不思議なことに、胸の重苦しさが、少しだけ軽くなっていた。
拓也のことを考えても、さっきまでのような激しい苦しみがない。
まさか、本当に効果が…?
沙織は首を振った。
偶然よ。ただの偶然。
でも、心の隅で、小さな期待が芽生えていた。
もしかしたら、本当に——
この「魔法」で、救われるかもしれない。




