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担々麺

それは、写真だった。


誰かがデートの写真をネットに上げていた。

顔は写っていない。

距離もある。

手ブレもひどい。


にもかかわらず、情報量が多すぎる。


背景の店。

時間帯。

影の角度。

持っている紙袋。

履いている靴。


どれも、見覚えがある。


「……そうか」


声にはならなかった。

声にするほどの驚きでもない。

ただ、理解しただけだ。


ただ、写真は淡々と事実を積み上げる。

隣にいるのが誰かは分からない。

だが「誰かがいる」という点だけは確定している。


十分だった。


私はスマホを伏せた。

業務時間外でも、

不要な情報は一度遮断する主義だ。


外に出た。

夜だった。

理由は特にない。


部屋にいると、

写真が頭の中で再生され続ける。


コンビニに入る。

棚を一通り見る。

視線が止まる。


担々麺。


赤い。

主張が強い。

前から苦手だ。


私は辛いものが得意ではない。

好み以前に、体が拒否する。

毎回、胃が会議を開く。


それでも、今日はこれしかない気がした。


担々麺を手に取る自分を見て、

特にツッコミは入れなかった。


部屋に戻る。

お湯を注ぐ。

三分待つ。


この「待つ」という時間は、

配信の開始を待つときと少し似ている。

無駄に考えが進む。


写真が、また浮かぶ。


あの距離感。

あの角度。

あの生活感。


推しは、

誰かの日常の一部になっている。

それは私もだが。


当たり前の話だ。

画面の向こうにいる以上、

こちらが知らない時間のほうが多い。


それを、

写真は必要以上に丁寧に説明してくる。


フタを開ける。


赤い。


視覚情報だけで、

舌が警戒態勢に入る。


一口目。


無理だ。


辛い。

正確には、痛い。


味を判断する前に、

神経が先に文句を言う。


二口目。

汗が出る。

胃が静かに反対意見を提出してくる。


私は担々麺を許容しない。

歩み寄らない。

理解もしない。


ただ、

黙って食べ続ける。


写真も同じだ。


理解はできる。

理屈も通る。

だが、受け入れは別問題だ。


三口目。


涙が出る。

辛さのせいだと思うことにする。


頭の中で、

よくある言い訳が巡る。


どれも、

担々麺の辛さより説得力がない。


半分を過ぎた頃、

胃が本格的に抗議を始める。


それでも、やめない。


やめたところで、

代替案はない。


担々麺は、

私の代わりに苦しんではくれない。

ただ、同じ時間を共有するだけだ。


完食。


口の中が、

しばらく現実に戻ってこない。


水を飲む。

効果は限定的だ。


それでも、

私はスマホを手に取る。


配信通知が来ている。


ああ、

今日はやるのか。


始まる時間が決まっている配信には、

どうしても親近感を覚えてしまう。


写真の件には、

触れないだろう。

触れる必要もない。


私は配信を開く。


推しは、いつも通りだ。

声も、テンポも、間の取り方も。


チャットが流れる。

私は書き込まない。


代わりに、

投げ銭のボタンを押す。


「ありがとう」


画面の向こうで、

推しが笑う。


その言い方が、

こちら側の事情を一切知らない感じで、

助かる。


私だけが

処理落ちしている気がして、

何もしていないはずの設定画面を、

一度閉じて、また元に戻した。

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