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レトルトのお粥

熱が出た。


出方がよくない。

勢いがなく、じわじわ上がってくるタイプだ。

体温計を見るたびに、数字が微妙に更新される。

38.0。

もう一回測る。

38.1。

信用できない誤差で、確実に調子が悪い。


外には出られない。

というか、出る気が起きない。

頭が重く、関節が自己主張を始めている。


私は布団から冷蔵庫を見つめる。

距離にして数メートル。

だが今日は、登山だ。


料理はできない。

というより、したことがない。


冷蔵庫を開ける。

光だけがまぶしい。

中には何もない。

調味料はあるが、今の私は調味料を統率できる状態ではない。


そこで思い出す。

実家からの仕送り。


中身は、

レトルトのお粥が一袋。


一袋だけ。


多くない。

説明もない。

「心配」が形になっていない。


母は、こういうことをする。

過不足を嫌う。

感情を詰め込まない。


この一袋は、

「倒れたらこれ」

それだけだ。


袋を手に取る。

白粥。

主張ゼロ。


裏を見る。

電子レンジ可。


ここで私は、深く安堵する。

鍋も、火も、包丁もいらない。

加工工程がない。

この家に存在していい食べ物だ。


袋を切る。

切り口をミスる。

粥が見える。


それだけで、少し疲れる。

熱があると、全てが一工程多い。


マグカップに立てる。

立たない。

この袋も、今日は自立する気がない。


なんとか固定して、レンジへ。

2分。


待っている間、

私は床に座り込む。

立っていられないほどではない。

だが、立つ理由もない。


ピッ。


取り出す。

熱い。

当たり前だが、今日はそれが新鮮だ。


器は使わない。

洗うという未来が見えるからだ。

私は袋のまま食べる。


一口目。


味が、ない。


だが、不快ではない。

評価する必要がない。


二口目。

胃が、仕事を始める。


三口目。

体が、納得する。

「今日はこれでいい」と。


気づく。

私は今まで、

元気な自分基準で食べ物を選んでいた。


弱った自分のための食事を、

用意したことがなかった。


この粥は、

頑張れとも、治れとも言わない。

ただ、通す。


食べ物が、

体の中を通っていく感覚だけがある。


途中で、少し泣きそうになる。

理由は分からない。

たぶん、熱のせいだ。


完食。


量は少ない。

でも、ちょうどいい。


胃が静かだ。

世界も、少し静かになる。


布団に戻る。

スマホを見る。


通知は、まだない。


この粥は、

「何もできなくなった自分を、否定しない食べ物」だ。


料理ができなくてもいい。

冷蔵庫に何もなくてもいい。

今日は、これで生き延びた。


熱はまだある。

明日も分からない。


それでも、

ちゃんと食べたという事実だけが、

私を人間側に戻してくれる。


レトルトのお粥は、

味で勝負しない。

量でもない。


「今日は、ここまででいい」

それを、黙って差し出す。


それが、

一番のごちそうだった。

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