完璧な唐揚げ
完璧な唐揚げは、存在するらしい。
そう思ったのは、映えてる唐揚げ定食のあとだった。
軽く、きれいで、正解しか言わない唐揚げ。
あれは悪くなかったが、腹の奥に何も残さなかった。
私は思った。
唐揚げには、もっとあるはずだ。
圧とか、説得力とか、黙らせてくる何かが。
そこで私は、口コミを調べ始めた。
星は4.7。
「人生変わった」
「ここ以上はない」
「唐揚げの概念が崩壊」
言葉が強い。
強すぎる。
だが今回は、強さを信じることにした。
店は住宅街にあった。
看板は小さい。
だが、口コミによると「分かる人には分かる」らしい。
もうこの時点で、期待値が危険な高さにある。
並ぶ。
30分。
私はその間、口コミを再読する。
「衣と肉の一体感が異次元」
「噛んだ瞬間、理解する」
「説明不要」
説明不要と言われると、こちらは説明を求めてしまう。
人間とはそういう生き物だ。
入店。
店内は、静か。
BGMはない。
揚げ油の音だけが、正解を主張している。
メニューは一枚。
唐揚げ定食のみ。
サイズも選べない。
私はうなずく。
完璧とは、選ばせないことだ。
来た。
見た目は、普通。
驚くほど普通。
盛り付けも、映えない。
山でもない。
立ってもいない。
私は一瞬、不安になる。
だが、口コミを思い出す。
「見た目で判断するな」
箸を持つ。
一個目を持ち上げる。
……重い。
ちゃんと重い。
これは良い兆候だ。
私は静かに、期待を最大まで引き上げる。
噛む。
……。
私は噛み続ける。
二噛み、三噛み。
おいしい。
確かにおいしい。
衣は軽く、肉はジューシー。
塩加減も、揚げ具合も、非の打ち所がない。
だが。
完璧、か?
脳が急に忙しくなる。
口コミが脳内で会議を始める。
「人生変わった?」
「概念、崩壊した?」
「異次元?」
私はもう一口食べる。
同じ味だ。
ブレがない。
それは、すごい。
二個目。
三個目。
安定している。
あまりにも、安定している。
ここで気づく。
この唐揚げ、私に何も要求してこない。
写真を撮れとも言わない。
急いで食べろとも言わない。
米を呼ばない。
主張しない。
ただ、正解を出し続ける。
私は困る。
完璧な相手と、どう向き合えばいいのか分からない。
白米を食べる。
合う。
味噌汁を飲む。
合う。
キャベツも、ちゃんと意味がある。
全部が、正しい。
正しすぎる。
終盤、私は焦り始める。
このまま食べ終えたら、
「完璧だった」と言うしかなくなる。
だが、心が追いついていない。
完食。
皿は、きれいだ。
胃も、満足している。
文句はない。
会計で店主が言う。
「どうでした?」
私は一秒、間を置く。
そして答える。
「おいしかったです」
それ以上は、言えなかった。
外に出る。
空は普通。
世界は変わっていない。
歩きながら思う。
完璧な唐揚げは、確かに存在した。
だが、完璧すぎて、記憶に引っかからない。
帰り道、私はもう次を考えている。
少し焦げていて、
ちょっとしょっぱくて、
店主の機嫌で味が揺れる唐揚げ。
たぶん私は、
完璧じゃない唐揚げのほうを、
ずっと探している。




