ハンバーガー
そのハンバーガーは、普通に置いてあった。
駅前の個人経営の店、昼のピークを少し外した時間。紙に包まれ、トレーの中央に、重心を保って。
それを見た瞬間、嫌な予感がした。
完成度が高すぎたのだ。
バンズは潰れていない。レタスははみ出しているのに、計算された散らかり方をしている。パティは肉の主張をしすぎず、しかし存在感を失っていない。チーズは「溶けました」と自己申告する角度で垂れている。
これは、食べるときに試されるタイプのバーガーだ。
「お待たせしました」
店員は軽く言った。
軽すぎる。
このバーガーが持つ圧を、何も分かっていない。
覚悟を決め、包み紙を少しだけ開いた。
香りが出る。肉、脂、パン。
脳が「成功体験」と誤認する匂いだ。
最初の一口は、重要だ。
ここで失敗すると、最後まで取り返せない。
角度を調整し、口を開けた。
その瞬間、事件は起きた。
下のバンズが、逃げた。
正確には、滑った。
パティの肉汁とソースの合わせ技で、下方向にズレたのだ。
反射的にバーガーを持ち上げる。
持ち上げた結果、上のバンズと中身が分離する。
分解。
これはもう、ハンバーガーではない。
サンドイッチの失敗作だ。
一度、すべてを置いた。
呼吸を整える必要があった。
周囲を見る。誰も見ていない。
だが、見られていなくても、これは私とバーガーの問題だ。
再構築を試みる。
パティを戻す。
レタスが反抗する。
トマトが斜めになる。
チーズは、もう元に戻る気がない。
この時点で、気づくべきだった。
このバーガーは、協力型ではない。
二口目。
今度は強気でいく。
すると、ソースが手首に垂れた。
白いシャツだ。
昼休みだ。
午後はオンライン会議だ。
バーガーを睨む。
バーガーは何も言わない。
ただ、重い。
結局、私はナイフとフォークを取った。
店内の空気が一瞬、変わる。
ハンバーガーにナイフとフォーク。
一線を越えた人間を見る目だ。
だが、もう引き返せない。
切る。
切った瞬間、肉汁が流れる。
包み紙が吸う。
吸いきれない。
最終的に、無言でそれを食べ終えた。
満腹ではない。
達成感もない。
あるのは、軽い敗北感だけだ。
レジで会計をしながら、店員が言った。
「うちのバーガー、ちょっと食べにくいですよね」
私はうなずいた。
その言葉で、すべてが報われた気がした。
外に出る。
手首のソースは、まだ取れない。
でも、今日はそれでいい。
ハンバーガーとは、そういう食べ物だ。




