婚約破棄されたので「貸した金、今すぐ返して」と言ったら、横から氷の公爵様が「利子込みで俺が払おう、彼女ごと」と即決した件
学園の大講堂は、華やかなドレスと音楽、そして若者たちの熱気に包まれていた。
卒業パーティー。それは学生生活の終わりであり、多くの生徒にとっては「大人」としての社交の始まりでもある。
その華やかな舞台の中央で、裂帛の気合いが入った声が響いた。
「エルナ! 地味で可愛げのないお前との婚約は、今ここで破棄する!」
音楽が止まる。
踊っていたペアたちが驚いて足を止め、視線が一点に集中した。
声の主は、私の婚約者であるカイル・バートン子爵令息。
彼は私のことなど見向きもせず、小柄で可愛らしい男爵令嬢、ミナの腰を抱き寄せていた。
「僕は真実の愛を見つけたんだ! ミナこそが僕の運命の相手だ。お前のような、金のことしか頭にない冷血女とは願い下げだ!」
カイルが得意げに叫ぶ。
周囲からは、ひそひそと私を嘲笑する声や、哀れむ声が聞こえてくる。
ああ、やっぱり。
私は驚くどころか、深く納得していた。
いつかやるだろうとは思っていたけれど、まさかこれほど大勢の前で、しかも卒業という節目の日にやらかすとは。
(……馬鹿なの?)
けれど、好都合だ。
私は扇で口元を隠し、表情筋を整える。
悲しむフリをする必要はない。これはチャンスなのだから。
「カイル様。それは本気でおっしゃっていますか?」
「当たり前だ! もうお前の顔など見たくもない!」
「そうですか。婚約破棄、確かに承りました」
私は即答した。
一瞬も縋りつかない私の態度に、カイルが鼻白む。
期待していた反応ではなかったのだろう。「泣いて謝れば、側室くらいにはしてやってもいい」とでも言うつもりだった顔だ。
「……ふん、強がりを。まあいい、これで僕たちは他人だ」
「ええ、他人ですね。赤の他人です」
私は一歩、彼らに近づいた。
そして、ドレスの隠しポケットから、魔法で縮小しておいた一冊の『帳簿』を取り出し、元のサイズに戻す。
ドサッ、と重厚な音が響いた。
「な、なんだそれは」
「我が家の家計簿……から抜粋した、貴方への『貸付金台帳』です」
私はページを開き、朗々と読み上げ始めた。
「先月の夜会用の衣装代、金貨10枚。先々月の馬車の修理費、金貨5枚。ミナ様へのプレゼント代として請求された『参考書代』、金貨8枚……」
「や、やめろ!」
「合計で、金貨300枚になります」
私は帳簿を閉じ、にっこりと微笑んだ。
「婚約者だからこそ、将来の家族への投資として無利子・無期限でお貸ししていましたが……『他人』になった以上、話は別です。今すぐ全額、返済してください」
会場がざわめいた。
金貨300枚といえば、小さな屋敷が買えるほどの金額だ。子爵家の三男であるカイルに払える額ではない。
カイルの顔がみるみる赤くなる。
「そ、そんな金、あるわけないだろう! だいたい、あれは僕への愛の証としてお前が勝手に……」
「愛? 愛とは、信頼の上に成り立つものです。浮気相手への贈り物をねだるような方に注ぐ愛など、持ち合わせておりません」
「き、貴様……!」
カイルが逆上し、手を振り上げた。
暴力で訴えるつもりか。本当に救いようがない。
私は護身用の魔道具に手をかけようとした。
——その時だ。
「そこまでだ」
絶対零度の声が響いた。
空気が凍りついたように静まり返る。
人垣が割れ、一人の青年が歩み出てきた。
黒髪に、氷のような青い瞳。長身を包むのは、王家主催の式典でも通用するような一級品の礼服。
「……リオン、様?」
我が国の筆頭公爵にして、若くして騎士団長を務める『氷の公爵』、リオン・アークライト様だった。
彼は私とカイルの間に割って入ると、カイルを見下ろした。
ただ立っているだけで、圧倒的な威圧感が放たれている。
「こ、公爵閣下……! これは痴話喧嘩でして……」
「痴話喧嘩? 一方的に暴力を振るおうとしたのが見えたが」
「い、いえ! この女が、ありもしない借金をでっち上げて……!」
「ありもしない?」
リオン様が片眉を上げる。
そして、私の手から帳簿をひょいと取り上げた。
「……日付、金額、そしてカイル、貴様の署名入りの借用書も挟んであるな。筆跡鑑定をするまでもない、本物だ」
「なっ……」
「エルナ嬢の管理能力は学園でも評判だ。彼女が数字をごまかすわけがない。つまり、貴様は公衆の面前で元婚約者を恐喝し、踏み倒そうとしたわけだ」
リオン様の視線だけで、カイルがガタガタと震え出した。
隣のミナ嬢は、すでにカイルから距離を取って他人のフリをしている。動きが早い。
「そ、そんなつもりじゃ……ただ、今は持ち合わせが……」
「ならば、詐欺罪で衛兵を呼ぶか? それとも我が家門の名において、貴様の実家に請求書を回そうか。子爵家がどうなるかは知らんが」
詰みだ。
誰の目にも明らかだった。
カイルはその場に崩れ落ちる。
「……ふん」
リオン様は興味を失ったようにカイルから視線を外すと、くるりと私の方を向いた。
氷の瞳が、私を射抜く。
怒られるのだろうか。パーティーの空気を壊したことについて。
私が身構えると、彼は突然、私の手を取った。
「金貨300枚だったな」
「……はい?」
「その借金、俺が肩代わりする」
会場中の時が止まった気がした。
私も思考が停止した。
なぜ公爵様が?
「あ、あの、リオン様? これは私の個人的な……」
「300枚どころか、倍の600枚払おう。慰謝料込みだ。その代わり」
彼はぐっと顔を寄せ、私だけに聞こえる声で囁いた。
「——この有能で魅力的な女性を、俺の妻として貰い受ける。文句はないな?」
「は……はい!?」
今、なんと?
妻? 私が?
呆気にとられる私を見て、普段は表情を崩さない『氷の公爵』が、口元を緩めて楽しげに笑ったのだ。
その笑顔の、なんと破壊力の高いことか。
「カイルとの婚約が邪魔で手が出せなかったが……向こうから破棄してくるとは、僥倖だった」
「え、えええ……?」
「さあ、行こうかエルナ。返済計画……いや、これからの人生設計について、たっぷりと話し合おう」
彼は有無を言わせぬ強引さで、私の腰を抱き寄せた。
その手つきは、まるで宝物を扱うように優しく、けれど絶対に逃がさないという独占欲に満ちていて。
呆然とするカイルとミナ、そしてどよめく生徒たちを置き去りにして、私たちは会場を後にした。
後に聞いた話では、カイルの実家には公爵家から正式に監査が入り、借金以上の不正が発覚して没落。ミナ嬢もまた、別の男性に乗り換えようとして失敗したらしい。
そして私はといえば。
氷の公爵様の執務室で、彼の膝の上に抱えられながら、この国の国家予算並みに複雑な領地経営の手伝いをさせられている。
もちろん、「妻」として。
「エルナ、ここの計算が合わない。検算してくれ」
「リオン様、自分でできるでしょう? それに、離してください。仕事になりません」
「嫌だ。充電中だ」
首筋に顔を埋めてくる旦那様は、ちっとも「氷」じゃない。
借金の代償はあまりにも高く、そして甘くついたようだった。
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