恋する伯爵令嬢
ジュリエット伯爵令嬢はその男性をひとめ見た時に、恋におちた。
それは婚約破棄を宣言した第三王子の顔面に、ドロップキックをお見舞いしている時のことだった。
二人は見つめ合う。
とび蹴り途中のジュリエット伯爵令嬢には、まるで時間が止まったかのように感じた。
「大丈夫ですか」
着地に失敗して床に転がるジュリエット伯爵令嬢に、手を差し出すその男性。
「ありがとうございます」
その手をとり、起き上がるジュリエット伯爵令嬢。
二人とも自己紹介の言葉が出てこない。
しばらくして、二人とも手を握ったままのことを気がつき、あわてて手を離す。
手を離して逆に相手が触れていたことを意識してしまい、二人は顔を真っ赤にする。
二人は、自分が恋をしたことを自覚した。
次にジュリエット伯爵令嬢がその男性に会ったのは、第三王子にヘッドロックをかけているときだった。
「だから、この女は伯爵令嬢ごときの身分で、王子の僕に対して不正は止めろといいやがったんだぞ。僕は偉いんだぞ。泣いて謝るなら許してやっても、おい、近づくな。誰か、そいつを止めろ。離せ。頭を締めるな。痛い」
裁判の証言台で、王子を黙らせたジュリエット伯爵令嬢は、傍聴席にいたその運命の男性を見つけた。
「どうして、こんなところに?」
「親父から社会勉強とかでいろいろな裁判を見に来たんですけど、正直退屈で。何度も眠ってしまいましたよ」
ジュリエット伯爵令嬢はいたずらっ子の笑みを浮かべながら言った。
「それなら、こんな退屈な裁判なんて抜け出しませんか?」
その男性は、共犯者の笑みを浮かべる。
「それはいいですね」
「おい。副騎士団長。被告を止めろ」
「あのジュリエット伯爵令嬢を止めるなんて無理に決まっているでしょう。騎士団長が止めてくださいよ」
「無理に決まっているだろ」
「ふふふふ。抜け出しちゃいましたね」
「抜け出しちゃったな」
「私、普段はこんな大胆なことはしないんですよ」
「僕だってそうさ」
男性はジュリエット伯爵令嬢の手をとる。
唇を重ねようとする男性から、するりと身をさけるジュリエット伯爵令嬢。
「あら。私は、名前も知らない男性と、はしたない真似をする女性ではありませんよ」
「失礼。それでは、踊っていただけませんか?」
「よろこんで」
音楽もない中で、二人は踊る。
「次は名前を教えてくださいね」
来週に会う約束をした二人の再開は、それよりも早かった。
翌日、前回と同じく婚約破棄騒動の裁判中に、証言台にいたジュリエット伯爵令嬢を見つけ、男性は微笑む。
「君に会えるなんて、なんて僕は幸運なんだ」
ジュリエット伯爵令嬢も笑顔になる。
「今日も見学ですか」
「いや、今日は妹をむかえに」
「ロミオお兄様」
と、ジュリエット伯爵令嬢にコブラツイストをかけられているリタ伯爵令嬢が言った。
ジュリエット伯爵令嬢は顔面を蒼白させる。
「まさか、あなたはモンタギュー家の人間なのですか?」
その問いに、その男性、ロミオ伯爵子息は頷く。
ジュリエット伯爵令嬢は悲痛な声を出す。
「私はキャピュレット家の人間です」
キャピュレット家とモンタギュー家。この王国で長年いがみ合う因縁の二つの伯爵家だった。
その日から一か月程、キャピュレット家は暗い空気に包まれていた。
いつでも明るく、みなを笑顔にするジュリエットお嬢様が、部屋に引きこもり出てこなかった。
「大丈夫です。私はキャピュレット家の人間です。その責任はきっちりと果たします。ですか、今だけは一人でいさせてください」
一方、モンタギュー家では、普段仕事をのらりくらりとさぼってばかりのロミオおぼっちゃまが、仕事をし続けていることに、みなは心配する。
「お兄様。少しは休憩をいれてください」
「大丈夫だ。僕はモンタギュー家の人間だからな。これぐらいの仕事はしなくちゃ。そうだよ、僕はモンタギュー家の人間だ」
「・・・お兄様」
「あの土地の権利は、キャピュレット家にあることは明白です」
「そんなお粗末な証文など何の効力もない。あの土地はモンタギュー家のものだ」
裁判ではげしい口論をするロミオとジュリエット。
「おい、おまえら。勝手に婚約破棄裁判の内容を変更するな、ぶほっ」
王子は、ジュリエット伯爵令嬢のラリアットでふっ飛ばされる。
「モンタギュー家などと言う下品な家は潰してしまうべきです」
「キャピュレット家なんて最低な家は取り壊すのが当然だ」
「あなたと言う人は・・・」
「君と言う人は・・・」
超えてはいけない言葉を出そうとする二人の間に、リタ伯爵令嬢が立つ。
「二人そろって、何をしているんですか?」
ライバルの静かな問いに、取り乱すジュリエット伯爵令嬢。
「私はキャピュレット家の人間としてやらなければいけないことを・・・」
「あなたは私のお兄様が好きなのでしょう。そんな、くだらないことをするなんて愚かの極みですわよ」
妹の言葉に、ロミオ伯爵子息は弱々しい声を出す。
「僕達は貴族なんだ。個人の恋愛感情などと・・・」
「お兄様は何を世の中をわかったようなことを言っているのですか。貴族の常識なんて十年ぐらいですっかり変わってしまう程度のものなんですよ。そうですよね、お父様達」
リタ伯爵令嬢のよびかけに、ロミオとジュリエットのそれぞれの父親が現れる。
「お前達の恋愛には口を挟まん。ただ、キャピュレット家とモンタギュー家は和解をした。だから、お前たちが個人的につきあうのもいいし別れてもいい。だが、お互いの家を中傷するのだけは許さん」
両家が仲直りをしたことを証明するために、二人の父親は握手をする。それは両家の争いの歴史を知っている者達には信じられない光景だった。
「どうして?」
娘の問いに、父親は答える。
「私は子供の幸せのためなら何だってする。それは、モンタギュー家の奴も一緒だった。あれだけ、憎いと思っていた相手は、自分と同じ人の親だってわかったのさ」
「ありがとうございます、お父様」
ジュリエット伯爵令嬢はロミオ伯爵子息に向き直る。
「ロミオ様。いきなり上が仲直りしろといっても、戸惑う者の方が多く出ると思いますが、どうしたらいいと思います?」
「まずは両家一緒にお祭りを。一緒に酒を飲んで食事をしてバカ騒ぎをする」
「いいですね。いつにしますか?」
「もちろん、今すぐ」
「おまえら、ちょっと待て。婚約破棄裁判はまだ終わってな、ぶほっ」
その夜に行われた両家のお祭りで、花火が打ち上げられる。
その花火の下で、ロミオとジュリエットは初めてのキスをした。
おわり




