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第2話:聖衛隊

ロナは狭い牢の中に座っていた。

尋問の順番を待ちながら、不安で胸が潰れそうだった。

手首と首にかけられた鉄の拘束具は、今の彼女の身体と同じくらい重く感じる。

向かいの牢にいる人物を見ることさえできず、ただ薄汚れた石の床を見つめていた。

床には土や人間の排泄物がこびりつき、もともとの灰色が見えなくなっている。

吐き気が込み上げてきたが、身体はあまりにも強張り、吐くことすらできなかった。

もし時間の感覚が合っていれば、彼女はもう三晩ここに閉じ込められている。

──その三晩は、彼女にとってあまりにも長すぎた。

ついに、扉の外から声が聞こえてきた。

「……出なさい。ついてきなさい」

ソフィアの鋭い声が響く。

恐怖を感じながらも、ロナは黙って頷いた。

立ち上がるたびに、鎖の音が思った以上に大きく鳴り響く。

ソフィアは階段を上がっていき、ロナもその後に続く。

やがて一階にたどり着いた。

部屋の構造はごく簡素だった。

机が一つ、その両側に椅子。

壁には武器と盾が飾られ、机の上には一冊の帳簿。

部屋には全部で四つの扉があった。

彼女たちが入ってきた扉、外に通じる扉──そして、残る二つがどこへ繋がるのかは不明だ。

ロナの思考は一瞬そちらに逸れたが、すぐに現実へ引き戻された。

「座りなさい」

ソフィアの鋭い口調が再び響く。

ロナはおそるおそる椅子に座り、ソフィアもその向かいに腰を下ろした。

「さて、ギーエルが戦うことになった経緯を、あなたの口から話してちょうだい」

ロナはソフィアの目を見つめた。

……疲れてる?

でも、そこまで怖い人じゃないのかも……

思っていたような“拷問”のようなものはされない──

そう気づいた瞬間、ロナの身体から緊張がふっと抜けていくのを感じた。

「えっと……」

ロナは震える声で語り始めた。

「二人の男がギーエルに絡んできて……スパーリングをしようって。

もし彼らが負けたらギルドカードを渡す、でも勝ったら……わたしをもらうって……」

そこまで言って、ロナは一瞬言葉を詰まらせた。

あの男のいやらしい視線が脳裏によみがえり、息が詰まる。

「……それで?」

ソフィアの声は変わらず鋭いが、非情ではなかった。

「……ただ、怖くて……彼らが勝っていたら、何をされていたのか、想像もしたくなかった」

ソフィアは小さくため息をつき、無理に作ったような微笑を浮かべる。

「ギーエルが負けることはなかったわ。もし万が一負けてたとしても、エリスが止めていたはず」

咳払いをしてから、彼女は続けた。

「ともかく、あなた、ギーエル、そしてエリス、全員の証言が一致している。

だから、あなたに対する疑いは晴れた。もうすぐ釈放されるはずよ」

そう言って、ソフィアは机の引き出しから一枚の羊皮紙を取り出した。

その手の動きに、ロナの身体は再び強張る。

「この絵の女と、何か関係がある?」

ロナは羊皮紙を見つめた。

そこには、長いストレートの髪、尖った耳、そして明るい瞳を持つ女性が描かれていた。

「いいえ、わたしは──」

ロナの言葉が止まる。

夢の記憶が、頭の中で再生される。

『その者こそ──破滅の女王。

心乱れる子であり、間もなくお前の前に現れる者。

この世界において、それは運命に刻まれた定め──』

言葉が、脳内に響く。

全身が再び硬直し、喉の奥が詰まる。

「い、いいえ……し、知らな──」

「嘘よ」

ソフィアの声は氷のように冷たかった。

「知らないなら、最初から迷わないはず。……白々しいわ」

ソフィアは椅子からゆっくりと立ち上がる。

その動きはゆっくりと、だが確実で、恐怖を伴うものだった。

「ま、待って……説明する──」

ロナが叫ぶより早く、胃の奥から何かがこみ上げる。

胃液と血が混ざった液体が口から噴き出される。

次の瞬間、ソフィアの拳がロナの腹に深くめり込む。

──そして、鋭い痛み。

壁へ向かって蹴り飛ばされたロナは、声も出せなかった。

思考が静まり返り、恐怖しか感じない。

さらに髪を掴まれ、引きずられる。

外へ、外気が肌に刺さる。

そして、ロナの身体は地面に投げ出される。

そこは孤独な懲罰房だった。風雨に晒される、ただの石の牢。

ソフィアはロナの前にしゃがみ込み、顔を無理やり引き上げて、目を覗き込んだ。

「本当のことは、必ず吐かせる。

──“破滅の女王”に関わる者に、人権なんてないのよ」

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


夜は冷たく、刺すように苦かった。

ロナは新たな牢の隅で身を縮め、身体を震わせていた。

冷たい風が吹き込み、彼女の薄いローブではまるで防げなかった。

通りすがる衛兵たちは、ロナのことをまるで病に冒された動物でも見るかのような目で見ていた。

──どうして……?

どうして誰かのせいで、私が罰せられなきゃいけないの?

これから何が起こるの?

やがて月は雲に隠れ、ぽつりと雨粒が落ちてきた。

続けてもう一滴──雨が降り始めた。

──死んじゃう……

誰か助けて、お願い、こんな死に方はいや……寒い、痛い、怖い……お願い……誰か……!

ロナの心は恐怖に支配され、地面がぬかるんでいく中で体温はどんどん奪われていった。

髪は泥に汚れ、身体の下には水たまりが広がっていく。

けれど、もはや彼女には動ける力すら残っていなかった。

──誰か……お願い……

意識が遠のいていく。

必死に抵抗しようとしても、確信が芽生えていた──

「ここで死ぬんだ」

誤解から来る、無意味で残酷な死。

瞼が閉じようとした、そのとき。

「──あら、目覚めるかどうか、少し不安でしたよ」

ロナの目がかすかに開き、そこにはまばゆいほどの光があった。

黄金のような光があたりを包み、あまりにも暖かく、そして明るい。

冷たい鉄ではなく、柔らかいビロードが背中に当たっている。

彼女の呼吸が乱れた。

湿った土の匂いは消え、代わりに微かにラベンダーが香り、馬車の車輪が軋む音が聞こえる。

──ここは……牢じゃない。

目の前には、美しい女性が座っていた。

黄金色の髪を持ち、深い青の瞳をしたその人は、まるで聖母のようだった。

「ソフィアの行動について、謝らせてください」

その柔らかな声は、ソフィアとは正反対の優しさに満ちていた。

「彼女も騎士として、指揮官としての責務がありますから……悪意があったわけではないのです」

「どこ……ここは……あなたは……?」

周囲を見回すと、そこは豪華な馬車の中だった。

暖かさが信じられず、先ほどまでの苦痛が夢だったのではないかと錯覚してしまいそうになる。

「自己紹介が遅れました。私はアダラ、この国の王に仕える聖女です」

アダラは優しくロナを起こし、座りやすいように手を添えた。

「さて、ロナ。あなたが怖がっているのは理解しています。けれど、いくつかだけ質問をしてもいいですか?」

ロナは戸惑いながらも頷いた。

だが、アダラの微笑みが、その緊張をやわらげてくれた。

「色々と辛い思いをされましたね?」

アダラはそっと、ロナの手に触れた。

「……はい。でも、理由がわからなくて……」

「大丈夫。今ここにいることが、何よりも大切なんですよ」

アダラの声は、まるで子守歌のように、空間を優しく包み込んでいた。

「さて、ソフィアから聞いています。あなたは“破滅の女王”の絵を見て、少し躊躇ったとか。なぜですか?」

ロナは言葉を詰まらせた。

信じてもらえるだろうか?

でも、アダラの母のような眼差しを見て、彼女は再び頷いた。

「夢を見たんです。影がたくさんいて、その中のひとつが……その絵の人に似ていました。

でも……会ったことはないんです、本当に」

アダラはロナの髪をそっと撫で、耳の後ろに整える。

その動きは、優しさと同時に、どこか支配的な印象もあった。

「夢は、私たちが気づかない真実を語ることもあります」

アダラは穏やかに、しかし確信を持って言った。

「会ったことがなくても、心の奥底に刻まれた記憶が、姿を見せることもあるのです」

ロナの心は落ち着いてきたが、それでもどこか不安は残っていた。

やがて馬車が止まり、アダラは優雅に立ち上がった。

「──彼女を待たせてはいけませんね。

一緒に向かいましょう。きっと顔を合わせれば、全てがうまくいくはずです」

ロナは、差し出された手を見つめた。

またソフィアに会うという考えは、胃を締めつけるような恐怖を呼び起こす。

だが、アダラの存在が、支えとなっていた。

そっとその手を取り、ロナは頷いた。

「……はい」

馬車から降りると、ロナはアダラの手を握ったまま、一歩ずつ歩みを進めた。

その先には、建物の壁にもたれかかるソフィアの姿があった。

アダラの手が少しだけ強く握られ、ロナの不安を静かに抑えてくれる。

ソフィアは腕を組み、地面を見つめながら、何かを言おうとしているようだった。

「ソフィア」

アダラが口を開いた。

「ロナが“破滅の女王”に関係しているという疑いは誤解でした。彼女はただ夢の中で似た姿を見ただけ。悪意も、接触もないと保証できます」

ソフィアは深くため息をつき、小さく「……そうか」と答えた。

「ソフィア。あなたが彼女に伝えるべき言葉があるのでは?」

その言葉に、ソフィアは肩をわずかに震わせた。

ロナが見る限り、いつもの鋭い表情はどこか影を潜め、代わりに曖昧で、感情が読み取れない顔がそこにあった。

ソフィアは一瞬だけロナを見つめ、その目を逸らし、赤く染まった頬を隠すように顔を背ける。

「……その……」

ソフィアは視線を戻し、喉を鳴らして言葉を続けた。

「私はお前を誤解していた。状況をもっと冷静に見るべきだったのに、感情に任せて行動してしまった。……すまない」

ロナは瞬きをした。心のどこかではその謝罪を受け入れたかったが、身体の痛みがまだ生々しかった。

「……この失敗を簡単に償うことはできないだろう。

だが、もし必要なことがあれば、できる限り力を貸すつもりだ」

ロナは何も言えず、ただ小さく頷いた。

「さて、これで誤解は解けたし……」

アダラが優しく話しかける。

「今夜はここで休むといい。ただし、囚人ではなく、客人として」

「それが“聖衛隊”に所属する者として最低限の責任だな」

その声にロナが振り返ると、そこにはエリスが立っていた。

いつものような笑みを浮かべていたが、その隣に立つギーエルは目を逸らさず、まっすぐソフィアを睨んでいた。

ギーエルはロナのそばに歩み寄り、優しく尋ねる。

「……大丈夫か?」

ロナは小さく頷いた。

「……うん。もう、大丈夫」

けれど心の中では、昨夜の寒さと雨がまだ鮮明に蘇っていた。

「にしても、牢に入っていたとは思えないほど元気そうじゃないか」

エリスが茶化すように笑いながら言う。

「……まぁ、これは我らが聖女のおかげってやつかしら?」

「……なんで、まるで何もなかったみたいに話すんだ?」

ギーエルの声が鋭くなる。

そのまま彼はソフィアに向かって歩き出す。

「お前、彼女が死ぬところだったんだぞ!

もしアダラ様が来なかったら、無実の子を殺してたかもしれない!」

ソフィアはその言葉を黙って受け止めていたが、拳がわずかに握りしめられていた。

「私は……やるべきことをやっただけだ」

ソフィアは静かに、しかしはっきりと答える。

「お前が“破滅の女王”に軍の半分を壊滅させられた場にいなかっただけだ」

ギーエルの手は剣の柄を強く握りしめ、指の関節が白くなる。

「……でも、ロナはその女王じゃない!」

彼の声には怒りが宿っていた。

「ただの記憶を失った少女だ。そんな子にまで、あの時の憎しみをぶつけるなんて、間違ってる!」

「正当化なんてしてない」

ソフィアは彼の視線を受け止めながら、低く言う。

「私は、それを背負って生きてるだけだ。──毎日な」

その言葉に、場は一瞬、静まり返った。

ロナは二人の間に立ち尽くし、どうするべきか分からず戸惑っていた。

そんな空気を切り裂くように、アダラが落ち着いた声で話しかける。

「ギーエル、ソフィアは恐れから行動した。それは間違いだったが、理由はあった」

そっと、ギーエルの腕に手を置く。

「今は、前に進むときです。それで今夜は十分じゃありませんか?」

ギーエルはしばらく黙っていたが、やがて背を向けて歩き出した。

ロナが追おうとすると、エリスがそっと肩に触れ、優しく囁く。

「少し一人にしてあげて。あの人、時間が必要だから」

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


「まったく、あいつはいつも頭に血がのぼりすぎなんだよ。

そんなんじゃ、男どもが怖がって誰も寄ってこないのも当然だろ……」

ギーエルが五杯目のエールを飲みながら愚痴をこぼす。

「ふふっ、まぁ、ソフィアのことは分かってるでしょう?」

アダラはくすりと笑った。

「でも今夜はもう彼女の話は置いておいて、ゆっくり楽しみましょう」

ロナは目の前のステーキを一口食べた。

その瞬間、目を見開いた。

——これが、この世界に来てから初めての「まともな食事」だった。

肉は柔らかくてジューシーで、濃厚な旨味が口いっぱいに広がる。

肩に乗っていた重圧が、少しずつ解けていくのを感じた。

雨に濡れ、泥にまみれた鉄檻の中にいたことが、まるで遠い昔のことのようだった。

石造りの壁に灯るランタンの揺らめき。食堂の温かな空気。周囲の雑談——

それら全てが、別世界のように思えた。

「美味しいでしょ?」

エリスが肘で軽くつつきながら微笑んだ。

「この検問所の食事なんて王都の料理とは程遠いけど、あんな目に遭った後なら何でもご馳走でしょ?」

ロナはこくりと頷きながら、もう一口頬張る。

「……すごく美味しいです。ありがとうございます」

エリスは半分だけ笑みを浮かべた。

ロナにも分かるほど、場にはまだ微妙な緊張が残っていた。

名誉が回復されたとはいえ、他の兵士たちはロナの方を見ようともしなかった。

そんな中、一人の男がロナの前に立った。

他の兵士とは比べ物にならないほど大柄で、長く乱れた白髪を後ろで束ね、胸元まで届くほどの編み込まれた髭を持っていた。

その男は場を静めるように、堂々とした声で言った。

「……誰も言わぬなら、わしが言う!」

食堂が静まり返る中、男は膝をつき、深く頭を下げた。

「昨日、そなたに対して取った我らの態度……

あまりにも恥ずべきものであった!

この身、この心、深く反省しておる。

もし再び理不尽に苦しむようなことがあれば、何なりと頼ってくれ。

それが、せめてもの償いだと思っておる!」

「そ、そんな……そんなこと、しなくても……」

ロナが慌てて言おうとすると、男はそれを遮った。

「どうか言わないでくれ、お嬢さん。

許しを乞うのは、わしの魂が背負った罪への贖罪なのだ……!」

一瞬の沈黙——

そして、他の兵士たちも次々と膝をつき、謝罪の言葉を口にし始めた。

ロナの頬がほんのりと赤くなり、彼女は小さく咳払いをして言った。

「……あの、私は……みなさんの謝罪を受け入れます。

きっと、混乱していたのだと思いますし、誤解もあったんですよね」

兵士たちは立ち上がり、拍手や歓声が食堂に満ちた。

さっきの大男も、笑いながらロナたちのテーブルに腰を下ろした。

「さて……誰か、“破滅の女王”っていう存在について詳しく教えてくれないか?」

男は一瞬言葉を詰まらせたが、やがて真剣な顔で頷いた。

「“破滅の女王”ベス……

民の間では神話や伝説のように語られている存在だ。

だが、我らの主モルセト・インドリス様だけは、実際にその姿を目にしたという」

「彼女は、ディニアという街を滅ぼした。

かつて豊かだったその地は、今や腐り果てた荒廃の地となった。

……そして、あの時、もし神々の加護がなければ、主も命を落としていたかもしれない。

今、彼が不死の加護を受けているのは、その戦いの代償とも言える」

その話を聞きながら、ロナはふとエリスの様子に目を向けた。

——彼女が、一瞬だけ表情を強張らせたのを見逃さなかった。

(エリスさん……何か知ってる?)

「でも、それって伝説みたいな話ですよね?

誰も実際に見たわけじゃないんですよね?」

「それはな、彼女が“私の妹”だからだ」

アダラが会話に入ってきた。

その瞬間、大男は彼女の姿を見ると、すぐに頭を下げた。

「私たちは皆、歳も性格も、そして育った環境もまったく違う。

……ヴェーゼは、私の200年後に生まれた。

姉妹とはいえ、互いにほとんど関係はない」

「あなた……魔女なの……?」

ロナの声が震えた。

ヴェーゼが恐ろしい存在であるなら、アダラもまた……?

「その通り。でも、私は人々を助け、罪を罰するためにこの力を使っているの」

アダラは優しく微笑んだ。

「アダラ様は姉妹の中でも一番穏やかで優しい方よ。

犯罪に手を染めたりしない限り、怖がることなんてないわ」

エリスもそう言って、ロナの不安を軽く払ってくれた。

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


「……それだけで、本当に足りるのか?」

ソフィアが尋ねる。

その声には、いつもの慎重さに加えて、どこか不安の色が滲んでいた。

ギーエルは力強く頷く。

「もちろんだ。そこまで行けば、イムムまではたった一日だ」

「ならば、行ってらっしゃい。ロナ、無事でね。そしてギーエル——今度こそ、問題を起こすなよ」

そうして、三人は再びシーベルの樹を目指して旅立った。

だが、三人の間にはどこか気まずい沈黙が漂っていた。

ロナは歩きながら、心の中で自問していた。

(あの夜……誰も助けに来てくれなかった。でも……今はこうして一緒にいるし、それでいいんだよね?)

ギーエルはあの男たちから守ってくれたし、エリスも……確かにずっとそばにいてくれた。

けれど、思えば思うほど、胸の中のもやは消えなかった。

(……でも、あの男の話を聞いてるとき、どうしてエリスはあんなに緊張してたんだろう?

ギーエルも元騎士なら、ソフィアを止めるくらいできたはずじゃ……

それに、ソフィアの謝罪……本当に心からだったのかな? それとも、アダラが魔女だから仕方なく?)

沈みゆく太陽の下、三人は崖の上に小さな焚き火を囲んでキャンプを張っていた。

遠くにはシーベルの樹が見え、夕暮れの光に照らされて神々しいまでに輝いていた。

そのふもとには、小さな村も見えた。

ギーエルがロナにパンと水を手渡す。

三人が静かに食事をしていたとき、ふいに木々の向こうから「ざわり」と草を踏む音が響いた。

そして——一人の女が姿を現した。

ロナは思わず目を見張った。

白く滑らかな肌、絹のように艶やかな黒髪、そして氷のような青い瞳。

彼女は足首まで届く黒いローブを纏い、まるで夜そのもののように静かに、しかし堂々と歩み寄ってきた。

軽やかな微笑を浮かべながら、女は口を開いた。

「——夜も更けてまいりましたな。

この焚き火の傍、しばし身を休めること、許されましょうか?」


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