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第1話:不思議な出会い

「……何だって? 何も覚えてないって、どういう意味だ?」

ギーエルは眉をひそめ、疑いの色をにじませた声で尋ねた。

粗い土の道に立つ彼女は、小さく息をつきながら、自分でも理解できていない状況をどう説明すべきか考えていた。

「……あの林のそばで、草の上に倒れて目を覚ましました」

彼女は指をさして、場所を示しながら話した。

「それから、何かを思い出そうとしてるんです。でも……どこから来たのかも、自分の名前すらも……それに、自分がどんな人生を送ってたのかも、何ひとつ思い出せないんです」

ギーエルはじっと彼女を見つめたまま、ゆっくりと腰の剣に手をかけた。

その視線は彼女のすべてを見透かすようで、息が詰まりそうになる。

──長い沈黙の末、ギーエルはふっと息を吐き、肩の力を抜いた。

「……嘘をついてるようには見えないな。だとしたら、それはそれで厄介だ」

彼は呟くように言ったあと、前を向いた。

「まあ、ここで突っ立ってても仕方ない。ついてこい」

「……」

彼女は何か言おうとしたが、途中で言葉を飲み込んだ。

“記憶喪失が厄介”という言葉の意味を深く考えないほうが、心の平穏のためだと判断したのだ。

二人は森の奥へと足を踏み入れた。

彼女は周囲を警戒しながら歩いていたが、ギーエルはどこまでも落ち着いていて、まるで森が自分の庭であるかのようだった。

歩きながら、彼女は周囲の風景に目を向けた。

ほのかに光る花々、三本の角を持つ猪、そして特に彼女の目を引いたのは──風に漂う綿毛のような、不思議な生き物だった。

「でさ」

ギーエルが口を開いた。

「記憶はないって話だけど、どうして“シベルの樹”のことは知ってるんだ?」

「ゆ、夢で……。昨夜、声が聞こえて……それを探せって。それと、ペンダントを見つけろって言われたような……。たしか、樹の中に埋まってるって……」

ギーエルは興味深そうに唸った。

「夢からか……。なら、もしかすると“勇者神”からの啓示かもしれんな」

彼女は戸惑いながらも、好奇心を押さえきれず、ギーエルを見つめた。

「勇者……神?」

ギーエルは微笑を浮かべて答えた。

「伝説によれば、シベルってのは昔の人間だった。愛する女性を守るために数多の魔物と戦い続けた英雄さ。

その献身と忠誠に心を打たれた神々が、彼の最愛の人が亡くなったとき、彼を“神”に昇華させたって話だ」

愛と忠義によって神となった男。

その話に、彼女はどこか心が温まるのを感じた。悲しい伝承ではあるが、不思議と優しさが胸に広がる。

──でも、声をかけてきたのは男ではなく、“女”の声だった。

「……でも、夢で聞いたのは女性の声でした。

でも、その伝説……素敵ですね。誰かのために生きるって、すごく」

ギーエルは考え込むように視線を落としながらも、彼女に合わせてゆっくりと歩を進めていた。

「女性の声、か……。まあ、いずれにせよ、お前の“特異な状況”を考えると、何らかの“しるし”として受け取っておいた方がいいだろうな」

そう言った後、一拍置いて彼はふと名前を呼んだ。

「ロナ」

「ロナ……?」

突然名前を呼ばれたことで、彼女は戸惑いの声を上げた。

ギーエルはどこか茶目っ気のある笑みを浮かべながら言った。

「ロナ。名前を思い出せないってことなら、呼び名くらいはあった方がいいだろ? だから、ロナだ」

ロナ……。

彼女はその名前を頭の中で繰り返した。響きは悪くないし、確かに、名前がないままでは周囲にも説明しづらい。

「それで……ロナ」

ギーエルは歩きながら口を開いた。

「シベルの樹に着いた後、どうするつもりなんだ?」

「わたしは──」

ロナは足を止めた。

“その後”? 声の導きに従った先に、また声が聞こえるのを待つのか?

街へ行く? 記憶を取り戻せる保証もないまま、何の目的でこの世界を彷徨えばいいのか?

それに、もしまた全てを忘れてしまったら──?

そんな不安と混乱を読み取ったのか、ギーエルは首の後ろをかきながら言った。

「まあ、そのことは後で考えよう。今は、とにかく樹を目指そうぜ?」

「“わたしたち”で……?」

ロナはギーエルを見つめながら尋ねた。

「記憶もない君を、ここで放っておくような男じゃないさ」

ギーエルはやさしい笑みを浮かべた。

それからしばらく、二人は森の中を黙々と歩き続けた。やがて、空が赤く染まり始める。

「さて、そろそろ今日はここまでにしようか。夜の森は、かなり危ないからな」

ロナは小さく頷いた。

この世界での“夜”がどれほど危険なのかは分からないが、彼の言葉には逆らえなかった。

何より、彼女にはこの世界で生きる術も記憶もなかった。

ギーエルは小さな空き地を見つけ、木の枝を集め始めた。

ロナはその様子をじっと見つめながら、彼が手際よく焚き火を作る姿に少し安心を覚えた。

「朝まで火を保たせるには、もう少し薪が必要だな。俺が太い枝を集めてくる。ロナは細かい枝を探してもらえるか?」

「は、はい」

ロナは小さく頷き、地面に落ちている小枝を拾い集め始めた。

彼女の頭には、明日のことが浮かんでいた。声の導きに従った先に、何が待っているのだろうか……そんなことを考えながら、手を止めずに枝を集め続ける。

「はい、お嬢さん。これで足りますかしら?」

突然声をかけられ、ロナは驚いて振り向いた。

そこに立っていたのは、真紅のローブをまとった女だった。

金の刺繍が布を彩り、胸元には複雑な紋章があしらわれている。長い金髪に澄んだ青い瞳──しかし何より目を引いたのは、彼女の頭から生えた“枝”だった。

その女は小枝を一本差し出し、ロナは戸惑いながらもそれを受け取った。

「ど、どうも……」

ロナはなんとか声を出した。

女は微笑みながら自己紹介を始めた。

「私はエリス。“聖衛の翼”に所属しています。

こんな場所で一般市民と出会うなんて、少々珍しいですね」

その視線はどこか探るようで、言葉にしない疑問を含んでいた。

「あ、ロナって言います……えっと、一人じゃなくて、同行者がいます」

ロナの言葉に、エリスは頷き、彼女と共に焚き火の場所へ向かう。

ギーエルはまだ戻っておらず、火のそばにはロナだけがいた。

「もしよければ、今夜はあなたたちの焚き火にご一緒してもいいかしら? 私も、そろそろ野営の準備をしようと思っていたところで」

そう言ってエリスはロナの隣に腰を下ろした。二人はしばし、焚き火の音だけを聞きながら静かに座っていた。

やがて、木々の間からギーエルが姿を現した。

両腕には大量の薪が抱えられている。

エリスの姿を目にした瞬間、彼の目が見開かれる。

「エ、エリス様……! どうしてこんなところに?」

エリスはくすっと笑みを浮かべた。

「簡単なことよ。コイトの検問所へ向かっている途中、たまたまこの可愛らしいお嬢さんに出会ったの」

彼女の視線が再びロナへと向かう。そこには興味深げな光、あるいはそれ以上の何かが宿っていた。

「どうやらあなた、妙に“興味深い”相手と縁があるようね。しかも、いつも“可憐な娘”ばかり」

エリスの言葉には、からかうような軽やかさがあった。

ロナは、二人の間にある過去のつながりをなんとなく察した。

ギーエルは首の後ろをかきながら、少し気まずそうに答える。

「こいつ、数日前までの記憶が全部抜けててさ。だから放っておけなかったんだ」

エリスは興味を引かれた様子で、すぐにロナの方へ顔を向けた。

「まあ、それは面白い話ね。ちょっと、見せてもらってもいいかしら?」

返事を待たずに、エリスはロナの頭にそっと手を置いた。

その目は鋭く、何かを探るような強い視線を向けてくる。

彼女の指は肩から腕、そして背中へと、ゆっくり、丁寧に動いていく。

どの動作も優雅でありながら、どこか冷たい──機械的とも言える正確さを持っていた。

最後に、エリスはロナの胸元に手を当てる。

何か“内側”を探るかのような仕草だった。

「ふむ……記憶はない。でも、記憶喪失の“原因”も見当たらない」

そう言って、ようやくギーエルの方へ振り返る。

「それなら、あなたたちの行き先に、私も同行させてもらっていいかしら?」

エリスはロナにもう一度だけ慎重な視線を送ると、続けた。

「ほんの一瞬だけ、昔の“知人”に似ている気がしてね。でも、それはさておき──私はあなたに興味があるの、ロナ」

ロナはギーエルに不安げな視線を向けた。

それを察したギーエルは小さくため息をつきながら答える。

「ま、とにかく俺たちは“シベルの樹”を目指してる。彼女はそこで誰かに呼ばれる夢を見たらしい。

それに──記憶がないはずの彼女が、なぜか“その存在”だけは知ってるってことは……」

「そこに、何か大切なものが待っているという証拠になる」

エリスがギーエルの言葉を引き取るように言った。

彼女はローブの中から干し肉を取り出し、ロナに手渡す。

「とにかく、今は食べて、休んでおきなさい。これからまだ旅は続くんだから」

ロナは恐る恐る干し肉を一口かじった。

見た目に反して、その味は意外にも風味豊かで、どこか懐かしさすら感じられた。

もう数口食べたあと、ロナは地面に頭を預け、体を横たえた。

出会った人たちは、どちらも不思議で魅力的だ。

──だが、どこか、ギーエルとエリスの態度には違和感がある。

そう感じながらも、まぶたは重くなり、思考は次第に霞んでいった。

火がはぜる音だけが、夢の淵へと彼女を導いていく。

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


ロナが目を開けると、そこは白一色の虚無だった。

その中に、十二の影が立っていた。

天へと伸びるような角を持つ影が、静かに口を開いた。

「──“十二人の生きる魔女たち”。

七人は“暴君の魔女”の血を継ぎ、

“南の十字の魔女”、

“氷の異端の魔女”、

“塩のマリヤ”、

……そして、私」

ロナはその影たちをじっと見つめ、やがて一人の影に視線が止まった。

その影は彼女と同じ背丈で、髪はロナより少し長かった。

ロナは躊躇いながらも手を伸ばし、その影に触れようとした──が、

影が不気味なほど無表情な笑みを浮かべ、ロナに手を差し伸べた瞬間、彼女は思わず後ずさった。

「その者こそ──“破滅の女王”。

心乱れる子であり、間もなくお前の前に現れる者。

この世界において、それは運命に刻まれた定め」

角を持つ魔女の声と共に、ロナの目の前に破壊と苦痛、そして滅びの幻が広がった。

だが、“破滅の女王”の顔には、どこか深い悲しみと後悔の色が浮かんでいた。

やがて、角の魔女はロナをそっと抱きしめた。

「まずは、“シベルの樹”へ向かいなさい。

そして、お前が失った記憶を求めて歩み続けなさい。

やがて、すべてが明らかになる……“地の子”よ」

ロナはその腕をそっと握りしめた。

「……でも、なぜ私が? なぜここにいて、なぜ何も覚えていないの?

それに、あなたはどうして何度も私の夢に現れるの?」

影たちが静かに消えていく中で、角の魔女は優しく微笑んだ。

そして、ロナの耳元でそっと囁いた。

「心配しなくていい、“地の子”よ。

すべては、時が来れば明かされる。

だが、まずは進みなさい──この旅路には、幾重にも試練が待ち受けているから」

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


ロナが目を開けると、木々の間から朝日が差し込んでいた。

焚き火はすでにギーエルによって消されており、エリスは静かに座っていた。

ロナが目を覚ましたのを見て、エリスは顔をこちらに向け、やわらかく微笑んだ。

「おはよう。よく眠れたかしら?」

「う、うん……」

ロナはまだ眠気の残る声で答えた。

「出発したら、あと二時間ほどでこの森を抜けるだろう」

ギーエルがそう言いながら立ち上がる。

「そこから“シベルの樹”までは、さらに一時間ってとこだな」

「では、出発しましょうか」

エリスも立ち上がり、ロナも頷いて体を伸ばすと、長い黒髪を後ろにかき上げた。

こうして三人は、再び旅路を進み始めた。

道を歩きながら、ギーエルがロナの方を一度、二度と見たあと、小さな容器を手渡した。

「これ。昨日、何も飲んでなかったろ? 喉が渇いてるだろうからさ」

「えっ、あ、ありがとう……」

ロナは少し驚いたように受け取り、蓋を外して一口飲んだ。

口に含んだ水は、暑い空気とは対照的に冷たく、澄んでいて、変な味もしなかった。

彼女はさらに数口飲んだあと、容器をギーエルに返した。

しばらくして、エリスが口を開く。

「それにしても……ロナ、あなたは一体どこから来たのかしらね。

記憶が戻ったら、ぜひ聞かせてほしいわ。とても興味があるの」

「そ、それは……」

ロナは言葉を濁した。エリスが自分に興味を持ってくれるのはうれしい──はずだった。

でも、どこか、その言葉が“本心ではない”ような、違和感が拭えなかった。

雰囲気を変えようと、ロナは咳払いをして話題を変えた。

「そ、そういえば……エリスさんとギーエルさんって、知り合いなんですか?」

「ええ、もちろん。ギーエルはかつて“聖衛隊”の指揮官だったのよ。

最高位の“大指揮官”ではなかったけれど、それでも騎士としては優秀で、優しかったわ」

エリスがやや大げさに賛辞を口にすると、ギーエルは小さくため息をついた。

「でも、軍人の生活は性に合わなかったんだ。五年で辞めて、今はギルドで傭兵をしてる」

「どこへ行っても、騎士であれ傭兵であれ、あなたは必ずと言っていいほど“女の子”を拾うのよね」

エリスはからかうように目を細め、やや含みのある声で言った。

それに対し、ギーエルは何も返さず、ただ前を向いて歩き続けた。

長い沈黙の後、三人はついに森を抜けた。

目の前には、天に届くかのような巨大な樹がそびえていた。

その光景に、ロナは言葉を失った。遠くにあるはずなのに、その存在感は圧倒的だった。

「──あれが“シベルの樹”よ」

エリスがロナの思考を断ち切るように話しかけた。

「この国における有名なランドマークの一つね」

「とはいえ、そこまで行くにはまだ時間がかかる」

ギーエルが言い添える。

しかし三人が再び歩き出そうとしたその時──後方から、ロナにとって見覚えのある二人の男が現れた。

「おやおや、これはこれは……落ちぶれた元兵士じゃないか」

背の高い男がニヤリと笑いながら言った。

ロナは身体を強張らせた。

嫌な予感が背筋を走る。

男の手は無造作にバトルアックスの柄に添えられており、視線はロナと──エリスへと移った。

「女を二人も連れてるじゃねぇか?」

ギーエルは眉をひそめ、二人に向き直った。

「その女のうち一人は、お前らも知ってるはずだ」

ギーエルはエリスを指し示す。

すると、背の低い男が剣の柄を握りながらニヤついた。

「だからなんだ? まさか、あの女が庇ってくれると思ってんのか?」

ギーエルの手が剣の柄を強く握る。

「……その言い方、何が言いたい?」

「まあまあ、落ち着けよ」

高い男は鼻で笑いながら続けた。

「俺たちゃちょっと遊びたいだけさ。軽いスパーリングってやつだ」

男の目がロナに向けられる。

そのいやらしい視線に、ロナは心の奥まで汚された気がした。

「どうだ? もしお前が勝てば、俺たちのギルドカードをくれてやる。

だが、俺たちが勝ったら──その娘、いただいていくぜ」

男の視線がエリスに移る。

「どうだ、ナイトさんよ?」

ロナはエリスの方を見た。きっと拒否してくれると信じていた。

だが、エリスはただ一言、静かに頷いた。

「了解。“二対一”の決闘と認定する。ギーエルが勝利した場合、二人のギルドカードは剥奪。

敗北すれば、ロナは二人に同行することになる。──“聖衛隊 右翼”として、この決闘を承認する」

「ま、待って──!」

ロナが抗議しようとしたその瞬間、エリスはそっとロナの肩に手を置き、耳元で囁いた。

「見ていなさい。あの二人、確かに数では勝るけれど……ギーエルの経験が彼らを上回っているわ」

「う、うん……」

ロナはまだ納得しきれなかったが、エリスの言葉を信じたい気持ちもあった。

ギーエルは剣に手を添え、構えを取った。

空気が一気に張り詰める。

二人の男が円を描くようにギーエルの周囲を動く。

機を伺うかのように、じりじりと近づいていた。

──一瞬の静寂。

次の瞬間、背の高い男がバトルアックスを振り下ろし、ギーエルの剣と激しくぶつかり合った。

その隙を突くように、もう一人が突きを繰り出す。

しかしギーエルはその攻撃も見切っており、斧を利用してそちらの攻撃も防ぐ。

そして──

彼の足が高い男の背中を蹴り飛ばし、勢いよく仲間にぶつけた。

低い男が再び突進してきた。

左にフェイントをかけ、右から斬りかかる──が、表情が甘かった。

ギーエルはその一瞬を見逃さず、剣で攻撃を受け流し、渾身の拳を男の喉元に叩き込んだ。

ようやく地面から立ち上がった高い男は、怒りの声を上げた。

「てめぇ……調子に乗りやがって!」

激しく斧を振り回し、ギーエルは足元を乱される。

ロナは思わず息を飲んだ。

ギーエルが地面に倒れた──

斧が振り下ろされる──その瞬間、ギーエルの足が相手の攻撃を止める。

次の瞬間、もう一方の足で男の腹部を蹴り飛ばした。

その頃、喉を打たれた男もようやく立ち上がったが、口から吐き出された胆汁と血が地面を汚していた。

彼が再びギーエルに向かおうとした、その時──

ピィィィッ!

鋭い笛の音が空気を裂く。

直後、男は地面に倒れ、苦悶の叫びを上げた。

「い、いってぇえええええっ!!」

彼の左脚には、一本の矢が深く刺さっていた。

その直後──

「止まれッ!」

甲冑のぶつかる音とともに、兵たちが現れ、二人の男を取り囲んだ。

森の中から姿を現したのは、赤いベルベットで飾られた鎧を身にまとう、長身の女だった。

同じ色のマントが風に舞い、燃えるような赤髪に、冷たく光る緑の瞳が印象的だった。

エリスはその姿を見て、微笑んだ。

「ソフィア。来てくれないかと思ってたわ」

ソフィアは頭を軽く振る。

「新兵を引き連れて森を抜けるってのが、どれだけ大変か……一度やってみるといいわ」

ロナは胸の高鳴りを抑えきれず、ソフィアに駆け寄った。

「その、来てくれてありが──」

──だが、その言葉を最後まで言う前に、ソフィアの剣がロナの喉元に突きつけられた。

冷たい鋼が肌に触れ、血が滲みそうなほどの近さ。

「自分が無関係だなんて思わないことね」

ソフィアの声は冷たく、視線は鋭くロナを貫いた。

「そこの二人、そしてギーエル。お前たち全員、事情聴取のために拘束する」

「抵抗するようなら、その首を刎ねるわよ」

ロナは完全に硬直した。目を大きく見開き、動けなかった。

しばらくそのまま見下ろすと、ソフィアは剣を引き、ロナは崩れ落ちた。

脚に力が入らず、吐き気を必死に堪える。

ソフィアはすぐにギーエルのもとへと向かい、拳を振り抜いた。

ゴッ──!

鈍い音とともに、ギーエルの鼻から血が飛び出した。

「アンタねぇ……元騎士だったら、まだ誇りを持ちなさいよ。

ふざけた言い訳次第じゃ、ギルドカードは剥奪よ」

最後にソフィアは再びロナに目を向け、彼女の腕を乱暴に掴んだ。

「立てッ!」

そのまま引きずるように連れて行きながら、部下たちに向かって叫ぶ。

「“コイトの検問所”へ向かう! 抵抗があれば、即座に力で制せ!」

その場にいたエリスが、ソフィアの肩に手を置く。

「ロナは私が同行するわ。彼女は大人しく従う。

その手じゃ、ただ壊れてしまうだけよ」

ソフィアは少し間を置いてから頷いた。

「……わかった、エリス」

ロナの腕から手が離れたとき、エリスはいつものように笑っていた。

だが、その笑顔には、どこか空虚な冷たさがあった。

「行きましょう。大丈夫、すべてはちゃんと終わるわ。

正直に答えれば、きっとすぐに解放されるから」

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