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その1

「……ふぅ。」

目の前の荷物を眺めて結季菜は息をついた。



7月の下旬から大学が夏休みになり、それを利用してゼミの教授から課題が出された。

『各自自由なテーマでレポートを提出する』というとても漠然としたものである。


民俗学を専攻するゼミに所属している彼女は悩んだ末に田舎に住んでいる祖父母のところへ行くことにした。その地域では稲荷信仰が根強くあり、不思議な言い伝えも伝わっているため、会いに行くついでに稲荷信仰についてレポートを書こうということになったのだ。


重い荷物を持ち、結季菜は部屋を出て階段を降りていった。


「結季菜?あぁ、そうか今日から行くんだったわね。お父さんのところ。」


母の麻弥が声をかけてきた。


「そうだよ。おじいちゃんたちに会うの久しぶりだから喜ぶだろうなぁ。」

「お父さんたちにわがまま言い過ぎないでよ?ちゃんと手伝いもしなさいよ。」

「分かってるよー……もうそんなお子様じゃないよ私。それに、おじいちゃんたちに会いに行くだけじゃなくてレポートのためでもあるって話したでしょ?」「あぁ、そういえばそんな話もしてたわね。私も小さい時はよく聞かされてたわ、お稲荷さんの話。まぁとにかく、暑いから体調には気をつけなさいね。」

「はーい。行ってきまーす。」


母に見送られ、玄関のドアを開けた瞬間強い日差しと蝉の声が降ってきた。


「あっつ……。この暑さ……おじいちゃんのところもっとやばいな……。」


そう呟きながら結季菜はイヤホンを取り出し、耳につけた。駅までは家から15分ほど歩かなくてはならない。 それを音楽なしで蝉の声だけ聞き続けるのは嫌なので少しでもシャットアウトするために、お気に入りの曲を流しながら駅まで黙々と歩いていった。


祖父母の家までは電車を乗り継いで2時間半。特に2本目に乗る電車は本数が少ないので逃すと30分は待たないといけない羽目になる。これまで何度も祖父母の家には家族で訪れていたが、ひとりで行くのはこれが初めてである。ひとりで行くと母に話した時はとても心配された。逃すと大変だから余裕を持って着くようにしなさいとか、祖父母の家の最寄り駅は乗り過ごすととんでもないことになるとかと言われ、結季菜は絶対に乗り過ごすものかと意地でも2本目の電車で寝ることはなかった。(1本目の電車で乗り過ごしそうになった。)


最寄り駅の改札を出ると目の前には田んぼや畑が広がっていた。カラスよけやカカシなどが点々と立っており、「よく田舎と言われて連想される風景」という感じである。見渡すほどの田んぼと畑の奥に小高い山があり、そこに稲荷神社がある。祖父母の家はその山のほど近くにあるため、さらに20分ほど歩いてようやく家に着いた。祖父母の家には呼び鈴が無いため、結季菜は門を通って玄関の引き戸を開けた。


「おじいちゃーん、おばあちゃーん!来たよー!」


「おぉ、結季菜〜、来たかぁ、待っとったよ〜。」


「まぁまぁゆきちゃん!暑い中よく来たねぇ。さ、あがって。」


結季菜が靴を脱いで上がると、ひんやりした風と畳の匂いが迎えてくれた。廊下の奥から扇風機の回る音がかすかに聞こえる。


「暑かったでしょ。お茶いれたから、ちょっと休んでいきなさい」


和やかな笑顔でおばあちゃんが声をかけてくる。祖母の名は和代。しっかり者で、昔から面倒見がいい。

祖父の方はというと、庭先で何か作業をしていたらしく、麦わら帽子を手にして居間に戻ってきた。


「よう来たな。で、今日はどうした?夏休みの帰省にしちゃちょっと早いだろう?」


祖父の孝一は、そう言って結季菜の向かいに腰を下ろした。


「うん、ちょっとレポートの課題でさ。大学の授業で地域の信仰とか伝承について調べることになって。おじいちゃんたちの近くにある稲荷神社のこと、ちょっと気になってて。」


その言葉を聞いて、孝一の表情がふっと変わった。どこか懐かしむような、でも少しだけ遠くを見ているような目をしていた。


「……あの神社のことを、調べたいんだな。」


「うん、昔からあるし、ほとんど知られてない神社だけど地元の人はみんななんとなく大事にしてる感じがして……。」


すると和代が、台所からお茶を運びながら口を挟んだ。


「お稲荷さんのことなら、おじいちゃんが子どもの頃にちょっと不思議な体験をしたのよね。」


孝一は苦笑しながらも、結季菜に向かって小さくうなずいた。


「まぁ、話すと長くなるけどな。せっかくだし、今夜ゆっくり話すか。」



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