1,000.Q
アナタは、愛する相手の全てを好意的に受け入れることができますか?
あなたの理想のお相手、我々が探します。
男は婚活パーティーで“運命の女性”と“運命的な出会い”をして、結ばれた。
やがて二人の間には子供も生まれ、笑顔が絶えない幸せな家庭を築いた・・・はずだった。
ある時、テレビで、婚活に四苦八苦する男性に密着したドキュメント番組を放送していた。
Q.989「パパとママはどうして“けっこん”したの?」
その番組を観ていた娘が、父に尋ねた。
子供は正直で、純真でもある。
「・・・それはね。神様が、パパとママをめぐり合わせてくれたんだよ」
まさか、「婚活パーティーで出会った」などとはいえまい。
「ふぅーん」
Q.990「良いお天気だから、ピクニックに行かない?」
母が提案する。本来なら、YESかNOでしか答えられない質問である。
Q.991「ぽかぽか陽気だから、お外に出掛けようか?」
春真っ盛りの時節、その家族は桜の並木道を通り、遠回りして公園まで足を運んだ。
・・・ごく普通の幸せな家庭、だった。理想の家庭を築いた・・・はずだった。
Q.996「運命の歯車が狂い始めたのは、いつからなのだろうか?」
“真剣婚活応援サイト”という言葉に引き寄せられ、35歳の独身男はこの画面を開いた。
結婚なるものを、両親から急かされ、同級生や同僚からも急かされ、世間的にも急かされ、男自身も自らを急かして、どこまでも自分を追い込んでいたからだ。
つまるところ、男は逃げ場を無くしてインターネット上に答えを見つけたのだ。
この男、結婚願望は人一倍強い。今までだって、合コンをはじめ、婚活ツアーやお見合いパーティーに何十回と足を運んだ。しかし、10パーセントを切る確率で女性と付き合うことは出来ても、結婚のゴールテープを切るまでには至らなかった。
この男、容姿はさほど悪くない。仕事は会社員、収入も歳相応にある。ある程度の人々に認知されている大学を、まぁまぁの成績で卒業している。モテないことはない。
要するに、可も無く不可も無い、普通の男なのだ。ハンデがあるとすれば、その年齢相応の雰囲気くらいだろう。もっとも、男の醸し出す雰囲気だけは、どうしようもなかった。若作りをしても逆に実年齢が際立つし、それなりの格好をしても、それなりの歳にしか見られないのである。サバを読んだところで、「老けて見える」とズバリ斬り返される。
合コンなどでは、若い方が確実にモテる。男の実感として、それは間違いなかった。
この男、Q.1「どうすれば俺は結婚できるのか?」と、方法や手段ばかりを考えすぎて自分を見失い、「結婚できれば誰でもいい」とすら思うようになっていた。
しかし、流石にそこまで悲観視してはマズイということで“自己分析”をやり直すことにしたのだ。
・・・これが、難しかった。
この男にとって「自分のことは自分が一番よくわかっている」のは、幻想だった。
自分の“良いところ”が“悪いところ”でもあり、“悪いところ”が“良いところ”でもあったからである。混乱するのも無理はなかろう。そして、自分探しに迷走した結果、自力では何も見つけられず、再び“普通の男”に終始してしまったのである。
また、この男にとっての“理想の女性像”もはっきりしなかった。
「こういう女性と結婚したい」という自分の理想が、相手に必要以上のものを求めない気質に阻まれて、見えなかったのだ。「なるようになる」と思っていたわけだ。
言い換えれば、理想の女性に合わせて、自分と相手を適確に変えようとしていたのだ。
「相手が好きな自分に、自分はなる」、「自分が好きな相手に、相手はなる」と。
・・・そこに、自分と相手の存在理由や存在価値、理想を見出そうとしていた。
それゆえ、「運命の女性が、理想の相手である」との結論に至ったのである。
この男は、自分を知ろうと腐心した。自分を知って、理想を知りたかった。
Q.2「自分は何者か?」
悩んだ結果、このサイトの「あなたの理想のお相手」の一言に、男の心は吸い込まれた。
しかも、他のありふれた婚活応援サービスとは大きく異なるサービスを提供していることが、男の興味関心を強めた。
Q.3「本当の自分を見失っていませんか?」
何やら、サイトを運営している会社が行っている事業は、結婚のコンサルタントだけにとどまらないらしい。
他にも、就職、進学、友人、買い物などのあらゆる分野における、人々の“理想”を、本人に代理して見つけてくれるというのだ。何かに阻まれて、“自分らしさ”を見失っている人は多い。ましてや、理想と違う道を選択して人生を棒に振ってしまえば、その人の一生がお釈迦になることもあろう。本当の自分から逸れた生き方をすることは、その人の畢生をクリティカルなものにする恐れがあるのだ。
また、個々人の理想の見つけ方の独自性も一線を画している。
なぜなら、「あなたの個人情報は、サイト運営社側へ教える必要が無い」と謳っているのだ。
性別、年齢、職業、年収、学歴、趣味、血縁関係、交友関係、氏名ですら、である。
Q.4「では、どのように理想を見つけるか?」
サイトの説明によると・・・
まずは、著名な精神科医や心理療法士などが集結して作った、ウェブ上で気軽に実施できる“適性テスト”を受けるだけでいいらしい。
次に、その検査結果を“シュピーゲルシステム”というコンピューターで分析すれば、人の潜在的な理想が弾き出される、というのだ。
さらに、自分がどういった人間かもわかる、という。
その適性テストは、自分に関する質問が500個、理想の相手に関する質問が500個の合計“1000個の質問”で構成されている。また、質問の回答方法も単純である。
各質問に対し、5段階の尺度が設けられ、そのなかでどれが最も自分にあてはまるかを正直に答えるだけでいいのだ。しかも、テストだけなら無料で受けられるという。
・・・「そうか、“正確な占い”みたいなものだな」と、男は解釈した。
Q.5「それじゃあ、コンピューターに結婚診断をしてもらおうか?」
男は、ユーザ名とパスワードだけのユーザ登録を済まして、早速テストを開始した。
1問目:自分のことを、男らしいと思いますか?
1.まったくそう思わない。
2.そう思わない。
3.どちらとも思わない。
4.そう思う。
5.強くそう思う。
男は4を選択した。
2問目:自分のことを、女らしいと思いますか?
1.まったくそう思わない。
2.そう思わない。
3.どちらとも思わない。
4.そう思う。
5.強くそう思う。
・・・少し間を置いて、男は1を選択した。
男はその後も、さくさくと回答を進めた。問題を深読みして答えたり、正直に答えなかったりすると、エラーが生じてしまい、検査結果に支障が出るためだ。自宅でパソコンと睨み合い、1時間以上も経っていた。
998問目:相手が苦しんでいるのを、相手のせいにしますか?
1.まったくそう思わない。
2.そう思わない。
3.どちらとも思わない。
4.そう思う。
5.強くそう思う。
男は2を選択した。
999問目:相手があなたを嫌ったら、あなたは相手を嫌いますか?
1.まったくそう思わない。
2.そう思わない。
3.どちらとも思わない。
4.そう思う。
5.強くそう思う。
男は3を選択した。
1000問目:相手の全てを好意的に受け入れることができますか?
1.まったくそう思わない。
2.そう思わない。
3.どちらとも思わない。
4.そう思う。
5.強くそう思う。
・・・・・
男は「これで終わる」という安堵感で気が緩み、最後だけ適当な回答をしてしまった。
お疲れ様でした。本日の結果を知りたい方は、10日後に再びログインしてください。
10日後、男のマイページに、適性テストの結果を通知するメールが届いていた。
・・・先日お受けして頂いた適性テストの結果をお知らせ致します。
“あなたはズバリ、「決断力・実行力に長けている人」です。”
・・・そう言われればそう、かもしれない。
唯一決断できずに迷っていたのは、自分がどういう人間であるかを自分で決めることだったと、男は明断した。男の中での気迷いが、ここでようやく吹っ切れたようだ。男は、検査結果に添付された一言アドバイスの通り、「戸惑うことなく、目標に向かって前進しましょう」を胸に刻んだ。
そして、男が結婚相手に求める理想も、的を射た結果だった。
“あなたの理想のお相手は、「思いやりのある人」です。”
・・・そう言われればそう、かもしれない。
男は、理解者を必要としていたのかもしれない。
運命の相手と出会いたいという方は、弊社までお越しください。
あなたの真剣な婚活を、我々がバックアップ致します!
男は、持ち前の決断力と実行力を生かして“シュピーゲル社”に足を運んだ。
そこで男はカウンセリングを何回か受け、男が好みのタイプの女性が多数出席すると勧められた、シュピーゲル社主催の婚活パーティーに参加した。
男が、妻となる女性と初めて出会ったのは、そこだった。二人ともに一目惚れ、相思相愛の、おそらくそれ以上無いであろう、劇的な出会いだった。少なくとも、男には彼女を嫌う要素が一つも無かった。特に、細かい気配りができて、思いやりのある性格は男にぴったりであった。
彼女は、男にとって“理想の相手”だったのだ。
しかし、彼女と付き合うことに一抹の不安を抱かないわけでも無かった。これほどまで自分の理想に契合する女性がいるのだろうか、と。男の心の片隅で、ざらざらしたものが掠めていた。
彼女は、男をそっくりそのまま“等身大の鏡”に映したかのような女性だった。年齢も同じ、趣味も同じ、食事の好みも同じ、理想の家庭像も同じ、出身地も同じ、同じ、同じ同じ、同じ同じ同じ・・・
共通点を見つけない方が難しいのと同然だった。仮に、男が女性としてこの世に生まれたら、彼女のようになるだろうと直感的に思った。男の女性バージョンが、彼女である気がしたのだ。
鏡の中と外、“鏡界面”で二人は一つとなり、運命の赤い糸で結ばれているようだった。
それから三カ月後、二人はめでたく結婚した。不安など、どこ吹く風の熱愛を維持したまま、二人はスピーディーに夫婦となった。
やがて二人の間には子供も生まれ、笑顔が絶えない幸せな家庭を築いた。
ある時、休日の午後、
妻が夫にQ.611「“あっち向いてホイ”で負けたら、お皿洗いをやってくれない?」と家事の勝負を挑んできた。ちょうど、暇を持て余していた夫は、笑顔で対決に応じた。
妻は強かった。いや、夫が弱すぎたのかもしれない。たった一戦で夫の負けが確定した。
その時は、夫の手の内が妻に読まれているとは夢にも思わなかった。
Q.794「妻の前だと、俺の心はクリアになるのか?」
Q.795「妻は、俺の心を見透かしているのか?」
まさか・・・そんなはずはあるまい。
Q.796 ベッドの上、横で小さな寝息を立ててスリープモードになっている妻が?
そんなはずはあるまい。
妻は、正真正銘の“ヒト”だ。 ・・・アンドロイドなどではない。
機械に人の子は産めない。 ・・・仕事の都合で、出産には立ち会っていないが。
そんなバカな・・・最愛の妻をロボット扱いするのはよせ。
Q.797「待てよ・・・俺が、妻に操縦されているのだろうか?」
そんなバカな・・・俺は、妻のロボットではない。
俺達は、運命の赤い糸で結ばれていたはず・・・
糸で操られる傀儡ではない。
男は自分に言い聞かせた。あり得ないことばかり考えて、脳がフリーズしそうだったからである。時間の無駄だ、早く寝よう。脳を休ませよう・・・ログオフして。
そんなはずは・・・あるまい。
不況の最中、男の勤めていた会社が突如倒産した。親会社の都合で、会社そのものをリストラクチャリングし、解体せざるを得なくなったのだ。当然のことながら、男はその日から職を失った。
Q.920「どうして俺が、こんな目に遭わなければならない?」
男は、大切なパーツの一つである仕事が消失したことを家族に言わなかった。
男は“良きパパ”を、二か月以上もカムフラージュし続けていたのだ。
しかし、劣悪な内部構造の欠陥品の表面に施された鍍金は、すぐに剥がれ落ちる。
Q.958「あなた・・・?」
ハローワークの近くの公園でハトを観察していた夫は、役所に用事があって偶然そこを通りかかった妻に発見、保護された。男は、自分を支えてくれる唯一の存在が傍に座った途端、年甲斐もなく泣き崩れた。弁解することもなく、涙混じりの大声で妻に向かってひたすらに謝った。心を許せるのは、彼女しかいなかった。
「・・・大丈夫。あなたの苦しみは、私の苦しみでもあるの。わかっていたわ、あなたのこと。私たちは、二人で一つなのよ。・・・あなたのことを誰よりも愛しているのは、私よ。お願い、私を信じて・・・」
桜が満開となった公園で、存分にピクニックを楽しんだ一家は帰宅の途についていた。
Q.997「あれぇ? パパ、どっかいっちゃうの?」
父は、娘と繋いでいた手を、本当は離したくないように惜しみながら離した。
この子は、妻に似ている。慈悲深くて、勘が鋭い。父の心は、かわいい娘にも手玉に取られてしまっていたようだ。
しかし・・・男は、それで幸せなのだ。この男にとっての理想の幸せは、これなのだ。
「パパは遠いところに行かなくちゃならないんだ。しばらく会えなくなるけど、必ずまたどこかで会えるからね。・・・ママの言うことを聞いて、いい子にして待っているんだよ」
父は娘を抱きしめた。
・・・父の本心は・・・まだ、娘と一緒にいたかった。
Q.998「どんな時も、私たちは一緒よね?」
「ああ、もちろん」
男は、父として娘を右手に抱き上げると、夫として左手で妻を抱擁した。
Q.999「この子にボーイフレンドが出来ても嫉妬しないでよ?」
「ははは・・・今からそんなことを言うのか。まだまだ先の話だろう。まぁ、正直、今のところは何とも言えないが・・・この子が愛した男なら、パパはそれでいいよ」
父は、複雑に“はにかんだ”笑顔で娘を見つめた。
「パパ、こわ~い」
やっぱり、ウチの娘は妻に似ている・・・
俺のような男を生涯の伴侶に選ばなければいいが・・・
父にとっての最期の理想は、自分を上回る男と、娘が結婚することであった。
「そろそろいかないと・・・」
満開になる一方で、散りゆく桜もある。桜の花は、男の人生に似ていた。
Q.1000「これで、いいのよね・・・あなた?」
「・・・これが、運命だからな。 今まで、ありがとう」
母と娘が二人だけで帰宅したのを、シュピーゲル社の研究員たちは向かいのマンションから双眼鏡と盗聴器で確認した。
Q.117「これで、良かったのでしょうか?」
Q.363「何が?」
「この一家の、運命です」
「運命に興味があるなら、君はそれを研究したまえ。残念ながら、ここではやっていないがね。Q.364私の研究テーマは、人々が持つ“曖昧な理想”をはっきりさせることだぞ? そんな初歩的なことを忘れたとは言わせまい」
白衣を着た白髪の男は、手に持っていた分厚い資料をバシン!とテーブルに叩きつけた。その一番上には、男と女が受けた適性テストの検査結果を記した書類があった。
被験者No.00017970M
Ideal:「自身の全てを受け入れてくれる人」 被験者には「思いやりのある人」と通知。
Inclination:「直情タイプ。依存タイプの傾向も有」 被験者には「決断力・実行力に長けている人」と通知。
被験者No.01105321F
Ideal:「自分の為に命を捧げられる人」 被験者には「行動力のある人」と通知。
Inclination:「感覚鋭敏タイプ。自己防衛タイプの傾向も有」 被験者には「理解力に長けている人」と通知。
Q.365「シュピーゲルシステムの精度の高さがよくわかったか? 我々の仕事はこれで終了だ。引き揚げるぞ」
Q.118「あ、待って下さい・・・二人を結びつけたのは、シュピーゲルではないですよね?」
「君もなかなか頑固だな・・・Q.366“合わせ鏡”は、私の専門分野ではないとさっき言ったばかりだろう? ほら、これを持って」
白髪の男は、眼鏡を掛けた白衣の女性に、盗聴用の機材を入れたバッグを不躾に渡した。
Q.119 ・・・主任。人の運命まで、人が支配できるのでしょうか・・・?
Q.120 ・・・聞いてください。人の運命を、人が支配してよいのでしょうか・・・?
一家の主は、「海外に長期出張する」と言ったその日から消息不明となった。
どうやら、失業したショックで自殺した、らしい。
残された妻と娘は、深い悲しみに明け暮れていた。だが一方で、大きな悲しみの分だけ家族の愛の絆が強かったともいえる。
もっとも、母娘が大黒柱の死を受け入れるのには、相当の時間を要した。
・・・しかし、
せめてもの救いとして、遺族にはシュピーゲル社から多額の保険金が支払われたそうだ。
Q.413 いかがです? こちらが、お二人が理想とされた生命保険システムの概要です。
Q.414 と、いうことは、つまり・・・?
・・・ご心配なく。ご主人様のお命は当社が責任を持ってお預かりさせて頂きます。
Q.415 お申し込み内容は、「1,000.Qプラン」でよろしいですね?
―承知致しました。では、こちらにサインを・・・
一片の桜の花びらが消えて、二十年の歳月が流れた。
男の娘は年頃の女性になり、運命の相手と式を挙げる日を迎えていた。
純白のウエディングドレスに身を包んだ娘は、母が持つ“父の遺影”に向かって、父の娘として最後の挨拶を述べていた。
「天国のパパへ・・・私は彼のもとへ嫁ぎます。こんなに素敵な男性と出会えて、結婚できたのは、パパとママがいたからです。・・・二人がパパとママでよかった・・・」
新婦は、感極まって泣き出し、涙で声を詰まらせた。
Q.996「いいですね? 一目会うだけ、ですよ・・・」
「・・・わかっている」
ピンク色のウサギのコスチュームに身を包んだ男に、もう一人のウサギ男が、ウサギの耳ではない耳元で囁いた。
教会の外では、ウサギ男を含めたイベントスタッフの手により、ライスシャワーの準備が進められていた。
Q.997「・・・それにしても、なぜウサギをチョイスしたんだ?」
「・・・べ、別に、変な意味はありませんよ。白とピンクで、めでたい感じがすると思いましてね・・・」
「・・・そうか、それならいいが・・・Q.998 しかし、着包みの中は暑いものだな?」
「・・・ええ。・・・さぁ、そろそろですよ・・・」
新郎と新婦が、盛大な拍手に迎えられ、白日の下に晴れやかな姿を見せた。
眩い太陽の光と祝福の声が、二人を優しく包み込む。
二人は、並んだままゆっくりと歩を進め、ライスシャワーを浴びながらウサギ男たちに近付いてきた。
Q.999「いいですね? 私のうしろにいてくださいよ・・・あ、ちょっと! ダメですよ!」
ピンク色のウサギ男は、白色のウサギ男を突き飛ばし、人を押しのけて新婦の前に出てきた。
・・・そして、何も言わずに新婦をハグした。
Q.1000「・・・だ、誰? ・・・もしかして・・・パパ? パパなの?」
新婦は、驚いた表情でそっと耳打ちし、笑ったまま素顔の見えないウサギの顔色を窺った。
得体の知れないウサギの乱入により、その場に一瞬の静寂が訪れた。
「結婚おめでとう! ウサギさんは、とっても嬉しいよ!」
白いウサギ男が陽気な声を発しながら、気まずいムードを打ち破った。
木の籠に入れていた真っ白な米粒を、二人の頭へ豪快に振りかけたのだ。
ピンク色のウサギ男は無言でハグを解くと、一歩下がって、新郎に深々と頭を下げた。
・・・よろしく頼む、と。 婿には聞こえない声で。
「・・・あなた・・・あの頃と、ちっとも変わらないのね・・・」
「狭い部屋に閉じ込められて、体はだいぶ老けてしまったけどな・・・いやぁ、何といっても娘は美しかった」
「相変わらず親馬鹿なんだから・・・」
「忘れずに、写真を送ってくれよ・・・」
「はいはい。言われなくてもわかっています」
そろそろお時間ですよ、電話をお切りください・・・
「おっと、まずい・・・また外に出られなくなる・・・今度は、孫の顔を見るときに外出できるらしいから、それまで会えなくなるな」
「そうみたいね・・・1,000.Q あれ? いつもの言葉、言わないの?」
「・・・あのな・・・この会話、シュピーゲルサイドにも聞かれているんだぞ・・・」
「・・・」
「この歳になっても言うのか・・・・・・・・・・愛しているよ」
「ふふふ・・・ありがとう」
1,000.Q
ところで、アナタは“運命”を信じる方ですか?
1.まったくそう思わない。
2.そう思わない。
3.どちらとも思わない。
4.そう思う。
5.強くそう思う。
最後まで読んで頂いた方、ありがとうございました。
簡単な解説をしておきます。
シュピーゲルとはドイツ語で「鏡」です。「人の理想を映し出す鏡」として、象徴的に使っています。シュピーゲルシステムという、スーパーコンピューターみたいな人工物によって、知らないうちに人間の心がコントロールされるとおもしろいかな、という発想で書きました。実をいうと、当初は「女性の正体がアンドロイドだった」という結末で締めくくろうと思っていました。しかし、諸事情により、物語を複雑に再構成しました。その理由の一つとして、女性をアンドロイド化する風潮に、一石を投じようと思ったことがあります。この風潮を突き詰めると、男性諸君の空虚な“理想”癖に辿り着くのではないか、と。恋愛系の物語に限れば、男性がアンドロイド化されるのってなぜか少ないですよね? 男性と女性では、思い描く理想の質が違うんですよ、多分・・・。そして「自分を知る」とは「現実を知る(知って)」とのメッセージでもあります。意外と男性の方が、ロマンチストが多いのかもしれないですよ。
・・・かく言う私も、運命めいたものを信じる夢想家ですが・・・。
本作でも「運命はコンピューターでも操作しきれないのでは?」という立場です。
人には立ち入れない領域って、きっとあるんですよ・・・ね?