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異世界鉄道王物語

異世界鉄道王物語 ~第1章~ 発明家テオと好奇心旺盛な王女

作者: 蒼屋 瑞希

親愛なる読者の皆様へ


これからお届けする物語は、魔法と科学が交錯する異世界の、とある王国のお話です。


そこは、中世ヨーロッパを思わせる街並みが広がり、馬車が主な移動手段となっている世界。しかし、この世界にはまだ誰も見たことのない、驚くべき発明が生まれようとしていました。


物語の主人公は、現代日本から転生した12歳の少年、テオ。彼の頭の中には、この世界では考えもつかないような知識が詰まっています。そして、彼のアイデアが、やがてこの王国を、いや、世界を変えていくことになるのです。


好奇心旺盛な王女リリー、忠実な侍女エマ、そして発明家を目指すテオ。

3人の出会いが、予想もつかない冒険の始まりとなります。


さあ、扉を開けてください。

異世界の風があなたの頬をなでるはずです。


薄暗い部屋の中で、12歳の少年テオは眉間にしわを寄せながら、手元の木片を熱心に削っていた。彼の周りには様々な道具や、半完成の奇妙な物体が散らばっている。部屋の隅には粗末なベッドが二つ。壁には所々に雨漏りの跡が見える。


「よし、これでいけるはずだ」


テオは満足げに微笑んだ。彼が手に持っているのは、一見すると普通の独楽にしか見えない。しかし、その形状は微妙に異なっていた。底面が僅かに凹んでおり、側面には細かな溝が刻まれている。


(この世界の物理法則も、基本的には前の世界と同じみたいだからな...)


テオの脳裏に、前世の記憶が瞬時によぎる。彼は今の世界に生まれ変わる前、「地球」と呼ばれる別の世界で暮らしていた。そこで得た知識を、このファンタジーじみた世界で密かに活用しているのだ。


「兄ちゃん、見て見て!」


弟のアースの声に、テオは我に返った。窓の外を見ると、近所の公園で遊ぶアースの姿が見える。アースは両手を地面に押し付け、眉間にしわを寄せて集中している。


「はあっ!」


アースの掛け声とともに、砂場の砂が盛り上がり始めた。それは徐々に形を成し、小さな城の形になっていく。周りで遊んでいた子供たちが驚いて後ずさりする。


「凄いぞ、アース!」テオは窓から身を乗り出して声をかけた。「その調子だ!」


アースは嬉しそうに兄を見上げた。しかし、その瞬間集中が途切れ、砂の城はくずれ始めてしまう。


「あー!もう少しだったのに...」アースは肩を落とした。


テオは微笑ましく弟を見つめる。アースの土魔法の才能は、この地域でも一際目立っていた。しかし、それは必ずしも良いことばかりではない。魔法を使える子供は珍しくないが、アースほど強い才能を持つ者となると、時に周囲から警戒の目で見られることもあるのだ。


「アース、そろそろ帰ってきな。お腹が空いただろう?」


テオは弟を呼び戻しながら、自分の作った独楽...いや、「糸ゴマ」を手に取った。細い紐を巧みに巻きつけ、一気に引いて回転させる。


ビュンッ!という鋭い音とともに、糸ゴマは床の上で高速回転を始めた。普通なら数十秒で倒れるはずの独楽が、1分、2分と回り続ける。


「兄ちゃん、また新しいの作ったの?」


部屋に戻ってきたアースが、目を輝かせて糸ゴマを見つめている。


「ああ。今度のは特別製だ。明日、みんなに見せてやろう」


テオは得意げに言った。しかし、その表情にはほんの少しの不安が混じっている。彼の「発明品」が評判になればなるほど、自分の秘密...前世の記憶に気づかれる危険性も高まるのだ。


それでも、子供たちの笑顔を思い浮かべると、テオの心は躍った。明日はきっと、また新しい冒険が待っている。


糸ゴマは、まるで二人の未来を予言するかのように、部屋の中で静かに、しかし力強く回り続けていた。


-----


朝日が城下町の屋根を照らし始めた頃、市場の広場は既に活気に満ちていた。八百屋の威勢のいい掛け声、鍛冶屋から響く金属音、そして子供たちの歓声が入り混じる。


その喧騒の中心にいたのは、テオだった。


「ほら、こうやって回すんだ」


テオは糸ゴマを巧みに操り、石畳の上で踊るように回転させる。周りを取り囲んだ子供たちから歓声が上がった。


「すげえ!」

「どうやってそんなに長く回るんだ?」

「僕にもやらせて!」


子供たちは目を輝かせ、次々とテオから糸ゴマを借りては挑戦する。しかし、テオほど上手く回せる子はいない。


「なあテオ、これって魔法使ってるんじゃないのか?」ある少年が疑わしげに尋ねた。


テオは一瞬たじろぐ。「違うよ。これは魔法じゃない。ただの...物理の原理さ」


(しまった、また変な言葉を使っちまった)


テオは慌てて言い直す。「つまり、自然の法則ってことだよ。誰にでもできるんだ」


大人たちも興味津々で見守っている。中には首をひねる者もいる。


「魔法でもないのに、よく回るねえ」

「あの子、何かおかしいんじゃないか?」

「いやいや、あれは才能だよ。珍しい才能だ」


そんな大人たちの会話をよそに、テオは次は竹とんぼを取り出した。細い竹を削って作った羽根は、まるで本物のトンボの羽のように精巧だ。


「さあ、これを見て!」


テオが両手で竹とんぼを勢いよく回すと、それは見事に宙に舞い上がった。風に乗って、まるで生きているかのように舞う竹とんぼ。子供たちは歓声を上げ、中には追いかける子もいる。


その光景を、路地の陰から見つめる者がいた。上質な服を身にまとった少年と少女。貴族の子供たちだ。


「ねえ、私たちも混ざりたい」少女が小声で言う。

「だめだよ。見つかったら怒られる」少年が諭すように答える。

しかし、その目は好奇心に満ちていた。


そのとき、風に乗った竹とんぼが貴族の子供たちのいる方向へ飛んでいく。思わず手を伸ばした少女の指先に、竹とんぼが触れた。


「わあ!」


歓声を上げる少女。その声に、テオと他の子供たちの視線が集まる。一瞬の沈黙の後、テオが笑顔で手を振った。


「おいで!一緒に遊ぼう!」


躊躇する貴族の子供たち。しかし、テオの明るい笑顔と、周りの子供たちの期待に満ちた目に、彼らの警戒は徐々に解けていく。


「あの...僕たちも、やってみていいかな?」


おずおずと広場に出てきた貴族の子供たち。他の子供たちは最初こそ驚いたが、すぐに打ち解けて一緒に遊び始めた。身分の隔てなく、子供たちの笑い声が響く。


テオはその光景を見て、胸が熱くなるのを感じた。彼の小さな「発明」が、こんなにも人々を結びつけるなんて。


(これが、僕にできることなんだ)


しかし、その喜びと同時に、テオの心に不安がよぎる。自分の秘密...前世の記憶のこと。それを守り続けることができるだろうか。


市場の喧騒が最高潮に達する中、テオの作った竹とんぼが風に乗って舞い上がり、青い空へと消えていった。まるで、これから始まる大きな冒険を予感させるかのように。


-----


王城の最上階、豪奢な調度品に囲まれた部屋の窓辺に、一人の少女が佇んでいた。14歳のリリー王女である。彼女の瞳は遥か遠くを見つめ、その表情には言いようのない憂いが浮かんでいる。


窓の外では、城下町が活気に満ちていた。人々の笑い声、市場のにぎわい、子供たちの歓声。それらが風に乗って、かすかに王女の耳に届く。


リリーは小さなため息をついた。「また今日も、あの壁の向こうは楽しそうね」


彼女の横には、小鳥のさえずりが聞こえる。黄金の鳥籠の中で、美しい青い鳥が羽を休めている。リリーはその鳥を見つめ、そっと指を伸ばす。


「ねえ、あなたはどう思う? この部屋は快適? それとも...」


言葉を途切れさせたリリーの目に、一瞬寂しげな色が宿る。


「リリー様」背後から声がした。振り向くと、年配の女官が立っている。「お勉強の時間です」


リリーは小さく頷いた。「わかったわ、すぐに行くわ」


女官が去った後、リリーは再び窓の外を見やる。そこには、彼女が決して足を踏み入れたことのない世界が広がっている。


「本当は...」リリーは小さな声でつぶやいた。「本当は、あの町を歩いてみたいの」


その時、彼女の目に何かが留まった。城下町の上空を、奇妙な物体が舞っている。竹とんぼだ。風に乗って、まるで自由を謳歌するかのように。


リリーの目が輝いた。「あれは...なに?」


思わず身を乗り出すリリー。竹とんぼは風に乗って舞い上がり、城の方へと近づいてくる。そして...


「あ!」


リリーの驚きの声とともに、竹とんぼは彼女の開いた窓から部屋の中へと飛び込んできた。


リリーは慌てて竹とんぼを手に取る。初めて見る不思議な玩具に、彼女の目は好奇心で輝いていた。


「これ、どうやって飛んでいるの? 魔法? いいえ、違うわ...これは...」


リリーは竹とんぼを慎重に観察する。その目は鋭く、頭脳明晰な彼女の特徴をよく表していた。


「面白い...誰が作ったのかしら」


その瞬間、リリーの心に決意が芽生えた。この不思議な玩具の正体を、そしてそれを作った人物を突き止めたい。それは彼女にとって、退屈な日々からの小さな、しかし大切な冒険の始まりだった。


「よし」リリーは小さく頷いた。「これを手掛かりに...」


彼女は竹とんぼを大切そうに抱え、部屋を出ていった。その背中には、これまでにない決意と期待が見てとれた。


鳥籠の中の青い鳥が、小さくさえずる。まるで、これから始まる冒険を祝福するかのように。


窓の外では、城下町の喧騒が続いていた。そして、その喧騒の中に、リリー王女の人生を変える鍵が隠されていることを、誰も知る由もなかった。


-----


リリー王女の指先で、竹とんぼがゆっくりと回転する。彼女の瞳には、これまでに見たことのない好奇心の光が宿っていた。


「本当に不思議ね...」リリーは呟いた。「どうしてこんなに軽やかに飛べるのかしら」


彼女は竹とんぼを窓際に持っていき、そっと手を離した。風に乗った竹とんぼは、まるで生き物のように優雅に舞い、王城の中庭へと降りていく。


「あっ!」リリーは思わず声を上げた。「待って、戻ってきて!」


彼女は慌てて廊下へ飛び出した。長いドレスが足を取るのも構わず、階段を駆け下りる。


中庭に到着したリリーは、息を切らせながら辺りを見回した。綺麗に刈り込まれた庭木や、色とりどりの花々。その中で、彼女の目は竹とんぼを探していた。


「王女様、何をお探しですか?」年配の庭師が心配そうに声をかけた。


リリーは立ち止まり、少し照れくさそうに答える。「あの...風に乗って飛んでくる不思議な玩具を見なかった?」


庭師は首を傾げた。「申し訳ありません。そのような物は見ておりませんが...」


その時、若い女官が駆け寄ってきた。「王女様、グレイス夫人がお呼びです。歴史の勉強の時間です」


リリーはため息をつきながら頷いた。しかし、彼女の心は竹とんぼへの興味で一杯だった。


翌日、リリーは忠実な侍女のメアリーを呼び寄せた。


「メアリー、お願いがあるの」リリーは真剣な表情で言った。「城下町で、風で飛ぶ不思議な玩具のことを聞いてきてくれない?」


メアリーは驚いた様子だったが、すぐに頷いた。「かしこまりました」


数日後、メアリーが報告を持ってきた。


「王女様、その玩具は『竹とんぼ』と呼ばれているそうです。市場の東側で、よく子供たちが遊んでいるとか」


リリーの目が輝いた。「作った人は分かった?」


メアリーは首を振る。「はっきりとは...ただ、『発明の少年』と呼ばれる子が関係しているらしいです」


それから数週間、リリーは様々な方法で情報を集めた。城に出入りする商人たちに、さりげなく質問をする。騎士たちの会話に耳を傾ける。そして、城の図書館で工芸や玩具に関する本を読み漁った。


少しずつ、謎が解けていく。


発明の少年は、東の外れに住んでいるらしい。

彼は他にも不思議な玩具を作っているという噂がある。

その少年、名前は...


「テオ」リリーは小声で繰り返した。やっと、その名前にたどり着いたのだ。


その瞬間、リリーの心に決意が芽生えた。この不思議な玩具を作ったテオという少年に、どうしても会ってみたい。


(どうやって会いに行けばいいの...?)


リリーは窓の外を見つめながら、思案を巡らせた。城を抜け出すのは簡単ではない。しかし、彼女の目には決意の色が宿っていた。


風に乗って舞う竹とんぼのように、リリー王女の小さな冒険が、今まさに始まろうとしていた。


-----


朝もやの立ち込める城下町の路地裏。テオは肩で息をしながら、急ぎ足で歩いていた。


(まさか、本当に呼び出されるなんて...)


数日前、テオのもとに一通の書状が届いた。差出人は王城。内容は、彼の「発明品」について話を聞きたいというものだった。


テオの胸の中で、興奮と不安が入り混じる。


(バレたのかな...僕の秘密...)


王城の裏門に到着したテオは、深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。


「お待ちしておりました」


門番が彼を出迎え、城内へと案内し始めた。テオは目を丸くして、豪華な内装や調度品を見つめる。


長い廊下を歩き、やがて彼らは大きな扉の前で立ち止まった。


「お入りください」門番が扉を開ける。


緊張で手に汗を握りながら、テオは部屋に足を踏み入れた。


そこで彼の目に飛び込んできたのは、窓辺に佇む一人の少女の姿だった。


リリー王女である。


彼女がゆっくりと振り向く。その瞬間、テオは息を呑んだ。


王女の瞳には、好奇心と知性の輝きがあった。それは、テオがこれまで見たことのないような、澄んだ輝きだった。


「あなたが...テオね」


リリーの声は、予想以上に柔らかく、親しみやすいものだった。


「は、はい」テオは慌てて頭を下げる。「テオと申します。お呼びいただき、ありがとうございます」


リリーは微笑んだ。「緊張しないで。ただお話がしたいだけよ」


彼女は机の上に置かれた竹とんぼを手に取る。


「これ、あなたが作ったの?」


テオは驚きを隠せない。「そ、それは...はい、僕が作りました」


「すごく面白いわ」リリーの目が輝く。「どうやって作ったの?魔法?」


「いえ、魔法ではありません」テオは慎重に言葉を選ぶ。「自然の...原理を利用しただけです」


「自然の原理?」リリーが首を傾げる。「詳しく聞かせて」


テオは困惑する。どこまで話せば良いのか。自分の秘密を守りながら、どう説明すれば...


「あの...」テオは言葉を絞り出す。「風の力と、回る力を利用しているんです」


「回る力?」リリーの目が好奇心で輝く。


テオは深呼吸をして、できるだけ分かりやすく説明しようと努める。


「はい。竹とんぼが回ると、羽の形によって上に向かう力が生まれるんです。それと、回ることで安定する力も働いて...」


テオは手振りを交えながら続ける。「想像してみてください。水の入ったバケツを回すと、水がこぼれないですよね?それと同じ原理で、竹とんぼも回ることで安定して飛ぶんです」


リリーは熱心に聞き入る。「なるほど!回ることで飛ぶ力と安定する力が生まれるのね。でも、どうしてその形にしたの?」


「それがですね...」テオは少し照れくさそうに笑う。「たくさん試行錯誤してみて、一番よく飛ぶ形を見つけたんです。羽の角度や長さを少しずつ変えて...」


リリーは感心したように頷く。「すごいわ。そんなに深く考えて作ったなんて...」


会話が進むにつれ、テオの緊張は少しずつ解けていった。リリーの純粋な好奇心と、彼の「発明」への興味が、二人の間の壁を少しずつ溶かしていく。


テオは他の発明品についても話し始めた。糸ゴマの仕組みや、紙風船の作り方。リリーは目を輝かせて聞き入り、時折鋭い質問を投げかける。


「ねえ、テオ」突然、リリーが真剣な表情で言った。「私にお願いがあるの」


「はい?」テオは身構える。


リリーは深呼吸をして、決意を込めて言った。


「私を...城の外に連れ出して」


テオは驚きのあまり、大きく目を見開いた。


「え...王女様、それは...」


リリーは急いで付け加えた。「もちろん、こっそりよ。誰にも気づかれないように」


テオは困惑の表情を浮かべる。「でも、それは危険では...」


「お願い」リリーの目は真剣だった。「あなたの発明品を実際に見てみたいの。そして、城の外の世界を...」


テオは言葉に詰まる。断ろうとする理性と、何かに駆り立てられる感情が、胸の中で葛藤していた。


そのとき、風に乗って一枚の葉っぱが窓から舞い込んできた。それは優雅に空中を舞い、まるで竹とんぼのように二人の間を通り過ぎていく。


テオとリリーは、その葉っぱを目で追いながら、ふと視線を交わした。


その瞬間、テオは直感した。この出会いが、彼の人生を大きく変えることになるだろうと。


「わかりました」テオは小さく、しかし決意を込めて言った。「考えてみます」


リリーの顔に、喜びの表情が広がる。


窓の外では、風に乗った本物の竹とんぼが、まるで二人の新たな冒険の始まりを祝福するかのように、優雅に舞っていた。


-----


夕暮れ時の城下町。テオは王城への道を急ぐ足を少し緩め、深呼吸をした。昨日のリリー王女との対面から、彼の頭の中はぐるぐると考えが巡っていた。


(王女様を城外に連れ出すなんて...本当にできるのかな)


城門をくぐり、長い廊下を通り過ぎる間も、テオの心臓は早鐘を打ち続けていた。そして再び、あの部屋の前に立つ。


扉が開くと、昨日と同じようにリリー王女が窓辺に立っていた。しかし今回、部屋にはもう一人の人物がいた。


「テオ、来てくれてありがとう」リリーが振り返り、柔らかな微笑みを浮かべる。


テオは戸惑いながらも会釈をした。「王女様、そちらの方は...?」


リリーは隣に立つ若い女性を手で示した。「こちらは私の侍女で親友のエマよ。絶対に信頼できる人なの」


エマは一歩前に出て、丁寧にお辞儀をした。「テオさま、お噂はかねがね承っておりました」


彼女の立ち振る舞いには気品があり、同時に鋭い眼差しがテオを捉えていた。


テオは困惑の表情を隠せない。「王女様、これは...」


リリーは急いで説明を始めた。「昨日あなたに相談してから、ずっと考えていたの。私一人で外出するのは確かに危険すぎる。だからエマにも協力してもらうことにしたわ」


エマは真剣な表情で付け加えた。「リリー様の安全が何より大切です。私が同行することで、少しでもリスクを軽減できればと思います」


テオはゆっくりと頷いた。確かに、王女一人での外出は無謀すぎる。エマの存在は、計画により現実味を持たせるだろう。


「わかりました」テオは決意を込めて言った。「お二人のお手伝いをさせていただきます。ですが、いくつか条件があります」


リリーとエマは身を乗り出すように注目した。


テオは指を立てて説明を始めた。「まず、安全が最優先です。少しでも危険を感じたら、すぐに引き返します。次に、街での行動には制限を設けさせてください。目立つ場所や人混みは避け、できるだけ人目につかないよう行動しましょう」


リリーは少し残念そうな表情を浮かべたが、すぐに真剣な顔つきで頷いた。「わかったわ。あなたの言う通りにするわ」


エマも同意の意を示した。「賢明な判断だと思います」


三人は部屋の中央に集まり、小さな円卓を囲んで座った。テオは懐から紙と鉛筆を取り出し、簡単な城の見取り図を描き始めた。


「城を出るタイミングが鍵になります」テオが言う。「警備の隙を見計らう必要がありますが...」


エマが身を乗り出した。「夜警の交代時間を利用するのはどうでしょう。22時と2時に交代があり、その間およそ10分ほど警備が手薄になります」


テオは感心したように目を見開いた。「さすがですね。その情報は助かります」


リリーは目を輝かせながら言った。「私たちの部屋からなら、東の塔を通って裏庭に出られるわ。そこから城壁まではそれほど距離がないの」


テオはリリーの提案を聞きながら、図に新たな線を書き加えていく。「なるほど...ここを通れば...」


エマが心配そうに眉をひそめた。「でも、塔の階段は急で狭いです。ドレス姿では難しいかもしれません」


テオは考え込むように顎に手を当てた。そして、ふと思いついたように言った。「それなら、こんな道具が役立つかもしれません」


彼は新たな紙に何かをスケッチし始めた。リリーとエマは興味津々で覗き込む。


「これは...」リリーが目を丸くする。

「まさか、空を飛ぶ道具ですか?」エマが驚いた声を上げる。


テオは少し照れくさそうに頭を掻いた。「いえ、そこまでは...ですが、これなら階段を安全に、そして静かに降りることができるはずです」


三人は頭を寄せ合い、細かい点を詰めていく。時には意見が食い違うこともあったが、少しずつ計画が具体的な形を取り始めていった。


話し合いが一段落すると、エマが小さくため息をついた。「これが上手くいけば良いのですが...」

リリーが彼女の手を優しく握る。「大丈夫、きっと上手くいくわ」

テオは二人を見て、勇気を奮い立たせるように言った。「僕たちならできます。必ず」


三人は顔を見合わせ、小さく、しかし確かな笑みを交わした。そこには不安と期待、そして秘密を共有する者同士の絆が感じられた。


窓の外では、夜の帳が降り始めていた。城下町に灯りが一つ、また一つと点り始める。


部屋の隅に置かれた竹とんぼが、ふいに夜風に揺られて回転した。まるで、三人の決意を祝福するかのように。


テオ、リリー、そしてエマの秘密の冒険は、今まさに始まろうとしていた。


-----


夜の帳が完全に下りた頃、テオは王城を後にしていた。彼の足取りは重く、心の中は複雑な思いで渦巻いていた。


(本当に、これで良いのだろうか...)


城下町の狭い路地を歩きながら、テオは何度もその問いを自分に投げかけた。王女を城外に連れ出すという計画は、確かに危険で無謀なものに思える。しかし同時に、リリー王女の瞳に宿った好奇心と冒険心は、テオの心の琴線に触れるものがあった。


路地の角を曲がると、そこには弟のアースが待っていた。


「兄ちゃん!どうだった?」アースは目を輝かせて尋ねる。


テオは苦笑いを浮かべる。「まあ...色々あったよ」


二人で歩きながら、テオは出来事を簡単に説明した。もちろん、リリーとエマとの秘密の計画については触れなかった。


「へえ、王女様と直接会ったんだ」アースは感心したように言う。「兄ちゃんってすごいね」


テオは複雑な表情を浮かべる。「そうかな...」


家に着くと、テオはすぐに自室に向かった。机に向かい、深く息を吐く。


頭の中では、現代の知識と、この世界での常識が絶えず衝突していた。エレベーターのような仕組みを使えば、城からの脱出はもっと簡単になるだろう。しかし、そんなものをこの世界で突然作り出せば、確実に怪しまれてしまう。


(どこまで、僕の知識を使っていいんだろう...)


テオは紙を取り出し、アイデアを書き始めた。城壁を降りるためのシンプルな滑車システム、警備の目をくらますための発煙装置、街中で目立たないようにするための変装道具...。


一つ一つのアイデアを書き出すたびに、テオは自分の心の中で葛藤していた。これらの発明は、この世界の技術レベルからあまりにもかけ離れていないだろうか。怪しまれることはないだろうか。


そして何より、自分の秘密...前世の記憶を守り続けることができるだろうか。


夜が更けていく中、テオの頭の中は止まることなく回り続けていた。


ふと、机の上に置いてあった竹とんぼが目に入る。テオはそれを手に取り、じっと見つめた。


(そうだ...シンプルでいいんだ。この世界にあるもので、工夫を加えれば...)


新たな決意と共に、テオは再び紙に向かった。今度は、この世界の素材と技術で実現可能なアイデアを慎重に選び、詳細を書き始める。


夜が明ける頃、テオの机の上には幾つもの図面が広げられていた。それらは確かに画期的だが、決して「魔法」や「異世界の技術」と呼ばれるほど突飛なものではなかった。


テオはようやく安堵の表情を浮かべ、椅子に深く身を沈めた。


(これなら...大丈夫かもしれない)


しかし、その安堵の中にも、かすかな寂しさが混じっていた。自分の全ての知識を活かせないもどかしさ、そして誰にも本当の自分を理解してもらえない孤独感。


窓から差し込む朝日が、テオの疲れた顔を照らす。新たな一日の始まりと共に、彼の冒険も、また一歩前に進もうとしていた。


部屋の隅では、一晩中テオを見守っていたかのように、竹とんぼが静かに佇んでいた。


-----


静音装置は見事に機能し、3人は音もなく城壁を降りていった。彼らの姿は夜の闇に溶けるように消えていく。


城下町は、3人にとって別世界のようだった。狭い路地に立ち並ぶ家々、行き交う人々の笑い声、遠くから聞こえる音楽。リリーは目を輝かせ、すべてを吸収しようとしていた。


「わぁ、これが本当の町の姿なのね」リリーが小声で感嘆した。


テオは得意げに笑みを浮かべる。「どうですか、王女様。僕の変装道具のおかげで、誰にも気づかれていませんよ」


確かに、テオが作った特殊な外套のおかげで、3人は普通の町の子供たちと見分けがつかなかった。


エマは少し緊張した様子で周りを見回しながら言った。「でも、あまり遠くまで行くのは危険です。程々にしましょう」


3人は市場を抜け、小さな広場に出た。そこでは、街の子供たちが集まって何かで遊んでいた。


「あれは...」テオが目を細める。「僕の作った糸ゴマだ」


リリーが驚いた声を上げる。「本当?街の子供たちが、あなたの発明品で遊んでるのね」


テオの顔に誇らしげな表情が浮かぶ。「はい。でも、まだまだ改良の余地があるんです。もっと長く回るように...」


彼らは、しばらくその光景を眺めていた。リリーの目には喜びの涙が浮かんでいた。


しかし、楽しい時間はあっという間に過ぎ去った。


「もう、こんな時間!」エマが慌てて言う。「早く戻らないと」


3人は急いで城に向かったが、城門はすでに閉まっていた。


「どうしよう...」リリーが不安そうに呟く。


テオは素早く考えを巡らせ、「大丈夫、これを使えば」と静音装置付きの滑車を指さした。


3人は再び滑車を使って城壁を登り始めた。しかし、疲れと焦りから、エマが小さな悲鳴を上げてしまう。


その瞬間、松明の光が彼らに向けられた。


「誰だ!」厳しい声が響く。


光の中に現れたのは、国王と王妃だった。テオは息を呑んだ。目の前にいるのは、これまで遠くからしか見たことのない王国の統治者たち。彼らの威厳ある姿に、テオは身が竦む思いだった。


「リリー!」王妃が驚きの声を上げる。その声には怒りと安堵が入り混じっていた。


3人は凍りついたように立ちすくんだ。リリーは震える手で髪をかきあげ、おずおずと両親を見上げた。


「あ、あの...お父様、お母様...」


国王の目がリリーからエマへ、そしてテオへと移る。その鋭い視線に、テオは思わず一歩後ずさりした。


「そちらの少年は誰だ?」国王の声は低く、威圧的だった。


リリーは一瞬ためらったが、勇気を振り絞って答えた。「テオです。私の...友達です」


テオは慌てて深々と頭を下げた。「は、はじめまして、陛下。テオと申します」


国王はテオをじっと見つめた。その目には疑念と好奇心が混ざっているようだった。


「テオ...聞いたことのない名だが、お前は何者だ?」


テオは喉の渇きを感じながらも、できる限り落ち着いた声で答えようとした。「私は...発明家を目指しております。城下町に住んでおります」


その言葉に、国王の眉が少し持ち上がった。


厳しい叱責が続く中、リリーは涙ながらに説明を始めた。テオとエマも頭を深く下げ、謝罪の言葉を繰り返す。テオは自分の立場の危うさを痛感しながらも、リリーをかばおうと必死だった。


そして、意外な展開が訪れた。


国王はため息をつき、柔らかな口調で話し始めた。「実はな、私たちも若い頃、同じようなことをしたことがある」


王妃も少し恥ずかしそうに頷く。「そうよ。あの時は本当にドキドキしたわ」


3人は驚きの表情を浮かべ、顔を見合わせた。テオは自分の耳を疑った。まさか、国王と王妃がそんな経験を...?


「しかし」国王は再び真剣な顔に戻った。「危険なことだということは分かっているな?」


リリーたちは深く頷いた。テオは自分の心臓の鼓動が聞こえるほどだった。


突然、国王の視線がテオの手元に向けられた。「ところで、その装置は何だ?」


テオは手に持っていた静音装置付きの滑車を見て、一瞬躊躇したが、真実を語ることにした。


「これは...私が作った静音装置付きの滑車です。音を立てずに昇降できるように設計しました」


国王の目が興味で輝いた。「ほう...お前が作ったのか?」


テオは緊張しながらも、少し誇らしげに頷いた。「はい、私の発明品です」


国王は思案顔で装置を見つめ、そしてテオを見た。「他にも何か作っているのか?」


テオは驚きながらも、自信を持って答えた。「はい、いくつか。例えば、風力を利用した水汲み機や、摩擦熱を減らす車輪の設計など...」


国王は深く頷いた。そして、突然の提案をした。「よし、明日から宮廷に来て、その才能を見せてくれないか」


テオの目が大きく見開いた。リリーとエマも驚きの表情を隠せない。


「本当ですか、陛下?」テオの声は興奮で少し震えていた。


国王は微笑んだ。「ああ。だが」彼は3人を見回した。「二度とこのような無謀な行動は取らないと約束するんだぞ」


3人は固く誓った。リリーの目は涙と喜びで輝いていた。


その夜、テオは興奮で眠れなかった。明日から、自分の人生が大きく変わるかもしれない。彼の頭の中では、すでに次の大きな発明のアイデアが形作られ始めていた。


窓から差し込む月明かりの中、テオはそっと机に向かい、新しいスケッチを描き始めた。それは、大きな車輪と長い線路を持つ、まだ見ぬ乗り物の姿だった。彼の瞳には、未来への期待と冒険心が輝いていた。

いかがでしたでしょうか。


テオ、リリー、エマの3人が繰り広げた、ちょっぴりスリリングな城外脱出。

思いがけず国王と王妃に見つかってしまいましたが、意外な展開で窮地を脱しましたね。


テオの発明品、特に静音装置付きの滑車は、まさに彼の才能を象徴するものでした。国王の目に留まったことで、テオの人生は大きく変わろうとしています。


しかし、これはまだ始まりに過ぎません。

テオの頭の中に浮かんだ、あの大きな車輪と長い線路を持つ乗り物。

あれは一体何なのでしょうか?


次章では、テオが宮廷で新たな発明に取り組む姿や、リリーとエマとの友情の深まり、そして彼らの前に立ちはだかる新たな困難が描かれます。


テオは果たして「鉄道王」への道を歩み始めることができるのでしょうか。

次の展開にご期待ください!


なお、本作品の大部分は、「Claude 3.5 Sonnet」を活用しております。このお話は、短編集という形で不定期に出していきたいと思います。よろしくお願いします。

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