第26話 八苦 <日出 卯の刻>
雀が「チュンチュン」と啼いた。
その啼き声に釣られて
孤独の視線が障子窓の方へ動いた。
闇耳はただじっと
孤独の方に顔を向けていた。
「親父とお袋の兄妹に
八苦
っていう男がいたのを知ってるか?
俺達にとっては叔父になる。
お袋は本来はその八苦の叔父と
好い仲だったのさ。
だが八苦の叔父は親父との戦いに敗れた。
結果。
お袋は親父と添い遂げることとなった」
孤独は箸を取ると小鉢へ手を伸ばした。
そして小鉢の沢庵を口に運んだ。
ポリポリと小気味よい音が
雀の啼き声に重なった。
「大事なのはここからだ。
親父は八苦の叔父を殺さなかったのさ。
一二三の姉貴の卯の宅には
唯一の地下室があるだろ?
当時、卯の宅に住んでた親父は
そこに叔父を監禁して
殺したことにしたのさ。
その後。
本宅へ居を移した時に、
叔父の八苦もここへ移した。
この本宅には座敷牢があるのを
お前は知らねえだろ?
八苦の叔父は今もそこで生きてるんだよ」
面によってその表情が見えなくても、
闇耳が驚いたのは
その息遣いからもはっきりと伝わってきた。
「なぜ俺様が知ってるのかって?
それは俺様が
親父に言われて飯を運んでたからだよ。
言わば俺様は
八苦の叔父の世話係だったというわけさ。
兄妹の中でこのことを知ってるのは
俺様だけだ。
今からお前にその証拠を見せてやるよ」
そう言うと孤独は箸を置いて立ち上がった。
キュッキュッと鳴る鴬張りの廊下を歩いて
二人は本宅の北にある
奥の間へとやってきた。
障子戸を開けて中に入ると
孤独は床の間の掛け軸の前に立った。
それから孤独は大きく息を吸い込むと
壁に手を当てて体重をかけた。
すると。
ズルズルという音と共に
壁がゆっくりと奥へ向かって転回し始めた。
真蛇の面の闇耳が
じっと孤独の背中を見つめていた。
寸刻の後。
床の間の壁には暗い穴が
ぽっかりと口を開けていた。
その穴から生温く湿っぽい空気に混じって
喩えようもない臭気が流れてきた。
「この先に座敷牢がある。
目の見えねえお前でも
この淀んだ空気と臭いは感じるだろ」
暗い穴の先を見つめたまま
孤独は背後の闇耳に語り掛けた。
闇耳は何も言わなかった。
「いくぞ」
孤独が穴へ足を踏み入れた。
狭い通路が真っ直ぐに伸びていた。
灯り取りの窓もなく
数歩も進むと通路は闇に包まれた。
勝手がわかっている孤独の足は
暗闇の中でも迷いがなかった。
少し進んだところで孤独の足が止まった。
目が慣れてくると、
通路の右側に木の格子があるのがわかった。
そして。
奥にある格子戸が開いているのが
暗闇の中で辛うじて確認できた。
「ど、どういうことだよ!」
孤独の叫びが闇の中に反響した。
孤独が素早く格子戸へ駆け寄った。
闇耳が慌ててその後を追った。
二人は格子戸の前で足を止めた。
「いない・・」
座敷牢の中は無人だった。
「父、さ、ん、を。
殺、し、た、の、は・・」
「そんなわけねえ!」
闇耳の言葉を孤独がすぐに否定した。
「親父を殺したのは陰陽しか考えられねえ!
八苦の叔父が
そんなことができるわけがねえんだよ!」
真蛇の面から覗く闇耳の暗い瞳が
ただじっと空の座敷牢を見つめていた。
「とりあえず戻るぞ。
ここにいたら鼻がおかしくなりそうだぜ」
孤独はそう吐き捨てると
鼻を摘まんで来た道を引き返した。
闇耳はしばらくそこに佇んでいたが、
「はぅ」と小さく息を吐いてから
孤独の後を追った。




