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夜霧家の一族  作者: Mr.M
四章 丑三つ時は別の顔

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第14話 朧夜 <鶏鳴 丑の刻>

薄暗い部屋に二つの人影があった。

一つは

部屋の中程で静かに畳に座っていた。

もう一つは

刀を手に障子窓に背を向けて立っていた。


「そんな物で。

 私を殺せると思っているのですか?」

一二三は座ったまま

狐狸の方へ視線を向けると優しく微笑んだ。

「強がりをやめて観念すれば

 一思いに殺してあげるわ。

 いくら二三姉ぇが

 痛みを感じないといっても

 自分の体から流れる血を見続けるのは

 嫌なものでしょ?」

狐狸も負けじと微笑み返した。

しかし。

その醜い表情は微笑んでいるというよりも

苦痛に歪んでいるように見えた。

一二三は「はぁ」と大きな溜息を吐くと

気怠そうに立ち上がった。

「狐狸、

 貴方は私の体の秘密のすべてを

 知らないでしょう?

 貴方には私を殺すことはできないのです。

 いえ、誰一人として

 この私を殺すことなどできないのです」

そして一二三は小さく笑った。

「そうやって笑っていられるのも

 今の内よ!」

そう叫んだ瞬間、

狐狸の体が動いた。

一瞬で間合いを詰めると、

狐狸は逆風に太刀を振り上げた。

一二三が後に飛んでそれを避けると、

空中に僅かばかりの黒髪が散った。


「次は外さないわよ、二三姉ぇ」

狐狸はふたたび踏み込むと、

今度は袈裟に振り下ろした。

一二三の着物の衿が斜めに切れた。


狐狸が前に出ると、

一二三は後に下がる。

一二三が右に逃げると、

狐狸も右に追う。

二人は一定の距離を保ちつつ

部屋の中を激しく動いた。


しかし。

すぐに一二三の足が止まった。

いつの間にか

一二三は部屋の角に追い詰められていた。

「残念。

 もう逃げられないわね、二三姉ぇ」

狐狸が声をあげて笑った。

「そうですね。

 これ以上、

 無駄な追いかけっこはやめましょう」

一二三の右手がそっと頭の簪に触れた。

「そういえば、話の途中でしたね。

 貴方はお母様のことを覚えていますか?」

「二三姉ぇ、時間稼ぎなんて見苦しいわよ」

狐狸は一二三のその問いには答えず、

代わりに太刀を上段に構えた。


「私達兄妹の名は

 すべてお母様が付けて下さったのですよ」

「それがどうしたの?」

狐狸が「フッ」と鼻で笑った。

「私には初め『一二三』という字だけが

 与えられていたそうです。

 それを後から『ひふみ』と

 読ませるようにしたと

 お母様から聞きました」


風が障子窓をカタカタと揺らすと

障子窓に射す月明かりがすっと消えた。

ふたたび雲が月を覆ったのだ。

部屋の闇がより一層深くなった。

同時に外で

「キュキュキュキュ」

という啼き声がした。


「私の『一二三』という字は

 『ふじみ』とも読めるのですよ」

その闇の中に一二三の声が響いた。

直後、

一二三が頭の簪の抜いて天井へ投げた。

簪が天井に突き刺さって

ビィィンという奇妙な音を立てた。

「ふじみ・・」

天井に刺さった簪の煌めきに

目を奪われていた狐狸が

そう呟いた次の瞬間、

その体がぐらりと揺れて、

右手の太刀が畳に転がった。

狐狸は畳に膝を落とした。

狐狸の右肩に

髪のように細い畳針が突き刺さっていた。


「い、何時の間に・・」

狐狸が苦しそうな声を上げた。

目を凝らすと

一二三の左手の六本の指の間に

二本の細い畳針が挟まれているのが見えた。

「右手の簪に気を取られていた

 貴方がいけないのですよ。

 利き腕がやられて刀を振れますか?」

暗闇の中で

一二三の口元が微かに笑っていた。

狐狸は苦痛に顔を歪めて

右肩の畳針を引き抜いた。

「ふんっ!

 利き腕を封じたくらいで勝ったつもり?

 アタシの剣術の腕は

 槍兄ぃだって一目置いてたのよ!」

そう叫ぶと狐狸は着物を宙に投げた。

二人の間に今様色の着物が大きく広がった。

次の瞬間、

空に舞った着物の「藤に不如帰」の刺繍が

二つに裂けた。

同時に、

一二三の着物の胸元に

真一文字の切れ目が走り鮮血が飛び散った。

続いて一二三の体が畳に崩れ落ちた。

一二三を見下ろす狐狸の左手に握られた

小刀が赤く染まっていた。

「懐刀なら左手でも十分に扱えるのよ」

狐狸はゆっくりと懐刀を仕舞うと

畳に転がった太刀を拾い上げた。


障子窓に月明かりが射し、

僅かに視界が明るくなった。

畳の上で倒れている一二三の体が

ぼんやりと薄明りに包まれていた。


「ふふっ・・」

ふいに一二三がゆらりと起き上がった。

つい今しがた

狐狸に斬られた着物の胸元が

僅かに赤く染まっていた。

「私の血は特別な血なのです。

 たとえ斬られても

 その血はすぐに凝固して傷口を修復する。

 私に刀傷など通用しないのです」

狐狸の表情に動揺が広がった。

「そ、それが・・二三姉ぇの体の秘密・・」

狐狸は一歩後ろに下がると

歯を食いしばって

右手に太刀を握りなおした。

「何度やっても同じこと。

 貴方は私のことを

 ただの拷問好きの悪趣味な女

 と思っていたのでしょう?

 さあ、今度は貴方の骨の砕ける音を

 聞かせて頂戴」

一二三は帯の中から分銅鎖を取り出すと

頭上でブンブンと振り回した。

「大丈夫ですよ。

 全身の骨を砕かれた程度では

 人は死にませんから」

「ひ、一思いに殺せばいいでしょ・・」

狐狸が痛みに顔を歪ませて上段に構えた。

皮肉にもその表情は

笑っているように見えた。

「最近のことですが、

 一つわかったことがあります。

 痛みというのは

 この上ない快楽でもあるということが。

 これから貴方には時間をかけてゆっくりと

 それを教えてあげます。

 貴方は幸せ者ですよ」

そう言って一二三は

「おほほ」

と上品に笑った。

「この女狐・・」

狐狸が一二三を睨み付けた。

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