第96話 邪神ちゃんとひと区切り
フェリスが来てからというもの、フェリスメルの発展はすさまじかった。フェリスが知らず知らずのうちに掛けていた魔法で農畜産物の質は上がるし、その後もいろいろと邪神仲間が来るなどしてフェリスメルの産業の発展は留まる事を知らなかった。
職人街に出した食堂は、一号店も二号店も連日の盛況ぶり。手を出そうとしてもフェリスの掛けている保護魔法もあるし、常に邪神の誰かが居るので特に問題なく営業できていた。
そして、ついにこの時がやって来た。
「た、卵がたくさん!」
フェリスの目の前にはクルークの卵が100個ほど並べられていた。ヘンネの加護があるので、クルークは無事に育っているのである。そのかいあってか、クルークの数は増えて卵の増産に成功したのである。
「これだけあれば昔の料理の再現も可能でしょう。思いの外、他の地域との交流もありますから、足りないものも取り寄せは可能でしょうし、心ゆくまで再現するといいですよ」
「ありがとうヘンネ。メルとペコラを連れて再現を試してみるわ」
フェリスは意気揚々と卵を入れた籠を持って、職人街にある一号店へと向かっていった。
「やれやれ。あれが凶悪と恐れられた魔族の眷属だったものですかね。本当に、お人好しが猫の姿を取っているといっても、過言ではないでしょう」
「そういうヘンネこそ、かなりお人好しではなくて?」
突然響く声に、ヘンネはドアの方へと振り向く。そこに立っていたのは商業組合のアファカだった。
「アファカですか。……そうかも知れませんね。フェリスと関わった邪神はほとんどが私たちのように丸い性格になっていますからね。蛇の邪神くらいでしょう、異質なのは」
アファカに言われたヘンネは、少し遠い目をしながら呟いている。しかし、ペコラといいヘンネといい、蛇の邪神の事は名前が出てこない上に、いいイメージを話さない。一体どういう邪神なのか気になるところである。
「ヘンネさん、その蛇の邪神という存在の事、詳しくお話しできるかしら」
アファカに尋ねられたヘンネ。だが、その表情はあまりよろしくないようである。
「申し訳ないですね。蛇の邪神は精神系の魔法を得意としていて、私たちの中でも異質なんですよ。どうやら私たちにも何か掛けていったらしく、記憶にもやがかかったようになっていて存在している事しか認識できないんですね」
どうやらヘンネもよく思い出せないようである。邪神の誰もが詳しく思い出せないらしく、相当の魔法の使い手である事が読み取れる。
「邪神にすら効果を及ぼす、精神系の魔法……。これは実に厄介ですね」
「彼女とてフェリスの影響を受けた者の一人ですから、愚かな事は考えていないと思いたいですが……ね」
ヘンネはそこまで言及すると、しばらく黙り込んだ。
「……お人好しのフェリスさんと精神系魔法に長けた蛇の邪神。なんとも対極的な二人ですね」
アファカがあごに手を当てながら思慮している。
「そう、対極的な二人ですけれど、全体としてはうまくいっていましたね。程よい緊張が走っていた故なんでしょうけれどね」
ヘンネも思い出しながら、理由を推測していた。
「……蛇の邪神の事はここまでにしておいて、これからのフェリスメルの事についてお話ししましょうか」
「そうですね。私ども商業組合の人間だけだと足りない視点も、ヘンネさんのような方がいらっしゃれば補えると思いますし、邪神の立場から忌憚なく意見下さい」
「それでしたら、現在の周囲の地図などがあると助かりますね。一応空が飛べますので自分の目で確認はできますが、それでも範囲は限られてしまいますから」
という感じに、商業組合ではアファカとヘンネによる話し合いが始まる。
ヘンネはアファカから、現在のフェリスメルの特産品、訪れる商人や冒険者の種類や数、魔物の分布など、周辺の地図を参照しながら説明を受けている。
「なるほど、フェリスとルディによって、ずいぶんと周囲の地形を変えられてしまったのですね」
「ええ、村の水源となる川がそれですね。移住者居住区のある小高い丘もその副産物となります」
アファカから説明を受ければ受けるほど、ヘンネの顔が変な形に歪んでいく。そのくらいにはフェリスたちは好き勝手やってくれているのだ。
「やれやれ、これでは後でお説教ですね。本当にうちのリーダーのせいでご迷惑をお掛けします」
「いえいえ、フェリスさんのアイディアには驚かされていますよ。ただ、ヘンネさんも言われるとおり、計画性のへったくれもございませんが」
ヘンネが謝ると、アファカは笑いながらそう答えている。本当に飽きさせない邪神である。
これまでもいろいろとハラハラさせてくれたフェリスたちだが、これからもきっと楽しませてくれるのだろう。アファカは心の底から楽しみにしているのだった。
そのアファカの様子を見ていたヘンネは、フェリスの影響力というものを改めて考えさせられる。そして、すでにこの村の一部と化している事を察して何とも複雑な表情をしたのであった。




