第85話 邪神ちゃんと2日目の昼ピーク
昼ピークが開始する。
すると食堂はあっという間に人であふれ、店の外には入店待ちの列ができた。職人街の食堂は大きめに造ったのだが、さすがにこれではもう一店舗を考えざるを得ない状況かも知れない。とはいえ、今までは一店舗だけでも回ってきたのだから、とりあえず今はこれで回すしかなかった。入店待ちが長くなってくると、フェリスの方に気が付いた客が何人か流れてきた。
「おい、ここでも食事は買えるのか?」
ものすごく高圧的な態度で話してくるが、フェリスはにっこり動じずに答える。
「肉の串焼きとパン、ピザと飲み物だけですが、こちらでもお買い求め頂けますよ」
フェリスが満面の笑みを向けるが、やって来た男の客が騒ぎ始める。
「ま、魔族じゃねえか。なんでこんな所に居るんだよ!」
昨日もフェリスは立っていたし、なんなら今日も朝から居るのになんで騒ぐのか。フェリスは心の中で怒っている。
「知らないのか。彼女は聖女様にも認められた、この村の象徴たるフェリスって邪神だぞ。知らねえもぐりが居るとは驚いたな」
「じゃ、邪神だと?! 魔族よりも危険な存在じゃねえか!」
「だからもぐりだって言うんだよ。この村がここまでになったのは、全部このフェリスのおかげなんだからな!」
「な、なにぃ!」
驚く冒険者風の男に、商人風の男は追い打ちをかけた。
「ふふふっ、彼女が作ってくれた服のおかげで冒険者たちの怪我が減っている。君も彼女の恩恵を受けているのかも知れないんだ。さっきの失礼な態度はさっさと謝罪すべきだな!」
「へへぇー、すいやせんでした」
冒険者風の男が土下座をしている。やめて、昼ピークの往来でそんな事しないでという顔のフェリスである。
「ま、まぁ、あたしは悪い魔族の眷属として生まれたから、邪神で通ってるのよ。それと邪神って肩書きはすごく気に入ってるから、そこまで気にしないで」
とにかく場を収めようとするフェリス。
「というわけで、とにかく買うなら買ってちょうだい。急ぎの人たちが列を作り始めてるから、雑談されてても邪魔よ。混雑を解決する方法はそのうち実行するから、とりあえず今は待つか向こうの本体の方まで行くかしてちょうだい」
こう言ってフェリスは、昼ピークのお持ち帰りの対応を始める。100食なんてあっという間に捌けてしまう状態だ。ピークを前にメルとルディを連れてきておいて正解だった。追加で100食を用意する。食器はそもそも全種類が偏った時の事を考えて作っていたので、飲み物以外は対応可能なのだ。
フェリスはたくさん並んでいるお客に笑顔で対応しながら、食堂の内部もチェックしている。さすがに昼の食事時は気の遣える人が多いのか、食べ終わったらすぐに会計をして出ていく人ばかりだった。おかげでなかなかに回転率がいい。食後の休憩なら、外にも休むスペースがあるので、そっちを使っているようである。
で、お持ち帰りの方も今日もてんてこ舞いだ。会計対応はフェリスだけだが、実に忙しなく動いているものの、そこはさすがに邪神でしっかり対応していた。フリフリと動く尻尾、ぴくぴくと動くひげと耳と羽に待っている間に癒されていたのだ。やはり猫は癒しなのである。
お昼の食堂と並行して稼働するお持ち帰りスペースも、長蛇の列となっていた。そして、思った以上に早く200食が捌けてしまった。だが、その頃には食堂の方も落ち着き始めていたので、200食ほど用意すればどうにか対応はできそうだった。お客の半分は外部からやってくる人間なので、正直その波が読めないのはなかなかに難敵である。
「ふぅー……、今日も無事に終わったわねぇ。やっぱり二号店を作るべきかしら」
「そうですね。ハバリー様の金属抽出が思ったより人気ですし、この村に来たらここはどこから来ても通る場所ですから、どうしても人が集中しちゃうみたいです」
フェリスがぽろっと言葉をこぼすと、同じように会計カウンターに居た村の女性が反応していた。
「そっかー、村の動線の集中の事を考えてなかったわ。でも、どこに空きスペースがあったかしら……」
フェリスはそこまで気が回らなかった事を悔やんでいる。しかし、二号店を建てるとして、そのスペースをどこに確保するかというのは問題だった。
今ある店は職人街のど真ん中の広場に面している。職人街は移住者居住区方向まで含めてぎっしりと家が建っているので、二号店を建てる場所はなかったのだ。
「どうしてもっていうのなら、村の本体方向の道の脇か、それこそ川のほとりの空いた場所よね。川のほとりは到達が難しそうだし、職人街の村方向の入口付近かしらね。あたしの家のまで行くのも結構遠いから、旅人なら余計行きたがらないでしょうからね」
「その方が良いかと思います」
今のフェリスメルは、実質3つの村の集合体の状態なのだ。元々のフェリスメルに少し離れた位置の小高い丘の下にできた移住者居住区。その居住区と川を挟んだ位置にあるこの職人街。そういった感じである。職人街と元々の村の位置は300歩くらい歩くほどに離れているのだ。しかもそれがそれぞれの入口の話なので、確かに少し遠いかも知れない。
「うん、二号店を作りましょう。ピーク時間帯限定で」
というわけで、あえなく二号店を建設する事になったのだった。




