第84話 邪神ちゃんの手作り食器
というわけで、昨日の話し合いを受けて、フェリスは持ち帰りカウンターで座りながら、魔法で土を生み出してそれを圧縮して食器を作っていた。ヒッポスの言った通りに、フェリスもしっかりハバリーの使っている魔法が使えたのである。だが、しょせんは真似事なので、精度という点では数段劣るだろう。金属の抽出では純度が完全にハバリーに負けていた。2割くらい純度が落ちていたのである。それでも十分すごいのだが、合金みたいなものだし、混ざってる金属が何かはよく分からないので、結局精錬に掛け直さなければならないようだった。
しかし、フェリスが作っている食器はかなり完成度が高い。ハバリーにも確認してもらえば、オッケーを貰えたレベルである。金属の抽出がうまくいかないのは、おそらくフェリスに金属の知識が乏しかったからだろう。とはいえ、いちいち気落ちもしていられないフェリスは、一生懸命魔法で土の塊を生み出してはそれを食器に変えていった。
食堂が平常営業してる間、出番のない持ち帰りカウンターでひたすら魔法で食器を作っている姿は、それは目立つものだった。なにせ燃えるような赤い髪で真っ白な毛並みにを持つ猫は、とにかく容姿だけで目立つ。その目立つ容姿でなにやら唸っているのだから、余計人の目を引くというものだ。
「あのー、すみません」
通りすがりの商人にが声を掛けてくる。
「あー、悪いわね。お持ち帰りだったらまだ受付前だから、食堂が混み合ってから来てくれないかしら」
作業に打ち込んでいるフェリスは、やや冷たくあしらっている。しかし、その商人はそれだけでは終わらない。
「それは、何をしてるんですか?」
「何って、お持ち帰り用の食器を魔法で作っているのよ。魔法で土を作り出して、その土を魔力でぎゅっと固めるのよ。そこら辺の土じゃないから清潔よ」
フェリスは作業に集中しているからか冷たい物言いだが、ちゃんと商人の質問に答えている。
「へえ、そんな魔法があるんですね」
「まあね。魔族の中でも邪神と呼ばれたあたしだからね。多分土魔法が得意なら、できなくはないと思うわ。土を生み出すのはかなり魔力持っていかれるけど、食器を持っていかなくて済むし、その辺に捨てても土に還るから、洗い物をする必要はないものね。行商人のような人なら、興味があるでしょうね」
そこでフェリスが顔を上げる。
「ちなみに土魔法とはいっても、水で洗って崩れたりしないわよ。でなきゃ飲み物なんて入れられないでしょ」
そういって、フェリスは作ったばかりのコップを、目の前の商人に手渡す。受け取った商人は、そのコップの全体を見ると、拳でコンコンと叩いていた。
「なるほど、確かに十分な強度ですね」
商人はそれにとても満足していた。
「持ち帰りの注文はあとどのくらいですか?」
「さあね。みんなお昼時になるとやって来るから、もうしばらくってところかしら。空の光が一番高くなる時間だから、ね」
フェリスは今度は肉串のために串を作り始める。これもなかなかに作り方が難しく、持ち手の反対側は尖らせて肉が刺さるようにしなければならないのだ。この調整が地味に難しい。だが、その辺の調整も、フェリスに掛かればなんて事はなかった。
食堂の中の客はまだまばらで、徐々にお昼の仕込みも進んでいる。お持ち帰り用の料理も作っては保温箱の中に入れている。この保温箱にはルディの炎の結界が張られており、熱々の状態を保つ上に水分だって逃がさない。普通ならぱさぱさになってしまう環境だが、こういう器用な事ができてしまうのが邪神なのである。
とにかく、昨日の反省点を活かして今日のお昼ピークに備えるフェリスたち。だが、時間が過ぎるにつれて、徐々に食堂へやって来る客が増えてきていた。とにかく目立つ特産の多いフェリスメルがゆえに、遠方からの人も徐々に増えていたのだ。近郊の商人が去っても遠方の商人がやって来るし、遠方が帰ったと思ったらまた近郊の商人がやって来る。本当に訪問客のサイクルができ上がってしまっていた。
そんなものだから、フェリスメルの中は相変わらず人がごった返している。中には本村のフェリス像を絵に描いて帰る旅人まで居る始末だ。
ちなみに観光客の方はマイオリーが原因である。今代の聖女に認められた邪神など、そうそう居るものじゃないし、そもそも居る事自体がおかしい話である。だからこそ、その噂の邪神を見に、フェリスメルには観光客も増えたのだった。
さて、職人街で働く職人たちが、まばらながらに食堂に流れ始めた。いよいよお持ち帰りカウンター設置2日目の昼である。今日は昨日よりはスムーズな対応ができるだろうか。フェリスたちに緊張が走った。
「さあ、今日はきちんと乗り越えるわよ」
「食材よし、食器よし、料理よし。さあ、みんなやるわよ!」
「おーっ!」
厨房で料理人と給仕たちが声を上げている。フェリスはお持ち帰りカウンターで、やれやれとその声を聞いて座り続けていた。
「まあ、いっちょ今日も頑張りますかね」
食器を作り終えて十分休憩したフェリスは椅子から立ち上がり、職人街を眺めるのだった。




