第83話 邪神ちゃんと課題
お持ち帰りカウンターの初日の運用はお昼ピークの補助的なものだけだったが、初日からして予想外だった。
なにせ、フェリスメルという今までは名の無き村だった場所に、商人をはじめとした大勢の人が詰めかけるまでになったのだから。持ち帰り用のカウンターひとつでは、とても捌けないという状況になったのだ。
それに、お持ち帰り用の食器の製造も大変だ。ハバリーの魔法で高熱圧縮して作っているのだが、それを作るのも結構時間が掛かる。ただでさえ金属の成分抽出で負担が大きいというのに、これ以上ハバリーに負担を求めていいのかが悩ましかった。邪神は人間よりかなりタフだとはいっても、やっぱり限界というのはある。お持ち帰り用は当分の間、ピーク時間限定で100食分とする事にした。食事の方がはどうにかできるが、食器の方が問題なのだ。
「とまぁ、こんなわけですね。ハバリーはただでさえ気が弱いですし、金属工房での仕事もあります。現状彼女にしかできない事が多いので、負担を考えてこの程度に抑える事にしました」
普段は酒場も兼業している食堂だが、今日は夕方には営業を打ち切った。そして、この会議である。
「それは賛成ですね。商人はそうでもないでしょうけれど、冒険者たちはその辺に投げ捨てる可能性がありますから、最終的に消えてなくなってしまうハバリー様特製の食器が一番ですね」
「私もそう思います。やはり、いろいろ考えるとハバリー様の食器が一番です。思いの外手に馴染むので持ちやすいんですよ」
食堂の従業員からは、ハバリーの食器は好評のようである。これにはフェリスも満足げである。自分の友人がこうやって評価されているのだから、自分の事のように嬉しいのである。
とりあえず当面の経営方針が決まったので、持ち帰り用のカウンターには、店の外に向けて注意書きを出しておく事にした。
『お昼の間だけの営業、限定100食。品切れの場合は店内でお買い求め下さい』
こういう注意書き看板である。カウンターの開閉窓に大きく書いておいた。これで苦情が来るなら文字を見てないか読めない奴という事である。読めないのならまあ仕方ないが、読まない奴はお帰り願おう。
「まっ、当面は私が対応するけれどね。お持ち帰りの営業が終わったら、いつも通り村を巡ってくるから、それでいいかしら」
「フェリス様の御心のままに」
フェリスがみんなに尋ねると、メルは当然ながら、メル以外からもそう返ってきて思わず引いてしまうフェリスである。ここまで信奉者が増えていたのか。フェリスはため息を漏らしながら、食堂の明日の仕込みはみんなに任せてメルと一緒に食堂を後にした。
「結構大変でしたね、フェリス様」
「ええ、こんな片田舎の成り上がりな町によく人が来るものだわ。あたしのイメージ邪魔だ村なんだけど」
村の様子を見回りに歩くフェリスとメルは、会話をしながら順番に村を巡っていく。問題が起きればすぐ対応できるようにと、常日頃から村の様子を把握するためである。
本村、職人街、移住者居住区と合わせると、かなりの大規模になったフェリスメルの村。やってくる人たちのイメージでは、もう町にランクアップしているようではあるが、元から住んでいるメルたちにもそんな意識はなかった。
しかし、村の規模は確実に着実に大きくなってきている。いい加減に村人たちの意識改革も必要かもしれない。だが、フェリスとしては前ののんびりした雰囲気の方がいいので、本村はこれ以上手を入れる気はない。職人街と移住者居住区はそもそも拡大を前提とした場所なので、そちらは対応が必要だろう。
「ああ、そういう事だったらボクたちで引き受けよう」
「フェリスって私よりものんびりしたのが好きだものね。気持ちは分かるわ」
ヒッポスとクーに相談をすれば、この二人はあっさり了承してくれた。
「ボクらはどちらかというと、賑やかなのにも対応は可能だ。引きこもりだったフェリスには荷が重いだろうな」
「ぐっ……、痛いところを突くわね」
ヒッポスの言葉に傷付くフェリス。事実だけに強く言い返せない。
「でも、フェリス様って、村人とは普通に話してましたよね?」
メルが疑問に思ったので突っ込んでくる。
「人が多すぎるのは苦手だけど、フェリスメルの元々の人数くらいなら平気よ。第一、あたしはこいつらのまとめ役をしてたんだからね?」
「まあ、たしかにそうね」
メルに言い返すフェリスだったが、なぜか反応したのクーだった。
「とりあえず、明日も食堂での手伝いだからね。なんであたしが客寄せで立ってなきゃいけないのよ……」
「この村の誰も、フェリス様を働かせようなんて誰も思いませんよ。フェリス様は目立つので、立っておられるだけで十分かと思います」
「いやまぁ、それはありがたいけどね。お店なんだからね? お持ち帰りが開くまで、あたしずっと立ってるって結構苦痛よ?」
フェリスが文句を言う。
「それだったら、立ってる間にお持ち帰り用の食器作ってればいいだろ。ハバリーの使う魔法はフェリスだって使えるんだから」
ヒッポスの冷静なツッコミに、フェリスはぽかんとしていた。
「……忘れてた。あたし、みんなの魔法はひと通り使えるんだった……」
フェリスがショックを受けて、その場にしゃがみ込んだ。しかし、仲間の邪神の魔法を全部扱えるって、それはずいぶんとチートだろう。
「昔、最初のご主人様の見よう見まねでやってた事なんだけど、うんまあ、そういう事なのよ」
フェリスは落ち込んでいるが、これで課題の一つはクリアできそうである。
何にしても、明日に向けてフェリスは気を取り直そうと、家に帰った後はメルにブラッシングをしてもらうのだった。




