第79話 邪神ちゃんと思わぬ手紙
職人街の稼働からだいぶ日数が過ぎ、ようやくにぎわいも落ち着いてきた。食糧事情も移民街に畑や牧場ができる事によって、こっちも少しずつだけど解決に向かっていた。クーとヒッポスのおかげである。
職人街の食堂では、今日もペコラが食事を振舞っている。聖教会で食事を作っていた事もあってか、大人数への食事の対応も見事にこなしている。うるさい客が来れば能力で眠らせてしまい、さっさと自警団に引き渡すなど、治安面もこの上なくよかった。さすがは眠りの邪神。
そんな折、フェリスに一通の手紙が届いた。巡り巡って手紙を預けられたのはゼニスである。
「フェリスさん、聖女様よりお手紙を預かっておりますぞ」
「ふぇ、手紙なんて珍しいわね」
そう、この世界での手紙など、本当に珍しいものである。大体は伝令による口頭伝達なのだが、相当に重要な場合にはこういった書簡が送られるのだ。ただ、こうした手紙は証拠が残るとして、いま一つ避けられる方向にあり、よっぽどな魔法の使い手が居ない事には手紙が出される事はないのだ。ちなみに魔法使いが居たらという理由だが、こうでもしないと誰でも手紙を読む事ができてしまうからである。封蝋というものがこの世界には無かったのだ。では、どうやって封をしたのだろうか。それが魔法なのである。
「この魔力、この手紙に封をしたのはラータね」
さすがはフェリス。手紙に封をした人物を魔力から特定してしまった。そして、この言葉で手紙の封が開けられたのだった。
そう、受取人が特定のキーワードを話すと封が開くというものだったのだ。今回は邪神の名前である『ラータ』が開封のワードとなっていたようだ。
「はて、そのラータというのは一体、どのような人物なのですかな?」
「あたしの仲間の一人よ。あの子、ネズミだからあたしとは相性がいまいちなのよね。でも、能力だけなら負けず劣らず評価してるわ」
ゼニスの質問に、フェリスは手紙を開けながら答えている。しかし、取り出した手紙を見て、フェリスは思いっきり顔を顰めていた。
「はぁ……、あの子ったらなんてところに出向いているのよ」
「どうされたのですか?」
顔を押さえるフェリス。その様子を見て気になったゼニスは、つい声を掛けてしまった。
「マイオリーに対して反感を持つ者が居るかぁ……。まあ、原因はあたしで間違いないわよね。聖教会は相変わらず頭硬いわね……」
フェリスは思いっきり愚痴っている。数100年前の戦いにはほとんど関与していないフェリスだが、邪神という事で聖教会からはひとまとめで嫌われているのである。その事が、今回ややこしい事態を引き起こしているようだ。
「ラータの奴、この村の近くまで来ておきながら、あたしとはちょっと気まずいのかそのまま帰ってたのか……。それで聖女に付きまとった挙句、今回の事態を目撃して聖女の影に潜ったってわけね」
フェリスがぶつぶつと独り言でゼニスに事情を説明している。
「影に潜るとは?」
「このラータの能力の一つよ。ネズミの邪神で隠密という影の仕事をしているのよ。あたしの知識が豊富なのも、仲間の邪神たちがこうやって情報をもたらしてくれたからなの。ラータはあちこちの国に出向いては、その情報を持ち帰ってくれてたわね」
フェリスはラータの能力を説明している。知られたからといって、ラータの能力を打ち破れる人間なんてほぼ皆無なのだ。
「だからこそ、あたしたちは人間と魔族の戦いの最終盤では引きこもってたのよ。恩も義理もない相手だし、負け色濃い戦いに出ていく理由なんてないでしょ?」
「……なるほど」
フェリスが語った事情を聞いて、ゼニスは複雑な表情をしていた。
「あたしだって、自分の身が可愛いのよ。下手に出ていって恨みを買うくらいなら、こうやって恩を売ってた方がいいの。自分のためといえばそうだけど、人の不幸なんて見る趣味はないんだからね」
フェリスは両腕と足を組んで、椅子にドカッと深く掛け直した。何か嫌な事でも思い出したのだろうか、もの凄く不機嫌である。
「その様子ですと、ずいぶんと嫌な目にも遭ってこられたようですな」
「まあ、引きこもるくらいにはね……」
フェリスが今までに見た事ないくらい不機嫌な顔をしてゼニスの方を見ない。そのくらいには、当時は嫌な気にさせられたものである。フェリスがこの村を気に入っている理由の一つはこの辺りにありそうだった。
「ラータは闇属性の魔法の使い手だけど、影に潜んでいればその辺りの気配を消せるから、うまくやっていけるでしょうね」
そう独り言を呟いたフェリスは、両手の平をパンと合わせた。
「じゃ、この話はこれくらいにして、職人街の今後の事とか話していきましょうか」
「えっ、ええ。そうですね」
急に話を切り替えるフェリスに、ゼニスはちょっと混乱していた。
手紙を見て一瞬湧き上がったフェリスの懸念はすぐさま打ち消されたために、フェリスは集中して交渉を行えたのだった。さすがはフェリスの仲間、とても優秀なのである。




