第78話 邪神ちゃんの影なる仲間
フェリスたちが村でわいわいしている頃、マイオリーの私室ではマイオリーが今日も書簡に目を通していた。
聖女とはかなり忙しい身である。陳情が起きればその場所へと出向いていかなければならない。常に体調と精神を整えておかなければならないので、とても大変なのである。
ふと、マイオリーは部屋の天井が気になった。
「誰かいらっしゃいますのね」
気になった天井へとマイオリーが目を向けると、すっと天井から何かが降ってきた。その光景にマイオリーは声を出しそうになるが、その口はすぐに何者かの手によって塞がれた。
「しっ、すみませぬが、静かに願います」
目の前に現れたのは、仮面をつけた黒っぽい衣装に身を包んだ何者かだった。声を聞く限りは若い女性のようである。
「大変失礼を致しました。私、フェリス様の友人である、ネズミの邪神であります。名をラータと申します」
一歩下がったラータは、すっと頭を下げて挨拶をする。それにしてもそのラータ、楕円の耳と細長い尻尾が目立つすらりとした長身の女性のようだった。
「先日、フェリス様と仲良く話をされているのをお見かけして、誠に勝手ながらこちらにお邪魔した次第であります。ちなみにフェリス様とはまだお会いしておりませぬゆえ、私の勝手な判断による行動でございます」
どうやら、マイオリーが以前のフェリスメルに訪れた際に、近くまで来ていてその様子を見ていたようである。
「そ、そうなのですね」
「なにぶん、フェリス様と私は猫とネズミという関係ゆえに少々苦手にしておりまして、ですので、離れていてもある程度フェリス様のお考えを汲み取れるように鍛錬を積んでまいったのでございます」
ラータはものすごくよく喋っている。普通、隠密というのはそう多くは語らないものだが、目の前の聖女マイオリーがフェリスとかなり仲良く話していたので、信用できると判断したのだろう。
「ラータ様はどのような事をされているのですか?」
「はいっ、私は基本的に隠密行動をさせて頂いております」
なるほど、それで目立ちにくい格好をしているというわけのようだ。
「それで、私の前に姿を現したのは、どういう事でしょうか」
当然、マイオリーが気になるのはそこだった。隠密というのなら、そう簡単に他人の前に姿は現さないはずだからだ。
「今回聖女様の身の回りに不穏な空気を感じましたゆえ、このように姿を現した次第でございます」
「不穏な空気……ですか?」
「はい、おそらくは聖女というものは私たち魔族を敵とみなして滅ぼす存在だと盲信する者が、聖女様の態度に不信を抱いたものと思われます。外に聞こえないようにして騒いでおりましたので」
ラータの言葉に、マイオリーはものすごく驚いていた。
「私ども魔族も、聖女とはそういう存在だと信じておりましたゆえ、此度の聖女様の判断には驚いたものでございます。ですが、フェリス様が信じるのであれば、私も信じる所存であります」
ラータはそう言って、マイオリーの前に跪いた。その姿にマイオリーはただただ驚くのみである。
「私のまとう属性は闇ゆえ、聖女様との相性はよろしくないでしょう。ですが、隠密という性質にはこの上なく適しております。しばらくは聖女様の影に潜り、文字通りその影からお支え致しましょう」
跪いたまま黙って動かないラータ。マイオリーの方がむしろ慌てている状態である。
「え、えっと。それはフェリス様に報告をしなくてよろしいのですか?」
「はい、フェリス様は事後でもおそらく了承して下さるはずです。今代の聖女であるあなたの力は、戦いを終結させた時の聖女並みに力が強いのですから、失わせるわけには参りません。それこそ、あの混沌とした時代へ逆行してしまいますから」
ラータの瞳と言葉はとても力強かった。もはや言動が邪神のそれとは違っていた。本当にフェリスとその周りの邪神は、一般に思い浮かべる邪神像とはかけ離れていたのだ。
邪神といえば、一般的には世の中を混沌に陥れる凶悪な存在である。
それがどうだろうか。目の前に居る自称邪神という存在は、その真逆とも言える行動を取っている。違った意味で世の中を混沌に陥れていた。
しかし、フェリスの友人というのであれば、その能力は期待できる。さらにはペコラという先例もあるのだし、マイオリーは覚悟を決めた。
「……そこまで仰るのでしたら、私はあなたを受け入れましょう。よろしくお願い致します」
「はっ、ありがたく存じます。私たちは邪神とはいえそれは形だけ。人間たちとは友好関係を築きたいと考えておりますので、ぜひとも聖女様のために尽力させて頂きましょう」
というわけで、聖教会本部にまた邪神がしれっと紛れ込む事になってしまった。数年前までのペコラの一件を考えても、大して大きな問題にはならないだろうが、マイオリーはとりあえず黙っておく事に決めた。
聖女と邪神という相反する存在の共同生活は、一体どんな風になるのだろうか。まったくもって予想のつかない事態であった。




