第74話 邪神ちゃんと開業準備
「うわあ、すごい設備ですね」
中に入った職人たちが驚きの声を上げている。
ハバリーの魔法で作った工房は、天井は高く、工房の面積も広い。構造自体はアファカが示した標準的な鍛冶工房を参考にしているので、窯の位置、水場の位置、作業台の位置もおそらくやって来た職人たちの使い慣れた環境になっているはずである。
今回やって来た職人たちは全部で三人。男性二人の女性一人という構成である。女性で職人を目指す人は少ないが、その中でも抜擢されるとはなかなかに期待ができる。ちなみに三人とも鍛冶以外の腕前も備えていて、木工や皮革に装飾品の加工もできるらしい。これでいてまだ若手なのだから、期待は持てそうだった。
「中の設備は自分のところのだと思って自由に使ってもらって結構よ。足りないと思うものがあったら言ってちょうだい。あたしたちは最高の環境を整える事には妥協しないわよ。その代わり、いいものを作る努力はちゃんとしてもらうけれどね」
感動で口が開いたままの職人たちに、フェリスはそう告げておく。
「はい、これだけあれば当面は大丈夫だと思います。川も近いですから水も問題ないですし、頑張らせて頂きます」
三人の職人の内の一人がそう意気込みを語っていた。
木工を得意とする鍛冶職人ウッディ、皮革細工を得意とする鍛冶職人ピール、そして、唯一の女性で飾り細工を得意とする鍛冶職人ティアラという三人が、フェリスメルの職人街の金属工房の職人として滞在する事になった。
やって来てから数日は、環境と窯の状態を確認する事に専念して、三人ともが納得したところで営業を開始する事となった。最初は見本品としてハバリーが用意してくれたインゴットを使って、武具をいくつか作っておくそうだ。
次にゼニスが連れてくる鉱石商人が来るまでの間、フェリスが隠れ家に使っていた近辺から鉱石を仕入れる事にした。それを担当したのはヒッポスとハバリーだ。ヒッポスの足とハバリーの土魔法を使えば、1日もあればかなり金属を集めてこれるはずである。それに、二人ともフェリスが使っていた祠の位置はよく覚えていたので、集めるにはこの上ない適切な場所なのである。
「あらあ、それじゃヒッポスはしばらく留守って事ね。分かったわ。移住者たちの事は私に任せてちょうだい」
フェリスとメルは移住者の居住区に行って、クーにそう伝えておいた。相変わらず色つやのいい褐色の肉体である。今は新たな移住者の家を建てている真っ最中であり、クーはその建設を手伝っていたのだ。
「ええ、頼むわよ。一応あたしの住んでた祠の近くだから、2~3日もあれば戻って来るから、安心してよ」
「了解。正直手を借りたいところだったけど、やっと職人街に鍛冶工房が開くんですものね。そっちが優先になっちゃうわよね」
フェリスの言葉に、クーも納得していた。元々温厚なタイプな邪神なので、怒る事はほとんどないのだ。
フェリスたちの邪神軍団は、ほとんどが人間とも仲のいい動物だったせいで、魔族化されても人間を敵視するような者がほぼ皆無だった。フェリスが邪神認定されたせいで、巻き添えで邪神認定された無害な魔族たちばかりなのである。その事は、今居るメンバーの言動を見ていれば一目瞭然なのであった。その事は、全員が村に受け入れられている事からもよく分かる。
それに、全員が何かしらの役に立つ技能を持ち合わせている事も大きかっただろう。いろいろとかみ合ったおかげか、フェリスメルは村としてはとんでもない規模へと成長していったのである。
職人たちがやって来から3日後、鉱石を採りに行っていたヒッポスとハバリーが戻ってきた。
「ただいま、です」
工房に姿を現したハバリーの手には、亜鉛、銅、鉄、銀、金、白金、それと魔法銀のインゴットが握られていた。
「おかえり。って、それ魔法銀よね? あたしの住んでた周りにあったの?」
「うん、あったよ。少量だったから、集めるのにとても苦労した」
フェリスが驚いて尋ねると、ハバリーはぼそぼそとそのように答えていた。ハバリーの土魔法による抽出は、金属ごとに分けて自動的に収集してくれる便利な魔法だ。手のひらサイズのインゴットができるまで頑張ってくれるわけだが、正直魔法銀まで眠っているとは意外過ぎた。
「多分、フェリスへの貢物が原因だと思う。数100年もあれば、地中に還っちゃうものもあるから」
「ああ、なるほど。それなら納得がいくわね。管理が面倒でほったらかしにしてたものね」
なんともまあ、今のフェリスからは考えられないくらい、引きこもり中はずぼら生活をしていたようである。
「ともあれ、これだけの量があれば、当面は鍛冶工房の材料は安心かしらね。魔法銀や白金、それと金は価値が高いから、盗難防止の魔法を掛けとかないとね」
というわけで、フェリスは戻ってきたハバリーたちを連れて、金属工房へと向かった。そして、ハバリーの持って帰ってきた金属のインゴットを三人に見せると、ものの見事に腰を抜かしていたのは言うまでもない事だった。




