第70話 邪神ちゃんと大きな邪神
フェリスメルからほど近い、ルディが作った小高い丘の一つに、2つの人影が見える。
「あそこがフェリスの居る村か」
「ええ、そうよ」
「だけど、本当にその情報はあってるのか?」
「私の情報網を舐めてるのかしら」
「いや、単純にお前がのんびり過ぎて信用できないだけなんだけど」
「なによ、もう!」
その人影は、片や馬の頭を持ち、もう片方は牛の頭を持っていた。ペコラやハバリーとは違ったタイプでフェリスに近い感じの獣人である。
「クー、お前は本当にのんびり過ぎるし、勘違いもよくする。だから信用ができないんだ」
「ヒッポス? そう言うあなたの方はせっかちすぎるのよ。もう少し落ち着いたらどうなの?」
牛の方がクー、馬の方がヒッポスという名前らしい。ちなみに両方とも女性である。それにしても仲が悪いのだろうか、ずっと口喧嘩をしている。
「情報網とか言ってるが、お前のどこにそんな情報網があるんだ。言ってみろよ」
「ふふん、私はこれでも時々人間の土木作業を手伝った事があるのよ。その伝手で今回、フェリスの情報を手に入れられたのよ。感謝しなさいよね」
怒鳴るような形で詰め寄るヒッポスだが、クーはまったく動じていない。さすが牛は簡単に動かない。
「くっそう、埒が明かないな。こうなったら実際に村に突撃するしかないな」
「そうね、聞くより見た方が早いものね」
結局二人はそういう結論になって、丘を下ってフェリスメルへと駆け出したのだった。
そのフェリスメルは、ようやく商人たちの団体が帰って落ち着きを取り戻し始めていた。そのために、フェリスは無茶をさせた農地へ労いを行っていた。メルはいつものようにフェリスの後ろについてその様子を見ていた。
「これで地面にはマナが満ちたはずだから、これからも収穫には影響はありませんよ。本当に、見通しの甘さで迷惑をお掛けしました」
「いやいや、天使様に言われては私どもも応じずにはいられませんよ。終わった後にこうして手を掛けて頂いて、本当にありがたい限りです」
フェリスが謝罪しているが、どこの農家もむしろ感謝してくる状態である。フェリスはそれほどまでに村では崇められているのだ。
「でも、これ以上村の農地に負担を掛けさせるわけにはいかないわね。移住者の地域にも新しく農地を作った方がいいかしらね」
「そうですね。毎回これでは、村の人たちはもちろんですけれど、フェリス様の負担も大きすぎます」
フェリスが考え込んでいると、メルからもそんな声を掛けられる。確かに邪神とはいっても、どちらかといえば高位の魔族といった方が正解に近い。なので、魔法を使い過ぎれば疲弊してしまうのだ。適度な休みは必要なのである。
とはいえ、動くのは早い方がいい。フェリスは土魔法が得意なハバリーを迎えにジャイアントスパイダーの飼育場に向かう。そして、ハバリーを連れて移住者居住区に着いたその時だった。
「フェーリースー! 見つけたわ!」
ものすごい勢いで走ってくる2つの影が見えた。しかし、声に聞き覚えのあるフェリスは、その2つの影が誰なのかが瞬時に分かったようである。
「クーとヒッポスじゃないの。久しぶりね」
目の前にズドンという重苦しい音共に現れたのは、牛の邪神クーと馬の邪神ヒッポスだった。両者とも、元の動物がそのまま人間の形を取ったような獣人の姿である。
「ああ、やっぱりフェリスだったわ。猫型の魔族が人里に現れたって聞いて、真っ先に思い浮かんだわよ。いやまぁ、本当に久しぶりよねぇ」
「本当にフェリスじゃないか。相変わらずの艶のいい白い毛並みと燃えるような真っ赤な髪。惚れ惚れするものだ」
二人ともに大人の背丈の1.5倍くらいあるので、近くに立つともの凄い威圧感である。フェリス、メル、ハバリーともに背丈は小さいので、この三人と比べたら倍くらいだ。メルとハバリーがフェリスの後ろに隠れてしまうわけである。
「ちょっとハバリー? なんであんたまで隠れてるのよ」
「こ、怖いものは怖いもん……」
なんとも予想外な反応である。だが、ハバリーはフェリスたち邪神の中では背の小さい方に入る。自分より低いのがフェリスとネズミの邪神だけという状態だった。クーとヒッポスはその図体の大きさもあるのだが、目が三白眼なので、普通にしているだけで睨みつけているように勘違いされるのだ。接してみたらクーはとにかく優しくて頼りがいがあるし、ヒッポスもルディほどではないもののいざ戦闘になるとものすごく強い。つまり、クーは見た目とは真逆、ヒッポスは見た目通りというわけだ。
とりあえず外に出ていると目立つので、フェリスはみんなを連れて、居住区の商業組合出張所に入っていった。
「いやー、本当に久しぶりなんだけど、ちょうどよかったわ、クー、ヒッポス」
「フェリス、一体どういう事だ?」
ヒッポスが事情を聞いてくるので、フェリスは村の現状を二人に話した。クーとヒッポスの二人は、フェリスには忠実だったからだ。だからこそ、ここは二人とおとなしく村に引き込んでしまおうと考えたわけである。
「ふむ、フェリスが困っているというのなら、ボクが助けない理由はないな」
「そうね。目の前にはハバリーも居るし、これは退屈しないで済みそうね」
事情を聞いた二人は、手伝う気満々である。こうして無事に、フェリスは新たな労働力を手に入れたのだった。




