第69話 邪神ちゃんと詰めの話
ジャイアントスパイダーの飼育場に近付く連中を排除していくと、本当に事態はどんどんと鎮静化していった。だからといって、問題が完全に解決したわけではなかった。
「牛に触ろうとする奴が出てきて困ってるんだよ」
メルの父親がもの凄く怒っていた。
「牛に変にストレスを与えると乳の出が悪くなってしまうだ。そうすると、ミルクやチーズを作るにも影響が出てしまう。最近の商人はそういう事を知らないのかね?」
ぐちぐちと文句を言っている。これは相当に腹に据えかねている様子だった。メルが一生懸命落ち着かせようとしても、まったく効果がないくらいだった。
「いやまぁ、この村の事って、ほとんどあたしが原因ですものね……」
フェリスは自覚があるのですごく反省している。すると、メルの父親は慌てたような反応を示す。
「て、天使様のせいじゃない。牛の扱いを知らない商人どもが悪いんだ!」
メルの父親が一生懸命フォローを入れようとすると、メルはおかしく笑うし、フェリスも苦笑いを浮かべていた。
「フォローありがとう。とりあえず、牧場や農場に勝手に近付く連中に対処するために、自警団にも話を付けておかなきゃいけないわね。とはいえ、完全に対処できるわけじゃないけれどないよりはマシかしらね。結界もやたらめったら張れるようなものじゃないし、地道にお引き取り願うしかないわね」
情報解禁からすぐさまこんな状況に陥るとは正直思っていなかった。どうやらフェリスたちは、商人たちの反応を甘く見過ぎた上に対応が後手後手に回ってしまって、村は更なる混乱に陥っていた。魔族に対して敵意を持つ者も多いのだから、邪神が居るという事をはっきり出しておくべきだったかと、フェリスは今さらながらに思っていた。
しかし、実際のところ、フェリスに対して敵意を向けてくるのはほとんど居なかった。気付いていないのかあえてスルーしているのかは分からないが、これだけはっきりと魔族認定されそうな姿をしているというのに、フェリスに対する反応はものすごく淡白だったのだ。これにはフェリスもちょっとショックを受けていた。
自警団によって農場への巡回のお願いをしたフェリスとメルは、ようやく商業組合のアファカを訪ねる事ができた。
「あら、フェリスさん。ちょうどいい所に来られましたね」
「アファカさん、何があったんです?」
ようやく人の対応に追われなくなったアファカが、書類を整理しながらフェリスに話し掛けてきた。
「金属工房の職人と鉱石についてようやく話がついたんです。先程ゼニス様の使いの者が来て知らせてくれたんですよ」
「おお、ついにそっちの話が進むんですか」
「ええ、そうなんです。それで、ちょっと奥に移動してお話をしましょうか」
アファカが周りをちらちらと見回し、フェリスに話を持ち掛ける。フェリスも同じように周りを見回して、それを了承した。
奥に移動したフェリスとメルは、アファカの対面に座る。腰を落ち着けると、アファカはフェリスの前に書面を広げて話し始めた。
「こちらに派遣する職人たちですけれども、申し訳ないんですが、若手の職人たちになってしまいます。それでも実力を認められてようやく独立できる段階の職人たちですので、腕は保証させて頂きます」
どうやら職人たちは独立に際してこちらの工房を割り当てられる事となった者たちらしい。フェリスはそれは別に構わないと答えておく。
「そうですか、それはありがたいと思います。で、こちらに卸させて頂く鉱石については、運搬の費用が思ったより掛かりそうですのでこのくらいの価格になってしまいます。ちなみにこちらが一般的な価格になりますね」
そう言ってアファカが提示してきた価格は、通常の鉱石の価格よりも5%ほど高いものだった。しかし、スパイダーヤーンという収入の要があるし、村の物はほとんどが現地生産なので、村は儲けが貯まる一方だ。それならば多少高い買い物をしても影響はない。だからこそ、フェリスはもろもろを考えた上でその価格を受け入れた。
「初期投資はいくらかけてもいいくらいですよ。この村はほとんど自給自足ですから、お金は思いの外掛かりませんからね」
「そうですか。分かりました。とりあえずその方向で進めさせて頂きますので、あとは商会からの返事待ちとなります」
「ええ、お願いしますね」
というわけで、思ったより揉める事もなく、すんなりと金属工房の話は決着したのだった。
これによって、近いうちにフェリスメルで金属工房が稼働する事が決まった。村にやって来る職人たちはどんな人物なのか、今から実に楽しみというものである。
やる事をやって暇になったフェリスは、家に戻ってメルと一緒に魔法縫製をしていた。今日のところは売り物用の布地作成である。
「ねえ、メル」
「何でしょうか、フェリス様」
ひと通り終わらせたフェリスは、メルに話し掛ける。
「村が変わっちゃって、不安とかない?」
「うーん、不安が無いと言えば嘘になりますかね。でも、確かに昔ののんびりした雰囲気もいいですけれど、フェリス様と一緒だったらどんなになっても楽しめると思います」
メルはにこりと笑ってフェリスの質問に答えていた。フェリスは嬉しくなったのか、黙ったままメルをそっと抱き締めた。
「ふぇ、フェリス様?!」
「本当にメルはいい子ね。安心して、この村はちゃんと守ってあげるからね」
「はい、フェリス様」
二人はしばらくの間、黙って抱き締め合っていたのだった。




