第63話 邪神ちゃんの振興政策
実にフェリスの議長としての能力は高かった。フェリスが取り仕切っただけで、あれこれといろんな事が決定していったのである。
川を掘って出てきた土を盛ってできた小高い丘の近くは、主に移住者向けの居住区とする事が決まった。川を掘った最初期の頃からその箇所には小さな橋が架けられていたのだが、今回の決定でより大きな橋へと架け替えられる事が決まった。人の往来が増えるので、既存の橋では対応しきれなくなると考えたからだ。というわけで、既存の小さな橋は、残念ながら取り壊される事になった。ただ、木材自体は何かしら再利用がされるようである。これに伴い、フェリスメルはその新しい居住区まで含めた範囲となり、村というよりは完全に町へとランクアップしてしまった。その面積は既存の数倍に及んだ。
実に細かい事なのだが、こういう川を掘った後の土でできた小高い丘は、フェリスメルからほど近いこの場所も含めて他にも数か所ある。なにせ、ルディがインフェルノウルフの巨体の状態で掘ったのだから、川底までは3mくらいはゆうにある。その上で川幅の事も考えれば当然の結果なのである。さすが邪神、規模が違う。
村として収入はスパイダーヤーン、羊毛、小麦、チーズと揃っているので、後は金属を仕入れて加工する場を設けるくらいである。村にある金属製品は、本当に騙し騙し使っている状況なのだ。修理もたまに来る隊商に任せっきり。だが、今の規模となってくると自分の所でどうにかしないと修理が確実に追いつかなくなるのだ。
「というわけで、既存の村部分と新しい居住区を結ぶ間の部分にそういった職人街を設置しようと思うのよ。そうすればどっちからでも出向く事ができるし、双方の情報交換の場にもできるわ」
「おお、さすがは天使様ですじゃ」
というわけで、フェリスの一声で次々と村の整備計画も決定していく。
職人街には酒場も設ける事にするが、移住者向けの居住区へ向かう途中には川がある。落ちては大変という事で仮眠施設や馬車による送迎といったサービス業も設置する事にした。もちろん、橋の出入口にも兵士を配置する。引きこもっていてあまり外には出向かなかった割には、そういった事はよく思いつくものである。これもペコラや蛇の邪神からの受け売りなのである。
それと意外とフェリスはやる時は徹底的にやるのである。気ままなのは確かなのだが、だからといって中途半端にはしない。それは眷属化したメルの面倒を見続けている事からも分かる。あと、元盗賊連中の様子だって見ているくらいだ。本当にフェリスの性格は邪神という観点からすると、ほぼ対極的な位置にあるのである。なのに本人の主張は邪神のまま。これには周りも微笑ましく見守っているのだった。
それにしても、やる事が決まると行動が早い。
翌日には先日村に迎えられた盗賊連中も加わって、フェリスメルの本体と移住者居住区とを結ぶ道の川の近くに新たな施設の建設が始まった。基本的には木造家屋ばかりなのだが、アファカの指導で鍛冶屋などの製造施設は石造りの建物にする事になった。高温の火を扱うので、燃えにくい建造物である必要があるからだ。この石造りの建物はハバリーが担当する事になった。その理由としては、必要とされる土魔法はハバリーが得意としているからだ。
「では、ハバリーさん。この辺りにこのくらいの大きさの天井の高い石造りの平屋をお願いします」
「わ、分かりました」
指定された広さは、食堂のロビーほどの広さで、二階建てほどの高さを誇る建物だった。
「それくらいなら……、すぐにでも、できると思います」
ハバリーはそう言って、地面に手をかざした。すっとひとつ深呼吸をしたハバリーが、その手から一気に魔力を地面へと流すと、ボゴォッという大きな音とともに、なんとても大きな石の塊が現れた。
「これは、家の原型?」
「はい、まずは家の形の石を、作りました。内装の方の、指定を、お願いします」
「あ、ああ、分かったわ」
そう言って、アファカはハバリーにいろいろと注文を付けていく。するとハバリーはその注文に沿うように、石の内部を加工していく。ボアの邪神だからとは思ったものの、ハバリーは思いの外繊細な加工も得意としていた。しかし、相変わらずの人見知りのせいで、アファカとの会話はまだたどたどしいようである。
だが、そんな心配もなんのその、ハバリーはアファカの指示でどんどんと鍛冶工房の形を作り上げていく。金属を溶かす炉、その排煙のための煙突、金属を叩く作業台、水を溜めておく備え付けの水がめなどなど、ハバリーの魔法によって次々と生成されていったのだった。その速さと正確さに、アファカは正直驚かされていた。さすがはフェリスの仲間だと、ハバリーの評価をかなり見直していたようである。
こうして、大掛かりな建物も含めて職人街はあっという間に完成してしまった。たったの3日間で仕上げてしまうとか、本当に村の人たちが一致団結した時というのは恐ろしい限りである。
「では、最後に橋を架けて終わりですね。ハバリーさん、お願いします」
「……はい」
こうして、最後にハバリーは魔力を込めて石造りの橋を架ける。もちろん、簡単に流されないように、しっかりと処置もしておく。幅は馬車二台が余裕で通れる広さで、ちゃんと欄干もついていて、簡単には橋から落ちないようになっていた。
実に早くあっさりと、村の改造工事は終わってしまうのだった。これには指導していたアファカはもちろん、発案者であるフェリスも呆然と立ち尽くすばかりだった。




