第58話 邪神ちゃんと盗賊団
翌日、どうやら夜の間に雨は上がり、空はいい感じに晴れ渡っていた。この分なら雨の降っていた昨日の分まで、気分よく村を見て回れそうである。
「おはようございます、フェリス様」
メルが笑顔で起こしに来た。相変わらず愛いフェリスの眷属である。
この日のフェリスは、朝食を済ませた後、メルとハバリーを伴ってある場所へと向かった。
「フェリス、昨日何かあったのか?」
歩きながらハバリーがフェリスに問い掛けてくる。地面がぬかるんでいるのでよそ見すると危ないのだが、ハバリーは問題なさそうに歩いている。
「まぁちょっとね。ネズミが近くをうろついてたみたい」
「あー……」
フェリスがそう言うと、ハバリーは察したような声を出す。
「ね、ね、ネズミ! はわわ、食料の備蓄は大丈夫なのでしょうか」
しかし、実際のネズミだと思ったメルは慌てふためいていた。多分、過去に被害があったのだろう。そうやってうろたえている姿も可愛いものである。
「メル、大丈夫よ。そのネズミは村に近付く前に退治しておいたから」
「そ、そうなんですね。よかったぁ……。さすがフェリス様です」
胸を撫で下ろして安心するメルは、フェリスを見るとなぜかドヤ顔を決めていた。どうしてそういう顔になるのだろうか、フェリスにはまったく理解ができなかった。
さて、そうこうしているうちに、フェリスたちは今日の目的地である自警団の詰所へとやって来た。ここには丈夫な木の牢屋があり、昨日フェリスがとっ捕まえた盗賊たちが収監されているのだ。
ちなみにこの自警団の団員も、ゼニスを通じてひとを集めてくれたので、村の負担は補佐的な人員だけに留まっている。
「どうも、おはようございます。あいつらの様子はどうですか?」
フェリスが挨拶をすると、自警団の団長としてやって来た男性が対応してくれる。
「これはフェリスさん。まぁ見ての通りですよ」
フェリスが案内された牢屋では、盗賊どもが暴れていた。ちなみにメルはここには連れてきていない。詰所の事務室で適当に対応してもらっている。
「まあ予想通りといえば予想通りか。一度成り下がると知性の欠片もなくなるものねぇ……」
「これは、なかなかに、酷いね」
ハバリーは盗賊相手でも人見知りを発動していた。まぁ、ぎゃーぎゃーうるさいし、牢屋の柵に体当たりかましているし、ハバリーが引いているのは怖いというのもあるかも知れない。そのくらいに目の前の連中は理性を欠いていた。
「あーうるさいわね、こいつら。ちょっと黙らせます?」
「んー、死なない程度で頼む」
「了解」
フェリスは水の塊を牢屋の中に飛ばすと、一気に激しい水流を発生させる。激しい流れにもまれた盗賊どもは、これでようやく静かになった。
「まったく、せっかくあたしに屈服して生きながらえたのに、それを早速ふいにするつもり? 死にたいのなら遠慮はしないわよ?」
盗賊たちに向けて、フェリスは冷たい眼差しを向ける。その視線に、水流にもまれてへばっていた盗賊たちは震え上がった。
「き、昨日の化け物か!」
盗賊の一人が叫ぶと、また牢の中に黙って水流をぶち込むフェリス。すると、盗賊たちはがぼがぼと言いながらまた溺れていた。
「化け物なんて失礼ね。これでもあたしは誇り高き邪神よ。あんたたちみたいに落ちぶれた連中なんかとは違うのよ」
フェリスの目が、今までに見た事ないくらいに鋭いものとなっていた。
「さぁ、もう一度問うわよ。このまま死ぬか、あたしに従っておとなしく生き延びるか、好きな方を選びなさい!」
こうも大声で言われてしまうと、溺れて死に掛けた状態ではまともに判断できる状態ではなかった。元々生き延びるために盗賊になり果てたような連中なので、生きられるという選択肢を自然と選んでしまった。
「よろしい、だったら軽い眷属化契約でもしましょうか。言っとくけど、許可したもの以外に危害を加えようとすると、骨が折れるから気を付けてね」
フェリスはにっこりと微笑んだ。ちなみにこの骨が折れるというのは極端な脅しである。こういう手合いはそうでも言っておかないという事を聞かないからである。まあ、さっきの水流と合わせて震え上がっているので、十分効果はあっただろう。
眷属化のためにフェリスは盗賊どもに手を出すように言うと、本当に震えながら恐る恐る手を出してきていた。この様子を見ていて、本当にフェリスに対して邪神のような恐ろしさを感じる自警団たちである。いや、本当に邪神なのだが。
この一連の行為が終わると、盗賊どもにはメルとは違った紋様の眷属契約の証が浮かんだ。これでこの盗賊どもはフェリスに縛り付けられる事になる。
「ここで改心して真面目に働くようになれば、ちゃんと解放してあげるから安心しなさい。ハバリー、こいつらの事頼んでいいかしら」
「えっ、私が、ですか?」
「そうよ、あんたもいい加減その人見知り直しなさいよ。あたしと一緒に居る事になれば、どのみちたくさんの人と交流する事になるんだから。あんたも邪神の一人なら、もう少し堂々としなさいって」
というわけで、村に住まわせる事になった盗賊どもは、ハバリーの監視下に置く事になった。この盗賊どもの住処は、当分の間、自警団の詰所と決まった。はてさて、まともに改心してくれるのかどうか。
「これからこの村は大きくなるの。こんな連中の手でも借りたいところなのよ。まあ頑張りなさい」
「うう……」
フェリスから盗賊どもを押し付けられたハバリーは、諦めたように引き受けたのだった。




