第56話 邪神ちゃんと雨の日の朝
その日、村に雨が降る。何気にこれだけしっかりとした雨が降るのは、フェリスが村にやって来てからは数回目だ。思ったより雨が降っていなかった。
「はあ、これだけ降っちゃうと憂鬱になるわね。全身の毛が湿気ちゃって気持ち悪いのよね」
猫そのものが人の骨格になって二足歩行しているフェリスなので、実は全身毛で覆われているのだ。雨などで湿気が増えると、その前身の体毛が湿気でくっついたり重くなったりで、意外とこれが気持ち悪くなるというわけである。
今回の雨というのは、過去に比べればしっかりと降っており、土砂降りとまではいかなくても、かなり目の前の視界がはっきりしない感じである。
「こういう日は家でおとなしくしているしかありませんね、フェリス様」
家の中の掃除をして回っているメルが話し掛けてきた。
「そうね。一応魔法を使えば雨の中でも問題なく行動できるけど、控える日があっても構わないわよね」
フェリスはやる気がなさそうに、テーブルの上で大きく伸びをしていた。
「ううう、これは酷いのだ」
「あら、ペコラ。あんたも相変わらず湿気の多い日はすごい事になるわね」
少し遅れてペコラが起きてきた。とはいってもフェリスたちが目を覚ましてからかなり時間が経っていた。
そのペコラの状態はというと、湿気でふわふわもこもこの髪の毛があまりにも酷いボンバーヘアになっていた。湿気で爆発するとはこれいかに?
「ふわぁ、おはようだぞ」
ハバリーも起きてきた。相変わらずキャラが定まらないようで、今回も言葉遣いがおかしい。
「おはようなのだ、ハバリー。ぶっほ!」
挨拶をしながら振り向いたペコラが盛大に吹き出していた。それもそうだろう。ハバリーの髪の毛も湿気ですさまじい事になっていたのだから。
「毛深い連中は、雨の日は相変わらずひでえなぁ。俺なんか見てみろ。どこを見ても荒れてないんだぜ」
少し遅れてルディも姿を見せた。ルディは自慢げに言っているものの、そもそも髪の毛は性格に合わせてか跳ねまくっているせいで違いがよく分からない。ルディを見たペコラ、ハバリー、メルの三人は分からないといった感じに首を傾げていた。
「まあ、あんたの場合は、身にまとってる炎の熱気のせいで、湿気が蒸発しちゃうからね。そりゃ影響あるわけないわよ。ただ、元々髪の毛が荒れてるから、見た目の変化がなくて分からないだけよ」
唯一フェリスだけ呆れたように反応をしていた。だが、驚いてもらえなかったルディは機嫌が悪そうだった。
「メル、悪いけれど朝食用意してくれる? ルディはさっさと宥めておくから」
「あっはい、畏まりました。すぐにご用意しますね」
フェリスに言われて、メルはそそくさと部屋を出ていく。するとペコラもそれに付き合うように部屋を出ていった。
「ルディ」
「なんだよ、ハバリー」
フェリスが動くよりも先に、ハバリーが動いていた。相変わらず前髪で表情が分かりにくいが、声を聞く限り困っているようだ。
「お前の能力で、私の髪を乾かしておくれよー」
どうやら湿気で膨れるわ乱れるわとおかしくなった自分の髪を整えてもらいたいようである。身だしなみに気を遣うあたり、ハバリーは意外と繊細なのだった。ルディは面倒くさそうに対応していたが、前髪の隙間からちらっとハバリーの目が覗くと、諦めたように頭を抱えていた。
「分かった、分かったからとりあえず手を離せ」
「頼むのだよ、ルディ~」
涙声になりながらも、ハバリーは言われた通りに手を離す。
「ちょっと熱いかも知れないからな!」
「耐える!」
二人は言葉を交わすと、ルディがジャイアントスパイダーの飼育場に張った結界のような、程よい熱風をハバリーに当てた。
「よし、こんなもんだろ。あとは櫛でも使って梳かしておきな」
「ありがとう~、ルディ~」
ルディにそう言われたハバリーは、がばっとルディに抱きついた。
「あっこら。泣きながら抱きつくな! おい、フェリス。こいつをどうにかしてくれ!」
「知らないわよ。諦めて櫛を渡してあげれば離れるんじゃないの?」
「ぐぬぬぬぬ……。くっそー、フェリス。覚えてろよーっ!」
フェリスが冷たくあしらうと、ルディはハバリーをくっつけたまま部屋を出ていった。その叫ぶ声は廊下から大きく響いていて、食堂に居座るフェリスの耳にもしっかり聞こえていた。
料理ができるまでの間、フェリスは一人、食堂で朝食ができるのをのんびりと待つ事にした。ただ待っているのもなんなので、こっそりと魔法で全身の毛並みを整えるフェリス。
フェリスたち邪神は、多かれ少なかれ魔法が使えるものなのだが、ペコラもハバリーもすっかりそれを忘れてしまっている。
(まったく、あの二人も自分で髪を整えるくらいの魔法が使えるのに、よっぽど魔法に興味がないのね……)
フェリスは呆れながら、椅子に座って足をぶらぶらとさせている。そして、そのままぼーっと、雨の降る外の景色を眺めていた。
「お待たせしましたー。朝食ができあがりましたよ」
メルとペコラが朝食を持って食堂に戻って来ると、食卓はいつものように賑やかになる。それにしても、料理をしていたメルやペコラが戻ってきてから、ルディとハバリーが戻って来ていたので、ハバリーの髪を整えるのは相当に大変なようである。
こうして雨の日でも、いつものように一日が始まるのだった。




