第55話 邪神ちゃんと気分転換
再びスパイダーヤーンが溜まるまで、数日間服作りはストップしてしまった。その間、フェリスたちは久々に村の様子を見て回る事にしたのだった。
動物にしろ植物にしろ、フェリスが撫でただけでなぜか毛艶がよくなったり育ちがよくなったりと、妙な恩恵が現れる。これが猫による癒し効果、キャットセラピーというものだろうか。
(いや、恩恵が現れるって、邪神じゃないじゃないのよ。あたしは世の中を恐怖に陥れる邪神なのよ!)
脳内で呟くフェリスだが、もはや誰がそれを信じるというのだろうか。とはいえ、違った意味では世の中を恐怖に陥れていた。
まず最初にやって来たのはメルの実家の牛牧場。
「おお、天使様、皆様、今日もいい天気ですな」
メルの父親が挨拶をしてくる。
「ええ、今日もいい天気ですよ。メルはしっかりあたしの役に立ってますのでご心配なく」
「おお、それはよかったです」
先回りしてメルの事をアピールしておくと、父親はとても喜んでいた。
(頼むから娘のメルにも声を掛けてやって)
フェリスは内心そう思うのだが、父親は見事にスルーして、フェリスたちを牧場へと案内していた。
牧場内にやって来ると、牛は放牧真っただ中のようで、牧草地の中をとてものんびりとした感じで歩いたり佇んだりしていた。だが、フェリスやメルが来たと分かると、二人にわらわらと寄り集まってきた。さすがに二人の事はよく分かるようである。
「おー、フェリスにとても懐いているのだ」
「さすがはフェリス。って、私の側にも寄ってきた」
「……お前らはいいよな。なんで俺だけ避けられてんだよっ!」
ルディが騒いでいるが、確かにルディの周りにだけ、ものの見事に牛が寄ってこなかったのだ。
「ぷーくすくす。さすが炎を操るルディ。嫌われてる」
ハバリーがルディの事を笑っている。ルディが怒るのだが、嫌われているというか避けられているというか、ルディの周りにだけ牛が居ないのは変わらない事実だった。
「チックショー!」
ルディの悔しがる声がこだまするが、結局ルディは牛に構ってもらえなかった。
つやっつやになった牛たちに見送られ、フェリスたちは次の場所へと移動する。今度は羊牧場だ。
到着すると、当然のようにペコラが一目散に羊たちに挨拶をしていた。さすがは同族。
さすがに最近毛を刈られたばかりの羊たちは、心なしか寒そうに見える。そのせいもあって、牛にそっぽを向かれていたルディにも、羊たちがちょこちょこと集まってきていた。
「おー、お前たちは俺に構ってくれるのか。俺は嬉しいぞ」
ルディが羊たちを撫でている。
「単純に毛刈り直後で寒いから、温かいルディに集まってるだけなのよね」
「しっ、フェリス様。ルディ様に聞こえちゃいます」
フェリスの野暮ったいツッコミに、メルが思わず意見してしまう。あれだけ表情を緩ませて喜んでいるのだから、邪魔しちゃいけないと思ったからなのだ。本当にメルは気の付くいい子である。
とりあえず、牧場主に頂いた羊毛のお礼をしておくと、フェリスたちは次の目的地へと向かった。ただ、珍しくルディが名残惜しそうにしていたので、それを連れていくのにちょっと苦戦してしまった。
残りはこのフェリスメルの特産の一つのチーズを作っている工場だ。最初に訪れたメルの実家から卸されたミルクを使って作るチーズは日持ちがするために、ゼニスたち商人たちから目をつけられているようである。ちなみにチーズはそもそもそれなりに日持ちはするのだが、フェリスの恩恵によってその日数が伸びてしまっているのだ。湿度の高い環境に放っておいても、余裕で一週間はかびる事はない。それくらいに強力な恩恵を受けているのである。邪神とは?
だが、チーズを作るためのカビはちゃんと受け付けてくれる。本当にご都合主義である。
「いやまぁ、本当に天使様の恩恵でいいチーズができますよ。ただ、濃厚なので、単独で食べるには少々向きませんけれどね」
チーズ工場のおじさんが説明してくれている。工場にあるチーズを見ていたペコラが、うずうずしていて落ち着きを無くしている。
「これだけのチーズがあれば、いろんな料理が再現できるのだ。くうぅ、おじさん1個欲しいのだ!」
「天使様のお仲間であるのなら、お代は要りませんよ。ぜひともお使い下さい」
「やったのだ、ありがとうなのだ!」
ペコラはチーズを手に入れてとてもご機嫌なようである。
チーズ工場を後にしたフェリスたち。自分の体の半分ほどの大きさのチーズを持ったペコラがもの凄く目立つ。さすがに生ものを持って動けないと見たフェリスは、一度家に戻って、台所の保存庫にチーズを置いてこさせた。
身軽になったところで、小麦、リンゴ、オレンジの農場も見て回る。フェリスが関わってからというもの、収穫量も品質も上がったという事で、農家の人たちからは手を握られた上で頭も下げられるという状態だった。フェリスがちょっと引いて対応していたので、ハバリーがフェリスの珍しい姿が見れたと言ってにやけていた。
籠に大量の果物を持たされたフェリスたちが最後にやって来たのは、ジャイアントスパイダーの飼育場だった。今日の分の糸を持ち帰るためである。それにしても、クモが少し増えたような気がする。
「これは天使様、今日の分のスパイダーヤーンならあちらに置いてありますよ」
飼育場の担当者が声を掛けてきた。
「それはどうも。それにしても、クモの数が増えてませんか?」
「ああ、お気付きになられましたか。最近子どもが生まれたんですよ」
「なるほど……って、生まれたてであの大きさですか」
フェリスが驚くのも無理はない。最初のクモたちより、二回りほど小さいだけなのだ。
「ええ、私どもも驚いています。この生態は世間に発表したら大いに驚かれますぞ」
まあ確かにそうである。魔物の生態なんてあまり世間に知られていないものばかりなのだ。冒険者たちも手こずるクモを手懐けられるのならば、それはきっと革命になるだろう。
「ま、まあ。詳しい話はまた今度の機会に。今回は糸だけもらって帰りますね」
フェリスがそう言うと、担当者はちょっと残念そうにしていた。長い話は勘弁願いたい。
それにしても、クモたちがリンゴをおいしそうに食べていたのは印象的だった。
こうして、フェリスたちの平和な一日が、またこうして過ぎていったのである。




