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邪神ちゃんはもふもふ天使  作者: 未羊


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第36話 邪神ちゃんのレシピ

 商業組合に戻った商人一行は、会合の席に着いた。そこで出されたのは村では一般的なミルクと、見た事のない食べ物だった。

「これは何だ?」

 商人の一人が問う。

「そこのフェリスさんとメルちゃんが作ったお菓子よ。まぁ食べてみなさいって」

 それにさらっと答えるアファカ。すると商人はひとつを手に取ってじっくり見たりにおいを嗅いだりしている。どうやらよその地域では見る事のないもののようである。

(そっかー。クッキーとかパイとかは、今の時代は失われたお菓子になるのね)

 フェリスが邪神の現役バリバリだった頃は、クッキーもパイも普通に魔族たちはおろか人間の間でも流行っていたお菓子である。あの頃は人間と魔族との間で戦いが激化していた。片田舎のこのフェリスメルならまだしも、あちこちを知る商人が知らないとなると、その戦いでレシピが失われたという事なのだろう。とても悲しい事だった。

 それを、今回はフェリスの知識からメルが再現してみせたのだ。これまでのお菓子なんて、クッキーというよりは小麦粉を水で溶いて素焼きにしたものやミルクを練り込んだものくらいだった。

 メルが作って再現したのは、小麦粉に溶かしたチーズを練り込んだものである。味は何度も見たので問題はない。今回出したのも、それを元にして作ったクッキーとパイである。

「これは、あたしがちょっと悪かった頃の世界ではやっていたお菓子です。あたしの知識を元にメルが作ってくれたのですよ」

「ふーん、こんなのがねぇ」

 フェリスの説明にも、訝しげに見る商人。見た事がないからどこまでも信じられないようだ。フェリスを魔族だと見ている状態ではなおさらである。

「まぁまぁ、いつまでも眺めてないで、さっさと食べてみて下さい。村で手に入る食材ではこれが限界ですけれど、味は保証しますよ」

 アファカにそう言われてしまっては、商人の男は覚悟を決めてクッキーを口に放り込んだ。ちなみにゼニスはその様子を無視してさっさと食べていた。食べた事があるから気にならないのだ。ただ、他の商人はたちはゼニスが食べる姿に気付いてないし、ゼニスも呼び掛けてはいない。この場はアファカに任せてあるのだ。

 こういった中、ようやく商人の一人がおそるおそるクッキーを口に運んだ。そして、ひと口さくっと食べた。

「うっ、こ、これはっ!」

 急に叫ぶので他の商人たちがじっと見る。

「うまい!」

 続いた言葉に驚いていた。すると「本当か?!」と他の者たちも続いて口に入れていた。

「ゼニス様も意地が悪いですね。自分が食べる様子にさっさと注目させればよろしかったのに」

「いやはや、彼らは私の姿など目に入っていませんでしたからね。面白そうなので、つい黙って食べていました」

 アファカが呆れながらゼニスに話し掛けると、とぼけたように笑みを浮かべてゼニスは答えていた。商人は少々意地が悪いくらいでもいいらしい。

 さて、一方の商人たちは作り方をフェリスたちに問い質していた。聞くというよりは強引に聞き出すといった感じである。メルが困惑しているので、さすがにフェリスもイラついているようである。

「ああもう、うるさいなぁ。あんたたち商人でしょ。だったらこういう時はどうするか、分かっているわよね?」

 フェリスは頭の上の耳をいじりながら、商人たちに嫌悪の視線を向ける。商人が交渉の基本を忘れてもらっては困るのだ。あと、メルをびびらせた事に対しての怒りもある。この睨みを向けられてしまって商人たちは、さすがに身の危険を感じたのかおとなしくなった。

 フェリスだけならまだしも、アファカにまでも睨まれていたので身を引く選択肢しかなかったのだ。これは商人としての重大な危機なのである。アファカとゼニスの二人の証言があれば、商会を追い出されるとか取引を止められるとか、十分にあり得る話なのだ。

「まぁ、基本となるレシピは売りますよ。なにせ数100年前のレシピの復刻なんですからね。正直格安、最悪ただでもいいかなと思ってましたが、さっきの態度で思い直しました」

 フェリスはレシピの書かれた羊皮紙を手に取ると、にっこりと微笑んでいた。さすがは邪神である。ちなみに羊皮紙とは言っているが、魔物の皮をきれいに洗って乾かしたものである。

「あたしの知識の中には他にもレシピがいくつかあるんですが、ここでは手に入らない物が多いですからね、さてどうしたものかしら」

 フェリスは数枚の羊皮紙を取り出して、ちらちらっと商人たちを見ている。

 ちなみになぜフェリスがそういったレシピを知っているのかというと、人間の中に紛れた友人たちからの再現によるものである。人間たちから学んだ料理を目の前で作ってもらったという事だ。中でも特に甘いものには目には無かったが、いずれは自分でたらふく食う事を夢見て、そのレシピを頭の中に叩き込んだのである。ただの食い意地の張り過ぎである。

「うふふふ、材料と引き換えなんてどうかしら」

 商人たちに向けて、フェリスの悪い顔が炸裂するのであった。

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