第31話 邪神ちゃんと再来の行商人
さて、新たに村の特産にお菓子が加わったものの、特に外部からやってくる人間たちも居らず、牛と戯れたり農作物に触れたり、魔物を可愛がったりしながらフェリスたちはのんびりと過ごしていた。ジャイアントスパイダーたちが吐き出す糸もどんどんとその量が溜まっていき、フェリスとメルでいくらか服に加工しているがどうにも追いつかないようである。ちなみに、保管にはフェリスの家の一室を使っている。フェリスの魔法があるので適切に保管されるからである。
「それにしても、すっかり様変わりしちゃいましたね」
「まあね。ほとんどあたしが弄り倒したせいなんだけど。さすがにここまでやっちゃうと、責任持って安定するまでは面倒見るわよ」
村の人に了承なしで村の魔改造をしてしまったフェリス。これはまさに邪神である。しかし、村人にとって思ったより不都合が無かっただけに、フェリスはますます村人からは天使扱いされているのである。正直言ってむず痒い。
ちなみにだが、村に近くに造った運河というか川は、ところどころに対岸に渡るための橋を架けておいた。このくらいならフェリスの魔法でちょちょいのちょいである。橋を架けた辺りの地面もちゃんと強化しており、多少の洪水程度では崩落しないようにしてある。こういうところにも気が回るのがフェリスなのである。
そんな折、以前村にやって来た行商人のゼニスが村を再び訪ねてきた。
「あら、ゼニスさんじゃないの。お久しぶりですね」
「お久しぶりですね、フェリスさん、村長さん」
挨拶を交わす三人。ゼニスはフェリスを様とか殿とか付けて呼ぼうとしたが、フェリスがやんわりと断った。そのために「さん」づけで呼ぶ事になったのだが、そのせいで巻き添えで村長も敬称が「さん」となってしまった。まあ、村長がフェリスよりも格上の敬称を嫌ったので仕方のない事である。
「思ったよりも早かったですね。もしかして、もう糸は売れちゃいましたか?」
フェリスがゼニスの顔を見ながら尋ねる。すると、ゼニスはフェリスの顔を見てはにかむように笑う。
「はははっ、分かりますか? ええ、想定の価格の倍くらいの価格で売れましたよ。あの手触りはやはり既存のどの布にも出せませんでしたからね」
どうやら、ゼニスにもジャイアントスパイダーの糸への反響は予想外だったらしい。今日は先日の約束を果たしにやって来たそうだ。そういうわけで、メルも加えた四人でフェリスの家へとやって来た。なんでフェリスの家かというと、ジャイアントスパイダーの糸が保管されているからである。
「これはたまげましたな。ずいぶんな量が保管されているようで……」
驚いた声を上げながらも、冷静に物品の目利きを行うゼニス。ちなみに付き添いの商人や護衛は家の外で待機している。フェリスが邪神と知っている面々だが、ゼニスが大丈夫だからと外に置いてきたのだ。
「うちには腕のいい魔物ハンターが居ますからね。餌が豊富ですし、ストレスもなくて毒性を持たない糸がこの通りなんですよ」
ゼニスの驚きに、フェリスはくすくすと笑っていた。今の笑いは邪神っぽい。
「いやぁ、この糸があればだいぶ大儲けできますよ。流通量が増えてくれば少し値下げをして、富裕層にはあっという間に広がりそうですな」
ゼニスが頭の中で算盤を弾いている。こういう計算をすぐに行うあたり、さすがは流行などに敏感な商人である。
「この糸の名前なんですが、スパイダーヤーンと名付けさせて頂きました。その糸を使った布地や服はスパイダークロスという風に呼んでおります」
ゼニスがにっこにこの笑顔で話してくる。どうやら頭の中で相当の儲けが計算されたようだ。
「名前は何とでも呼んでも構わないわよ。あたし自身は元々村の中だけのつもりだったし、外に出ていく分はそっちの好きにしてもらっていいわ」
しかし、フェリスはさほど興味はなさそうである。邪神時代からもあまり対外的な興味は薄かったので、こういう反応になってしまうのだ。ただ、知識として持っているのは交流関係のあった他の邪神たちからの入れ知恵である。
ところがどっこい、これに異を唱えたのはメルだった。
「ダメです。ちゃんと名称を付けるなら、フェリス様のお墨付きを与えるべきなのです。フェリス様もご自身に誇りがあるのなら、そういうところはちゃんとしておくべきなんです!」
メルがすごく怒っている。主がだらしないのなら、それを諫めるのが従者としての務めと本気で考えているからなのだ。そのメルの勢いに、フェリスは驚いて全身の毛が逆立っていた。
「わ、分かったわよ。というわけで、ジャイアントスパイダーの糸をスパイダーヤーンとして売り出す事を認めます」
メルの勢いに、咳払いひとつしてフェリスはまじめな顔で言い切った。
「いやはや、正式に許可を貰えると安心しますな。正直断られたらどうしようかと思いましたよ」
フェリスの言葉で、ゼニスは安堵の表情を浮かべていた。
「ふふっ、お疲れ様です。ちょうどいいので、ちょっとお菓子でもいかがですか?」
そこへメルが間髪入れずに紅茶とお菓子を持ってやって来た。持ってきたのは、先日悪戦苦闘して完成させたリンゴクッキーだった。
まぁ、このリンゴクッキーもゼニスには大うけだったのだが、さすがに腐りやすい物ゆえによそへ売り出すのは躊躇したようだった。
「そういうところを含めて、実は相談があるんですよ」
このゼニスの様子を見逃さなかったフェリスは、実に悪い顔をしていたのだった。




